大学院医系科学研究科 教授 紙谷 浩之
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E-mail:hirokam*hiroshima-u.ac.jp
(注: *は半角@に置き換えてください)
本研究成果のポイント
- グアニンの酸化体は変異を引き起こし、がんの原因となります(※1)。
- グアニンの酸化体を持つDNA原料はDNA(遺伝子の本体)に取り込まれることが知られています。(※2)
- 本研究で、グアニンの酸化体を持つDNA原料を生細胞で可視化する技術を新たに開発しました。
- この可視化技術はDNAの酸化を知らせるマーカーになり、また、この技術を応用すると抗がん剤の開発につながります。
概要
広島大学大学院医系科学研究科(薬学部)の藤川芳宏 助教(当時)、河合秀彦 准教授、鈴木哲矢 助教、紙谷浩之 教授のグループは、遺伝子に傷をつける損傷DNA原料である8-oxo-dGTPなどを生細胞で可視化する技術を新たに開発しました。
背景
ヒトを含む多くの生物の遺伝子の本体はDNAです。遺伝情報の変化は変異と呼ばれ、変異の蓄積ががん化に大きく関わっていることが知られています。変異の多くはDNAの損傷(化学的修飾)により引き起こされます。この化学的修飾はDNAの原料であるヌクレオチドにも生じ、損傷ヌクレオチドがDNAに取り込まれると、変異やがんの原因となります。DNAの情報とは「塩基」と呼ばれる部分の配列(並び)ですが、その塩基の一つであるグアニンが酸化されると8-oxo-7,8-dihydroguanine(8-oxo-G)などの酸化損傷塩基が生じます。大腸菌ではMutTが、ヒト細胞ではMTH1などが、8-oxo-Gを持つヌクレオチド(8-oxo-dGTP)を分解する酵素として知られています。
一方、がん細胞は盛んに活性酸素を産生するために、細胞内に8-oxo-dGTPが蓄積しています。がん細胞がこの毒性を回避するためにはMTH1などによる分解作用が不可欠です。
研究成果の内容
今回、広島大学の研究グループは、8-oxo-Gを持つヌクレオチドを検出することを目的に、MutT蛋白質(8-oxo-Gに結合はするが分解はしないように改変したもの)を2つに分割しました。その分割断片のそれぞれに、ある蛋白質を結合させ、8-oxo-dGTPが結合すると蛍光が点として観察されるようにしました。この人工的な蛋白質を発現するヒトの細胞を作製し、8-oxo-dGTPなどで細胞を処理すると、予想通りに蛍光が点として観察されました。
さらに、細胞内のMTH1の量を減らした場合や、MTH1の活性を阻害する物質を細胞に作用させた場合、酸化剤で細胞を処理した場合にも蛍光が点として観察されました。
今後の展開
8-oxo-dGTPはがん細胞の生存にとって邪魔な物質ですので、MTH1などの働きが生存に不可欠です。今回の8-oxo-dGTP検出システムを使うことにより、抗がん剤候補となるMTH1阻害剤を効率よく見つけることが可能となります。
また、DNAやDNAの原料を酸化する物質をモニター(監視)するためのバイオマーカーとしても利用できます。
参考資料
- 論文題目:Visualization of oxidized guanine nucleotides accumulation in living cells with split MutT
- 著者名:Yoshihiro Fujikawa, Hidehiko Kawai, Tetsuya Suzuki, Hiroyuki Kamiya*(*責任著者)
- 掲載誌:Nucleic Acids Research
5月13日付でオンライン掲載されました。以下は論文のリンク先です。
https://doi.org/10.1093/nar/gkae371
用語解説
(※1)グアニンの酸化体:遺伝情報を担っているDNA塩基のうち、グアニンは最も酸化されやすいことが知られており、種々のグアニンの酸化体が生成します。そのうち、今回の研究で用いられた8-oxo-7,8-dihydroguanine(8-hydroxyguanine)は代表的なものであり、最も重要なDNAの損傷の一つと考えられています。
(※2)DNAとDNAの原料:塩基と糖とリン酸でヌクレオチドを構成し、それがDNAの基本単位となります。ヌクレオチドが多数結合して1本の鎖を作り、DNAとなります。私たちヒトの遺伝子の情報は2本のDNA鎖が結合したものに書かれています。塩基の種類は4つ(アデニン・チミン・グアニン・シトシン)あります。