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【研究成果】遠方暗黒物質からの誘導崩壊反射、新天文学を切り拓くか?

本研究成果のポイント

  • 宇宙空間を伝播する電磁波により、遠方の軽い暗黒物質候補を光へと強制的に崩壊させ、その反射光を手元で捉える「遠方誘導崩壊反射法」を発案しました。
  • 本観測手法は、誘導用の電磁波の進行方向に対して、特に平行方向に運動する暗黒物質に対して有効であり、惑星の重力レンズ(用語1)効果により焦点に形成される高密暗黒物質の毛髪状構造を捉えることに、具体的な有効性があることを示しました。
  • 本研究成果は、惑星重力レンズを利用する一般的な暗黒物質望遠鏡構想への発展の可能性を拓きます。

概要

 広島大学大学院先進理工系科学研究科の本間謙輔准教授は、現代宇宙物理学における最大級の謎である「暗黒物質」に関する新しい観測手法を提案しました。この手法では、光を宇宙空間に飛ばして、暗黒物質が光に崩壊する様子を観察します。具体的には、約百万キロメートル先まで光を飛ばし、その範囲に存在する暗黒物質が反応して反射する光を受け取ります。これは、底引き網漁のように光の「網」を使って暗黒物質を探す方法に喩えられます。
 光はわずか10秒で3百万キロメートル先まで届き、その範囲が暗黒物質の「漁場」になります。この新しい方法は、惑星の重力が暗黒物質の様子を映し出す「重力レンズ効果」を利用して、暗黒物質を観察することを目的としています。

地球周辺に現れると予想される暗黒物質の毛髪構造[2,3]のイラスト。


 もし遠くの銀河から暗黒物質が地球に向かって降り注ぐとしたら、地球を頭に例えると、その暗黒物質は入射側とは反対の側に「毛髪」のように広がります(上イラスト)。地球の中心を突き抜けるときと、周りを通過する時では、暗黒物質の分布が異なり、特に密度が高い部分が「毛根」のように見えることになります。
 この研究は、密度の高い部分に観測衛星を配置して、そこから光を放ち、反射光を観察する「暗黒物質望遠鏡」の開発に役立ちます。

 

論文情報

本研究の成果は、欧州の科学雑誌「Journal of High Energy Physics」に 2024年9月7日(日本時間)に掲載されました。

  • 論文タイトル:Remote sensing of backward reflection from stimulated axion decay
  • 著者名:本間謙輔1,2
  • 所 属:1 広島大学大学院先進理工系科学研究科
  • 所 属:2 高エネルギー加速器研究機構量子場計測システム国際拠点(QUP)
  • DOI: doi: https://doi.org/10.1007/JHEP09(2024)034

背景

 宇宙の光り輝く星々の根源は素粒子で構成されています。しかし、既知の素粒子群では、宇宙全体のエネルギー密度収支の5%程度しか満たせないことが、宇宙観測から判明しており、その5倍程度は、暗黒物質と呼ばれる、強い重力源に引き寄せられる未知の物質で満たされています。既知の素粒子群は、「強い力(核力)」、「電磁気力」、「弱い力(原子核崩壊を促す力)」を統一的に理解できる標準模型に収まっていますが、暗黒物質は、これに収まらない未発見粒子であると言われています。標準模型は大部分検証されていますが未完成の部分もあり、中でも強い力の性質に関する未解決問題があります。これを自然に解消するために、アクシオンと呼ばれる新粒子が予言されてきました。したがってアクシオンは、暗黒物質とは独立に、地上での観測、宇宙での観測、様々な手法で長年観測が試みられてきた粒子です。アクシオンが軽い場合には、有望な暗黒物質となり得ることが分かっており、特にその2光子への崩壊が判別しやすい信号になります。アクシオンに加えて、質量や物質との結合の強さがアクシオンに似てはいるが、理論模型としては異なる、より一般的なアクシオン様粒(axion-like particle, ALP)についても、観測が試みられるようになってきています。近年、宇宙背景赤外光・可視光の光量が、背景銀河から期待される光量と比べて顕著に多い観測データが得られており、その増光に対して、ALPの崩壊光子による解釈が多数試みられています。このような背景から、未観測粒子アクシオンやALPを探す強い動機が本研究の背景にあります。

研究成果の内容

 本研究では、宇宙空間を漂うアクシオンやALPなど、光子対に崩壊し得る軽い暗黒物質(DM)候補を一般的に探索する新手法を発案しました(図上)[1]。これまで、これらのDM候補の探索には、主として磁石を使って、磁場を介してDM候補を光子へと変換し、その光子を観測する手法が取られてきました。この場合、静止する磁場の中に、偶然入射するDMをひたすら待ち続けることになります。この手法で感度を上げるには、強い磁石を巨大化して、暗黒物質に触れられる体積を大きくする以外ありません。一方、もし、磁石を光速で長距離移動させられたらなら、その実効的体積は桁違いに増大するでしょう。もちろん、巨大な磁石を動かすことはできません。そこで、磁石を動かすことは、電磁波を飛ばすことに置き換えられることに気づきました。レーザーやマイクロ波などの位相の揃った電磁波を、宇宙空間に放った場合、その光によりDM候補を長距離空間にわたり誘導崩壊、つまり、稀にしか崩壊しないDMを強制的に崩壊させられます。この時、もし、暗黒物質が静止している場合には、運動量の保存(作用反作用)から2つの崩壊光子が正反対に出ます。その片方の光の方向を指定するのは、誘導用の電磁波の進行方向なので、もう片方の崩壊光子は、電磁波進行方向と真逆に放出されます。つまり、光速で伝播する電磁波は、鏡の役割を果たすことになります。もし、パラボラミラーのごとく鏡の面を球面に変えられるとすると、一箇所に反射光を集光させられることになります。レーザーなどの位相の揃ったコヒーレント光を宇宙空間で集光後発散させておくと、その集光点から少し離れた所ではほぼ球面状の伝播になります。その球面状光波で誘導崩壊させられた光子は、その発生点であった集光点に必ず戻ることになります。したがって、暗黒物質を魚に、球面状の誘導電磁波を、光速で伝わる網に喩えると、網の体積内に捉えられた魚が分裂しその半分が、網の手元に戻ってくる、いわば底引網漁の様な状況になります。
 問題は、DMが観測者に対して、どの程度静止した状況が実現しているかです。DMの速度上限は、天の川銀河に拘束されていることから光速の1/1000未満と見積もられます。地球年齢45億年の間に、たまたま遅いDMが地球の重力中心に捉えられ地中に濃縮されている可能性はあるかもしれませんが、その場合、誘導電磁波を打ち込むには、地球に長穴を掘らなければなりません。幸運にも実際の地球の重力は、DMに対しては重力レンズとして働き、秒速220kmの入射速度を想定すると、その焦点距離は地球中心から約100万km程度となります。その密度凝縮の効果は、焦点位置では10億倍程度かつ、おおよそ100万kmの距離にわたって少なくとも1千万倍程度の凝縮効果が維持されます。つまり、地球表面を頭皮に喩えると、DMの毛髪の様な構造が現れます[2]。もし、観測衛星を毛根に置き、誘導電磁波を毛先に向けて打ち出した場合、DM崩壊からの信号収量は、密度増大に比例し、毛髪長の4乗に比例するため、光子とDMの結合が重力結合並みに弱い場合ですら感度をもてる超高感度探索が、原理的に実現できます(図下)[1]。
 しかし、局所的に霧の如く緩く捉えられているDMは、地球に対して四方八方から入射するため、レンズによって軌道は曲がりますが、大きな密度増大は期待できません。これに対して最近見つかった白鳥座S1ストリーム[4](用語2)のような遠方のDM源がある場合には、DMは地球レンズにほぼ平行入射するため毛髪形成が起こります。この場合、たとえ伝播軸方向にDMが様々な速度を持っていたとしても、衛星を姿勢制御して毛髪方向に向けられていれば、常に毛髪全体を光の網で捉えられることになります。虫眼鏡を地表のどこにおいても、太陽光が焦点を結ぶのは、太陽が虫眼鏡から十分に遠い位置にあり、常に平行入射の条件が整っているためです。したがって、遠方からのDMストリームに対しても同様に、DM源と地球レンズの中心を結ぶ線上に毛髪が「必ず」生じていることになります。以上を踏まえると、DMを豊富に含む遠方銀河に対して、どの方向から飛来するかに依らず、地球自体が全天的な望遠鏡レンズとして働くことが期待できます。これが「惑星重力レンズDM望遠鏡構想」です。本研究は、この構想を将来実現するための礎となります。

[1] Remote sensing of backward reflection from stimulated axion decay, K. Homma, Journal of High Energy Physics 09 (2024) 034 [arXiv:2312.02005]. 
[2] Dense Dark Matter Hairs Spreading Out from Earth, Jupiter and Other Compact Bodies, G. Prézeau,  Astrophys. J. 814 (2015) 122 [arXiv:1507.07009]. 
[3] 以下のNASA ジェット推進室の紹介ページを参考に作成したイラスト。
https://www.jpl.nasa.gov/news/earth-might-have-hairy-dark-matter/
[4] Dark matter hurricane: Measuring the S1 stream with dark matter detectors, C.A.J. O’Hare et al., Phys. Rev. D 98 (2018) 103006 [arXiv:1807.09004].
 

今後の展開

 これまで、地球や木星等の惑星により、暗黒物質の毛髪構造が現れることまでは予言されていましたが[2]、毛髪を検知する具体的な方法論は提唱されていませんでした。本研究の成果は、新たな観測手法の導入により「惑星重力レンズ効果による暗黒物質望遠鏡」という新たな天文学構想を展開する可能性を切り拓きます。

謝辞

 本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業基盤研究(A)「レーザー誘導共鳴散乱によるXENON1T超過事象のアクシオン的解釈の検証(課題番号: 21H04474、研究代表者:本間謙輔)」、および、京都大学化学研究所共同利用・共同研究課題提案型研究(課題番号:2024-95研究代表者:本間謙輔)などの支援を受けて行いました。

用語説明

(用語1)重力レンズ
 天体の質量が作り出す重力場によって、その周囲で光線が曲げられる現象。光線が暗黒物質の流れに置き換わっても、同等な効果が期待されます。
(用語2)白鳥座S1ストリーム
 白鳥座近傍にある太陽質量の100億倍程度の矮小楕円銀河から、太陽系の角度方向に現存する望遠鏡で観測可能な星々が流れ込んでいることが観測されています。このタイプの銀河には多くの暗黒物質が含まれていると考えられており、暗黒物質も太陽系へ向けて流れ込んでいる可能性が高いことが指摘されています。

【お問い合わせ先】

 広島大学大学院先進理工系科学研究科物理学プログラム 
 准教授 本間 謙輔 
 TEL:082-424-7375(不在の場合、下4桁7370)
 E-mail:khomma*hiroshima-u.ac.jp 
 (注:*は半角@に置き換えてください。)


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