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【研究成果】L-フコース経口摂取による神経炎症抑制効果とその機序の解明ー糖鎖による精神疾患の予防や治療法の開発ー

研究成果のポイント

・ コアフコース糖鎖が減少すると脳の免疫系を担うミクログリアの過剰な活性化が引き起こされるが、L-フコースの経口投与により脳内のコアフコース糖鎖構造が増加しミクログリアの活性化が抑制された。
・コアフコース糖鎖構造が減少するとIL-6受容体の複合体形成が促進し、炎症反応が活性化する。しかし、L-フコースの投与により複合体形成が抑制された。
・L-フコースによる神経炎症の抑制は、精神疾患等に対する予防・治療法の分子基盤となる可能性がある。

概要

 東北医科薬科大学 薬学部の顧建国 教授、山口芳樹 教授、医学部の森口尚 教授、広島大学大学院 統合生命科学研究科 中ノ三弥子 准教授らの研究グループは、糖転移酵素のひとつであるFut8による神経炎症抑制とその仕組みを明らかにしました。また、広く生物界に分布している糖の一種であるL-フコースが神経炎症抑制化合物であることを明らかにしました。
 糖鎖修飾は最も一般的な翻訳後修飾で、複雑で多様な構造をとる糖鎖1はさまざまな受容体の機能調節に働いていることが知られています。その中で、コアフコース糖鎖2は糖転移酵素Fut8によってフコースがN-結合型糖鎖の根元1に付加される構造です。脳はFut8が最も高発現する組織です。本研究では、図1のように脳内の免疫を担当するミクログリア3の活性化がL-フコースの投与によって抑制されることと、その制御メカニズムを解明しました。さらに、コアフコース糖鎖を生体に負荷をかけずに増加させることが出来ることを明らかにしました。この研究結果は、神経炎症が関連した疾患の新しい予防・治療戦略につながることが期待されます。なお、この研究成果は米国の科学雑誌The Journal of Biological Chemistry (JBC)に2023年11月30日付で公開されました。
 

研究の背景と内容

 神経炎症は、精神疾患に共通して見られる病態基盤の一つで、炎症性サイトカインによって引き起こされます。我々は先行研究でのFut8欠損マウスの解析から、コアフコース糖鎖が減少すると脳の免疫系を担うミクログリアの過剰な活性化が引き起こされることを見出しました(Lu, et al., BBA GEN SUB. 2019)。さらに、Fut8ヘテロ欠損マウス4は野生型マウスとの中間の表現型であったことから、コアフコース糖鎖の減少が炎症反応に対する脆弱性をもたらすのであれば、コアフコース糖鎖を増加させることにより脳内の神経炎症を抑制できると仮説をたて、その可能性と分子機序の検討を行いました。
 Fut8は酵素であるので、そのドナー基質(GDP-フコース)5を増加させることで、Fut8の産物であるコアフコース糖鎖が上昇すると考えられます。実際にL-フコースをFut8ヘテロ欠損マウスマウスに経口投与し、糖鎖構造の変化をレクチンブロットおよび質量分析により検討したところ、脳内のコアフコース糖鎖の増加が確認出来ました。炎症性サイトカインであるIL-66の発現をホタルルシフェラーゼによりモニターできるレポーターマウスとFut8ヘテロ欠損マウスを交配し、細菌内毒素であるリポ多糖(LPS)腹腔内投与により誘導される脳内炎症の病勢をIn vivoイメージングシステムを用いて検討しました。その結果、Fut8ヘテロ欠損マウスでは野生型マウスと比較してより強い脳内炎症が観察され、これはL-フコース経口投与により改善されることがわかりました(図2)。

 L-フコースを経口投与したFut8ヘテロ欠損マウスの脳組織をミクログリアマーカーである抗Iba1抗体で染色したところ、L-フコース非投与群と比較してサイズ・数ともに有意に低下していて、ミクログリアの活性が抑制されていました。さらに、JAK2/STAT3、AKTなどIL-6下流のシグナル伝達が抑制されていました。シグナル伝達の抑制機序を明らかにするため、IL-6受容体複合体を構成するgp1306のコアフコース糖鎖に焦点をあてて検討したところ、Fut8ヘテロ欠損マウスではgp130に付加されたコアフコース糖鎖が減少しており、これはL-フコース投与により有意に増加しました。さらに、Fut8ヘテロ欠損マウスではIL-6受容体複合体の形成が促進され、L-フコース投与により有意に抑制されました。重要な事に、Fut8完全欠損細胞(コアフコース糖鎖を作ることが出来ない)ではL-フコースの効果が得られないことから、gp130のコアフコース糖鎖はIL-6受容体複合体の形成を抑制的に制御し、炎症反応を抑制することがわかりました。これらのことは、L-フコースの経口投与で脳内のコアフコース糖鎖を増加させることが可能であり、これにより脳内炎症を抑制できる可能性があることを示します。 
 

成果の意義

 感染やストレスにさらされた時や加齢によっても炎症反応が起こることが知られており、さまざまな精神疾患においてミクログリアの過活性が報告されています。今回明らかにしたL-フコースによる脳内神経炎症抑制効果は、精神疾患の新しい予防法や治療戦略につながることが期待されます。

 本研究は、JSPS科研費23H02440, 22K19443, 22K06615, 21K06547および共同利用・共同研究拠点として文部科学大臣認定を受けた糖鎖生命科学連携ネットワーク型拠点(J-GlycoNet)における戦略的融合研究として、ヒューマングライコームプロジェクト(Human Glycome Atlas Project(HGA))を推進する共同研究として実施されました。
 

用語説明

*1. 糖鎖・N-結合型糖鎖: 単糖が鎖のようにつながったもので、たんぱく質や脂質と結合して細胞の表面細胞の表面を覆っています。糖鎖がタンパク質に結合する様式はこの2通りますが、アスパラギンの側鎖に結合するのがN-結合型糖鎖です。N-結合型糖鎖は様々な膜受容体の機能を調節しています。

*2. Fut8・コアフコース糖鎖:コアフコース糖鎖はさまざまなN-結合型糖鎖の還元末端にフコースを持つ糖鎖です。哺乳動物においては,コアフコース糖鎖はα1,6 フコースだけを指し、付加できるのはフコース転移酵素の中でもFut8だけです。コアフコース糖鎖には様々な生理活性がありますが、がん・炎症と最も関係が深い糖鎖修飾の1つです。

*3.ミクログリア:グリア細胞の一つで、免疫を担当する細胞です。正常状態では点在していますが、炎症が生じると、細胞体の肥大化や細胞増殖を伴い活性化状態となり、炎症性サイトカインの産生放出を引き起こします。

*4. Fut8ヘテロ欠損マウス:ヒトやマウスは各遺伝子を2つを持っている。ある遺伝子の片方を欠いた状態のものをヘテロ欠損マウスと呼ぶ。Fut8ヘテロ欠損マウスはFut8遺伝子が片方だけのマウスで、マウス体内でコアフコース糖鎖をつくる活性が大きく減少している。

*5.ドナー基質(GDP-フコース):糖転移酵素は糖ヌクレオチドであるドナー基質から単糖を切り離し、アクセプター基質の糖鎖に転移します。フコース転移酵素はドナー基質であるGDP-フコースを利用します。

*6. IL-6, gp130:IL-6は、IL-6結合サブユニット(IL-6R)およびシグナル伝達エレメント(gp130)からなる受容体複合体を介して細胞膜の近傍にあるチロシンキナーゼJAK/STAT3などのシグナル経路を活性化します。
 

論文情報

論文タイトル 
Exogenous  L-fucose attenuates neuroinflammation induced by lipopolysaccharide

著者 
Xing Xu1; Tomohiko Fukuda1; Jun Takai2; Sayaka Morii3; Yuhan Sun1; Jianwei Liu1; Shiho Ohno4; Tomoya Isaji1; Yoshiki Yamaguchi4; Miyako Nakano3; Takashi Moriguchi2; Jianguo Gu1   
1東北医薬大・分生研・細胞制御
2東北医薬大・医・医化学
3広大院・統合生命科学
4東北医薬大・分生研・糖鎖構造生物学
*Corresponding Author(責任著者)

掲載雑誌 The Journal of Biological Chemistry (JBC)
DOI番号 10.1016/j.jbc.2023.105513
 

参考資料

【お問い合わせ先】

<本件に関するお問い合わせ先>
東北医科薬科 大学薬学研究科 細胞制御学教室 
教授 顧 建国(グ チェゴ)
TEL:022-727-0216 (直通) E-mail: jgu*tohoku-mpu.ac.jp

広島大学大学院 統合生命科学研究科
生物工学プログラム
准教授 中ノ 三弥子(ナカノ ミヤコ)
TEL:082-424-4539 (直通) 
E-mail: minakano*hiroshima-u.ac.jp

<取材に関すること>
学校法人東北医科薬科大学企画部広報室
TEL:022-727-0357(直通)E-mail:koho*tohoku-mpu.ac.jp 
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広島大学 広報室
TEL:082-424-6762(直通)
E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp
大学HP:https://www.hiroshima-u.ac.jp/ 

 (注: *は半角@に置き換えてください)


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