大学院医系科学研究科 教授 紙谷 浩之
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E-mail:hirokam*hiroshima-u.ac.jp
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本研究成果のポイント
- 遺伝情報の変化(変異)は、がんの原因となります(※1)。
- RNA(遺伝子のコピー)の原料はDNA(遺伝子の本体)に誤って取り込まれることが知られています。(※2)
- 本研究で、RNAがDNAに1つ取り込まれるとDNAに数多くの場所で間違いを引き起こすことを新たに発見しました。
- この間違いの発生には、ウイルスに対する防御システムAPOBEC3も関与していることも発見しました。(※3)
概要
広島大学大学院医系科学研究科(薬学部)の鈴木哲矢 助教、安井聖晴 大学院生(当時)、紙谷浩之 教授のグループは、国立研究開発法人 産業技術総合研究所 生命工学領域 小松康雄 領域長補佐と共同で、RNAがDNAに1つ取り込まれるとDNAに数多くの間違いを引き起こすことを新たに発見しました。
背景
ヒトを含む多くの生物の遺伝子の本体はDNAです。遺伝情報の変化は変異と呼ばれ、変異の蓄積ががん化に大きく関わっていることが知られています。一方、遺伝情報はDNAからRNAにコピーされ、RNAからタンパク質に翻訳されます。細胞が分裂する際にはDNAが複製されて同じ情報を持つDNAができますが、その際に誤ってRNA(の原料)が取り込まれることが知られています。今までに、RNAが取り込まれるとその部分に変異が引き起こされることが知られていました。
研究成果の内容
今回、広島大学の研究グループは、RNAを1つ取り込ませたDNAを人工的に作製し、ヒトの細胞に導入し複製させました。複製されたDNAを分析したところ、変異が複数箇所生じていたDNAが数多くありました。
さらに、研究グループの過去の研究結果から類推して、ウイルスに対する防御システムであるAPOBEC3と呼ばれるタンパク質が関与していると予想し、その1種であるAPOBEC3Bの量を減らしたところ、変異が大幅に減少することを発見しました。
今後の展開
RNAがDNAの中に存在する事は知られていましたが、その結果、数多くの間違いが引き起こされることは知られていませんでした。今回の発見は、変異が原因で生じるがん細胞の発生にこの出来事が関わっていることを示しています。また、生殖細胞(精子や卵子になる細胞)に生じるとさまざまな遺伝病の原因ともなることも予想されます。
本研究の成果は、がん化の機構を理解し、それを抑制する方法の開発につながると期待されます。
参考資料
- 論文題目:Untargeted mutation triggered by ribonucleoside embedded in DNA
- 著者名:Tetsuya Suzuki, Kiyoharu Yasui, Yasuo Komatsu, Hiroyuki Kamiya*(*責任著者)
- 掲載誌:International Journal of Molecular Sciences
12月22日付でオンライン掲載されました。以下は論文のリンク先です。
https://www.mdpi.com/1422-0067/25/24/13708
用語解説
(※1)変異とがん:遺伝情報を担っているDNAはアデニン・チミン・グアニン・シトシンの4つの文字(塩基)からなり、この並びが遺伝情報です。がんに関連する遺伝子(がん遺伝子やがん抑制遺伝子)の遺伝情報の変化(変異)が複数回生じることで、がんが生じます。
(※2)DNAとRNA:DNAもRNAも塩基と糖とリン酸でヌクレオチドを構成し、それが基本単位となっています。DNAとRNAの違いは、塩基の種類の違い(DNAはアデニン・チミン・グアニン・シトシンで、RNAはアデニン・ウラシル・グアニン・シトシン)と糖の違い(RNAの糖は酸素Oが一つ多い)で、多くの場合、DNAは2本の鎖が結合した2本鎖として、RNAは1本の鎖のみの1本鎖として存在します。DNAの遺伝情報の1部はRNAにコピーされ、RNAからタンパク質に翻訳されます(タンパク質に翻訳されないRNAも数多くあります)。
(※3)APOBEC3:RNAやDNAの塩基シトシンをウラシルに変える働きを持つタンパク質で、その中の複数種類はウイルスのRNAやDNAの情報を変えることによって、ウイルスから私たちを防御していると考えられています。