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【研究成果】変形性膝関節症の痛みを和らげる~新しい治療薬の創薬標的として期待~

研究成果のポイント

・変形性膝関節症の痛みは、既存の薬が効きにくく、新たな治療薬・治療法の確立が望まれています。
・変形性膝関節症の痛みは、膝関節の軟骨細胞で生じる炎症反応が引き金となっています。
・膝の軟骨細胞に存在する核内受容体のREV-ERBを刺激すると、炎症反応が抑えられ、痛みが緩和されること発見しました。
・本研究成果により、変形性膝関節症の痛みに対する新たな治療薬の開発が期待されます。
 

概要

 広島大学大学院医系科学研究科の森岡徳光教授、中村庸輝助教、中島一恵助教、橋爪宥樹(大学院生(研究当時))らの研究グループは、変形性膝関節症を発症したモデルマウスと膝関節の軟骨細胞(※1)を用いて、核内受容体(※2)の一つである REV-ERB を刺激すると、軟骨細胞に生じた炎症反応を抑制することで痛みが緩和されることを発見しました。

 変形性膝関節症では、膝関節の軟骨が炎症により破壊され減少します。関節軟骨は細胞成分(軟骨細胞)と細胞外基質(軟骨基質:主に水やコラーゲンなど)からできており、変形性膝関節症の痛みでは特に軟骨細胞に炎症などの異常が生じることが原因の一つと考えられています。よって軟骨細胞に生じる炎症を軽減することが、痛みを和らげる有効な手段となる可能性が予想されます。
 今回、同研究グループは、新たに変形性膝関節症モデルマウスを用いて、REV-ERB 刺激薬が痛みを緩和することを証明しました。さらに培養軟骨細胞を用いて、REV-ERB 刺激薬が炎症反応を抑制し、痛み誘発物質や軟骨破壊物質を減少させることを見出しました。
REV-ERBをターゲットにした薬剤は、変形性膝関節症の痛みに苦しむ多くの患者さんを救う新たな治療薬となることが期待されます。

 本研究成果は、令和5年12月11日(日本時間)、国際科学誌「International Immunopharmacology」(オンライン版)に公開されました。

論文情報

著 者
Hiroki Hashizume, Hatsune Motonari, Kenta Yamamoto, Yoki Nakamura, Kazue Hisaoka-Nakashima, Norimitsu Morioka1*
1:広島大学大学院医系科学研究科薬効解析科学
* :Corresponding author(責任著者)
論文題目
Stimulation of nuclear receptor REV-ERBs alleviates monosodium iodoacetate-induced osteoarthritis pathology of mice and the induction of inflammatory molecules expression in primary cultured chondrocytes
掲載雑誌
 International Immunopharmacology, 2023, Impact factor=5.714
DOI番号
doi: 10.1016/j.intimp.2023.111349
 

背景

 変形性膝関節症は、関節軟骨の炎症による破壊と減少を特徴とする慢性の関節障害です。加齢や遺伝、関節構造の異常、筋力低下といった関節の脆弱性を高める要因と、肥満やスポーツなどで生じた関節の物理的な障害、関節の酷使といった関節に直接負荷を加える要因が合わさって発症します。特に高齢女性で発症しやすく、本邦では60歳以上の女性で約半数、80歳以上では約80%以上が罹患し、患者数は2,500万人以上と推定されています。症状として痛みや腫れ、関節の不具合(可動域制限)や変形が生じ、特に慢性的な関節の痛みは、日常動作に支障をきたすことから患者のQOLを著しく低下させます。これらの痛みにはロキソニンのような非ステロイド性抗炎症薬などが処方されますが、効果が十分ではないことも多く、また長期間の使用により副作用が生じるリスクも増加します。よって、新たな治療薬・治療法の確立が望まれています。
 以前より同研究グループは、原因が異なる様々な慢性痛のモデルマウスを用いて、治療標的を探索する研究を続けてきました。その中で同研究グループは、核内受容体の一つであるREV-ERBに注目し、この受容体を薬物で刺激すると、様々な慢性痛モデルマウスで鎮痛効果を示すことを世界に先駆けて明らかにしてきました。一方で、変形膝関節症でのREV-ERBの役割は明らかになっておらず、痛みを緩和する効果についても不明でした。
 そこで本研究では、変形性膝関節症を発症したマウスを用いて、REV-ERB刺激薬による軟骨細胞の炎症と痛みの関わりについて調べました。

研究成果の内容

 広島大学大学院医系科学研究科 森岡徳光教授らの研究グループは、モノヨード酢酸(MIA)(※3)を膝関節内に投与することで変形性膝関節症を発症したマウスに生じた痛みが、REV-ERB刺激薬により緩和されることを示しました(図1左)。またREV-ERB刺激薬を処置したマウスの膝関節では、大腿骨の軟骨の破壊が一部抑制されている傾向にありました(図1右)。さらに膝関節由来の軟骨細胞を用いて、人為的に炎症を生じさせると様々な炎症性物質(炎症性サイトカインや軟骨基質分解酵素など)の発現が増加しましたが、これらの反応はREV-ERB刺激薬により抑制されることを明らかにしました(図2)。

今後の展開

 本研究結果から、REV-ERBが変形性膝関節症の痛みに対する治療薬の新たなターゲットとなることが期待されます(図2)。
今後は、REV-ERBによる鎮痛効果のメカニズムの詳細をさらに明らかにするとともに、高力価かつ安定性に優れたREV-ERBs刺激薬の開発を進め、臨床応用についても研究を進めていく予定です。

参考資料

<図1> 変形性膝関節症モデルマウスでの痛み(左)と軟骨組織(右)に対するREV-ERB刺激薬の効果
左)変形性膝関節症モデルマウスでの痛みは、REV-ERB刺激薬のSR9009を膝関節内に注射投与することで改善しました(グラフ縦軸が低値を示すほど、痛みが強い)。
右)変形性膝関節症モデルマウスでの大腿骨の軟骨組織の破壊(軟骨組織の厚さを測定)は、REV-ERB刺激薬のSR9009を膝関節内に注射投与することで改善しました。
 

<図2> 本研究の概要
変形性膝関節症モデルは軟骨組織の炎症により慢性的な痛みを発症しています。これらのマウスの膝関節にREV-ERB刺激薬を投与すると、痛みが緩和され、軟骨組織の破壊が部分的に抑制されました。また膝関節から採取した軟骨細胞に生じた炎症反応(炎症性サイトカインや軟骨基質分解酵素の発現の増加)もREV-ERB刺激薬により抑制されました。

用語説明

(※1)軟骨細胞
軟骨組織を構成する唯一の細胞で、変形性膝関節症では炎症が生じ、破壊されていると考えられています。

(※2)核内受容体
細胞内タンパク質の一つであり、薬剤などが結合することにより細胞核内で遺伝子発現などを調節する役割があります。

(※3)モノヨード酢酸(MIA)
マウスなどで変形性膝関節症を誘導する試薬としてよく利用され、軟骨細胞に炎症を生じさせ、破壊する効果があります。

【お問い合わせ先】

広島大学大学院 医系科学研究科 薬効解析科学研究室 
教授 森岡 徳光(もりおか のりみつ)
TEL:082-257-5310 FAX:082-257-5314
E-mail:mnori*hiroshima-u.ac.jp

 (注: *は半角@に置き換えてください)


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