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【研究成果】静脈麻酔薬プロポフォールの副作用発現に関与する新たなメカニズムの発見

研究成果のポイント

●プロポフォールが細胞内でタンパク質リン酸化酵素(注1)を活性化することを証明した。
●プロポフォールは細胞内の様々な細胞内小器官(注2)の構造を変化させることを証明した。
●プロポフォールは核内外のタンパク質の移動を引き起こすことを証明した。

概要

 今回、我々が証明した「プロポフォールが細胞内で引き起こす現象」は、プロポフォールの副作用の発現に関与する可能性がある。

論文情報

論文タイトル
Features and mechanisms of propofol-induced protein kinase C (PKC) translocation and activation in living cells.
著者
野口颯真1 梶本武利2 熊本卓哉3 新開 匡1 楢崎壮志1, 4 卜部智晶1, 4 今村芹佳5 原田佳奈1 秀 和泉1 田中 茂1 柳瀬雄輝6 中村俊一2 堤 保夫4 酒井規雄1*
 1.広島大学大学院 医系科学研究科 神経薬理学研究室
 2.神戸大学大学院 医学研究科 生化学・分子生物学講座 生化学分野
 3.広島大学大学院 医系科学研究科 創薬合成化学研究室
 4.広島大学大学院 医系科学研究科 麻酔蘇生学教室
 5.広島大学大学院 医系科学研究科 歯科麻酔学教室
 6.広島大学大学院 医系科学研究科 治療薬効学研究室 
 * 責任著者

掲載雑誌:Frontiers in Pharmacology 14 (2023) 1284586.  
DOI:10.3389/fphar.2023.1284586.

背景

 プロポフォールは、静脈麻酔薬として全身麻酔に最も用いられる麻酔薬であり、プロポフォールによる麻酔方法は臨床的には、ほぼ確立されている。プロポフォールには一般的な副作用として投与時の血管痛(注3)・血圧低下、大量使用時の致死的な副作用としてプロポフォール注入症候群(PRIS)が知られるが、どのような機序で副作用が発症するか、その詳細は明らかでない。2014年に東京女子医科大学おいてプロポフォールを過剰投与された小児がPRISを発症して死亡した事故は、プロポフォールの安易な使用に警鐘を鳴らした。プロポフォールの副作用発揮のメカニズムを明らかにすることは、プロポフォールの安全使用のためには、極めて重要である。

研究成果の内容

 タンパク質リン酸化酵素はタンパク質の翻訳後修飾(注4)に関わる重要な酵素である。その中で我々は、タンパク質リン酸化酵素C(protein kinase C, PKC)に注目した。PKCに蛍光タンパク質GFPを融合させた可視化PKC(PKC-GFP)を培養細胞に発現させたところ、PKC-GFPは主に細胞質に存在した。プロポフォールを投与したところPKC-GFPは、PKCの種類に依存して細胞内の様々な部位(細胞膜やゴルジ体)に動き、その部位で留まった(図1、参考文献1)。このことは、プロポフォールは細胞内部の様々な部位に分布した後にPKCを呼び寄せて結合し、その部位でPKCを活性化していることを示唆している。実際、細胞内でPKCの活性化を計測できる蛍光タンパク質CKAR(注5)を用いて観察すると、プロポフォールはPKCが動いた部位で活性化していることが分かった(図2)。
 また、プロポフォールの投与は、細胞内の小胞体やミトコンドリアの形態変化(凝集体形成)を起こし、その構造が破壊されることも分かった(図3、参考文献2)。さらに、プロポフォールは細胞内と核内のタンパク質濃度が均一になるようにPKC-GFP以外のタンパク質も移動させることも分かった(図4)。プロポフォールを投与したのちに起こるこれらの現象は、麻酔効果を発揮するプロポフォールの濃度よりも高濃度で惹起されることから、プロポフォールを長時間、高濃度で用いた際に生じるPRISなどの副作用の発現に関与していると思われる。プロポフォールの副作用発現メカニズムが明らかになることにより、プロポフォール投与時に副作用の軽減のための対策を講じることで、より安全な麻酔の施行が可能となる。

今後の展開

 現時点では、血管痛の緩和を期待してプロポフォールよりも先に投与する(先行投与)薬物もあるが、十分な効果は得られていない。今後は副作用を予防するために先行投与する薬物や、副作用が生じた場合にそれらの症状を抑えるために投与する治療薬の発見と開発を試みる。

用語解説

注1)タンパク質リン酸化酵素:リン酸化は、タンパク質の特定のアミノ酸にリン酸基を付加する化学反応のことである。このリン酸化を触媒する酵素がタンパク質リン酸化酵素である。リン酸化は、タンパク質の機能を変化させる重要な化学反応である。
注2)細胞内小器官:細胞の中に存在する特別な機能を持った構造物。代表的な小器官としては、小胞体、ミトコンドリアなどがある。
注3)血管痛:薬剤を静脈に注射・点滴した際に生じる血管に沿った痛み
注4)タンパク質の翻訳後修飾:タンパク質は、遺伝情報から翻訳されて細胞内で合成される。タンパク質が合成された後に、様々な酵素による化学修飾反応が起こり、タンパク質の機能が変化することを翻訳後修飾という。リン酸化はタンパク質の翻訳後修飾の代表的なものである。
注5) PKCの活性化を計測できる蛍光タンパク質CKAR: FRET現象に基づいてPKCの細胞内での活性化を測定できるインジケータータンパク質のこと(Violin, J. D.,et al...J. Cell. Biol.
161, (2003) 899–909. doi:10.1083/jcb.200302125 )

参考文献
1)Narasaki, S, Noguchi, S., Urabe, T., Harada,K., Hide,I., Tanaka,S., Yanase,Y., Kajimoto,T., Uchida, K., Tsutsumi, M., Y. and Sakai, N. Identification of protein kinase C domains involved in its translocation induced by propofol Eur. J. Pharmacol. 955 (2023) 175806 doi: 10.1016/j.ejphar.2023.175806.
2)Urabe, T., Yanase, Y. Motoike, S., Harada, K. Hide, I., Tanaka, S., Tsutsumi, M. Y., Kawamoto, M. and Sakai, N Propofol induces the elevation of intracellular calcium via morphological changes in intracellular organelles, including the endoplasmic reticulum and mitochondria. Eur. J. Pharmacol. 884 (2020) 17303
 

参考資料

【お問い合わせ先】

大学院医系科学研究科 教授 酒井 規雄
Tel:082-257-5140 
E-mail:nsakai*hiroshima-u.ac.jp

 (注: *は半角@に置き換えてください)


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