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【研究成果】皮膚炎の模様に注目した数理モデルが効果的な治療法を予測

研究成果のポイント

* 数理モデルから、様々な皮膚疾患に共通して拡大しづける炎症(紅斑)のパターン(模様)を消失へ導く仕組みを予測した。
* 皮膚内部での炎症促進因子と炎症抑制因子の産生バランスが炎症パターンを決定する。
* 5つの病的な炎症パターンごとに効果的な治療法を提案した。

 

 

図1. 本研究のまとめ
皮膚の構造の模式図(左)。 炎症が時間とともに拡大する病的なパターン
(円弧、多環、らせん、輪、円)から、時間とともに消失する健康な状態に導く
主要な条件として、皮膚内部での炎症促進因子と炎症抑制因子の産生バランス
を予測(右)。  

 

概要

 広島大学大学院統合生命科学研究科の藤本仰一教授(大阪大学招へい教授)と須藤麻希研究員は、皮膚表面に現れる炎症パターン(模様)に注目した数理モデルに基づき、時間とともに拡大する炎症を消失する健康な状態へと導く仕組みを予測しました。炎症パターンを消失させる主要な仕組みとして、炎症促進因子と炎症抑制因子の産生バランスを特定しました。11の炎症性皮膚疾患に共通して現れる5種類の拡大する炎症パターンに対し、この数理モデルは皮膚を傷つけずに非侵襲的に治療法を提案しました。   
 本研究成果は、2024年1月19日(金)午前4時(日本時間)に『PLOS Computational Biology』に掲載されました。

論文情報

論文名:Diffusive mediator feedbacks control the health-to-disease transition of skin inflammation 
著者名:Maki Sudo1, Koichi Fujimoto1,*
1:大学院統合生命科学研究科
*:責任著者
掲載誌PLOS Computational Biology 20(1): e1011693. 
DOIhttps://doi.org/10.1371/journal.pcbi.1011693
 

背景

 皮膚の炎症は有害な刺激を排除して組織を健康な状態に保ちます。しかし過剰な炎症は慢性化して周囲の健康な組織を傷つけます。炎症が起こると、皮膚内部の血管が拡張して、皮膚表面に赤み(紅斑)が現れます(図1左)。健康な皮膚では、時間が経つにつれて紅斑が薄くなって消失します。これに対して多くの病的な皮膚炎では、円状や輪状、らせん状など、実に様々な模様(空間パターン)の紅斑が皮膚表面に現れて、日に日に拡大します(図1右)。興味深いことに、これらの紅斑パターンは、同じ病気でも患者ごとに異なる場合や、異なる病気で共通する場合があります。多様なパターンの炎症が示す拡大あるいは消失という特徴の違いは、どのように生まれるのでしょうか?

 紅斑は、主に、皮膚内部で産生される炎症促進因子と炎症抑制因子によって駆動されます(図1左)。炎症促進因子は皮膚内部の血管を拡張して皮膚上に赤み(紅斑)を生じさせる一方で、炎症抑制因子は炎症を抑制します。これまでに、特定の病気で観察される複数のパターンは、炎症促進因子の生化学反応と皮膚内部の拡散から生まれることがわかっていました。しかし、複数の病気に共通する炎症パターンが現れる仕組みと炎症抑制因子の役割は未だ明らかになっていませんでした。病的な拡大パターンを健康な消失パターンに戻すにはどうしたらよいのでしょうか?
 

研究成果の内容

 広島大学大学院統合生命科学研究科の藤本仰一教授(大阪大学招へい教授)らは、11の炎症性皮膚疾患(乾癬・全身性エリテマトーデス・水泡性天疱瘡・ライム病・多形紅斑・リンパ腫・環状紅斑・シェーグレン症候群・スウィート病・貨幣状皮膚炎・匍行性迂回状(紅斑)の132報の論文を調査した結果、これらの疾患が共通の紅斑パターンを示すことを確認しました(表)。

 

 

表. 11の疾患で報告された炎症拡大パターンそれぞれの症例数

 

 

 そこで藤本教授らは、様々な疾患を超えて共通する紅斑パターンの制御機構が存在するのではないかと考え、この仕組みを探索するために数理モデルを構築しました。数理モデルには、生物実験の知見に基づき、炎症促進因子が自身の生成を促進する正のフィードバックと、炎症促進因子と炎症抑制因子の間の負のフィードバック、さらには、これら因子が皮膚内部で拡散する効果を導入しました(図2)。数理モデルの計算機シミュレーションの結果、健康な皮膚で現れる消失パターンに加えて、上記の疾患で報告されている主要な5種類の拡大パターン(円・輪・多環[多数の環]・円弧[円周の一部分]・らせん)が出現する条件を明らかにしました(図3)。

 

 

図2. 数理モデルの概要
炎症促進因子と炎症抑制因子はフィードバックを介してのお互いの産生を制御しあう(左)。
これら因子の皮膚内部での拡散を通じて炎症パターンが現れる(右)。

 

 

図3.   数理モデルのコンピューターシミュレーション結果
皮膚表面に現れる炎症パターンの時間経過。
皮膚への刺激が同じでも(時間1)、炎症促進/抑制因子の産生バランスに応じて
炎症パターンは大きく異なる(時間2-5)。色は炎症促進因子の濃度を表す。

 

 

 さらに、炎症の病的な拡大を健康な消失へと導く複数のパラメータ(生化学反応の速度定数)を特定しました。5種類それぞれの拡大パターンごとに有効な治療法を予測するため、各パターンが現れるパラメータ値の条件を網羅的に探索しました。その結果、消失パターンと比べて、円状のパターンは抑制因子の産生が少ない場合、輪状のパターンは促進因子の産生が多い場合に現れました(図1右)。らせん・多環・円弧のパターンは、消失パターンよりも抑制因子の産生がやや少ないか、促進因子の産生がやや多い場合に現れました。これらの結果より、促進因子や抑制因子の産生のバランスに応じて、拡大パターンが消失パターンへと移りかわることが予測されました。

今後の展開

 これら一連の発見は、多様な皮膚炎症パターンを消失へと導く仕組みとその治療法の理解を進めます。つまり、円状のパターンは抑制因子の産生を増やす治療、輪状のパターンは促進因子の産生を減らす治療、らせん・多環・円弧のパターンはその両方の治療が有効であると考えられます。さらに、健康な皮膚の消失パターンと病的な皮膚の拡大パターンの違いを生む条件により、紅斑パターンから疾患の重症度やリスクを推定することが可能となり、患者の病態を個別に考慮した治療法・予防法の提案が期待されます。すなわち数理モデルは、皮膚を傷つけることなく非侵襲的に紅斑パターンから制御機構を予測でき、様々な炎症性皮膚疾患の予防・治療への応用が期待されます。

【お問い合わせ先】

大学院統合生命科学研究科 数理生命科学プログラム
教授 藤本仰一
Tel:082-424-7346、090-1770-4320(携帯) 
E-mail:kfjmt*hiroshima-u.ac.jp

 (注: *は半角@に置き換えてください)


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