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【研究成果】B型肝炎ウイルス感染初期に生成されるcccDNAが蓄積されるメカニズムを多層数学モデルにより解明しました

本研究成果のポイント

  • 多層数学モデル※1を用いた解析により、B型肝炎ウイルス(HBV)※2の感染初期に対する抗ウイルス薬エンテカビル※3が、肝細胞内でのHBV DNA合成を最大97%阻害し、cccDNA※4の蓄積速度を約44%低下させることが明らになった。
  • HBVに罹ると、cccDNAは核内に蓄積し、蓄積量が一定量を超えると、核内で安定的に維持され、ウイルス複製やウイルス抗原産生の鋳型としてHBV持続感染の原因となる。
  • 本研究成果はHBV根治を目指す新規治療戦略の基盤となる可能性がある。

概要

広島大学病院 肝疾患センター 柘植雅貴教授とLoyola University Chicago Medical Center  Louis Shekhtman助手、Harel Dahari教授、Susan Uprichard教授らとの共同研究により、HBV感染初期の肝細胞内ウイルス動態※5と核内のcccDNAの蓄積速度を解析しました。解析にはヒト初代肝細胞を用いたHBV感染実験データと多層数学モデルを用いました。
その結果、抗ウイルス薬エンテカビルが細胞内HBV DNAの合成を最大97%阻害し、cccDNAの蓄積速度を約44%低下させることを確認しました。ただし、エンテカビルによる治療が最終的なcccDNA蓄積量に影響を及ぼさないこと、また、cccDNA蓄積が単純に細胞内HBV DNA量と連動しないことも明らかになりました。
本研究成果は、HBV治療法の改善や新規治療薬の開発に向けた重要な基盤となることが期待されます。
 

発表論文

  • 掲載誌:JHEP Reports (欧州肝臓学会(European Association for the Study of the Liver)学術誌、Q1)
  • 論文タイトル:Modelling of hepatitis B virus kinetics and accumulation of cccDNA in primary human hepatocytes
  • 著者名:Louis Shekhtman, Yuji Ishida, Masataka Tsuge, Vladimir Reinharz, Mikaru Yamao, Masaki Takahashi, Chise Tateno, Susan L Uprichard, Harel Dahari, Kazuaki Chayama
  • DOI: https://doi.org/10.1016/j.jhepr.2024.101311
  • 掲載日時:2024年12月24日

背景

HBV持続感染者の一部は慢性肝炎を発症し、肝硬変や肝がんへと進行するため、HBVは世界的な健康問題の一つとなっています。WHOの推計によると、全世界で約2.54億人が持続感染しており、年間110万人が肝硬変や肝臓がんで死亡しています。現在、このようなB型慢性肝疾患に対する治療薬としてエンテカビルやテノホビルといった核酸アナログ製剤(NAs)やインターフェロン製剤が用いられ、ウイルスの増殖を効果的に抑制することが可能です。しかしながら、核内に侵入し、ミニクロモソーム構造を形成したウイルスゲノムcccDNAを完全に除去することは困難であり、その結果、現行の抗ウイルス療法では感染したHBVを完全に排除することができません。cccDNAはHBV持続感染の重要な基盤であるため、その動態や制御メカニズムを明らかにすることが、HBV完全排除に向けた治療戦略の鍵となります。

研究成果の内容

本研究では、ヒト初代培養肝細胞を用いたHBV感染実験と多層数学モデルを組み合わせ、感染初期および治療効果を検証しました。その結果、抗ウイルス薬エンテカビルが、細胞内HBV DNA合成を最大97%阻害し、cccDNAの蓄積速度を約44%低下させることが確認されました。一方で、cccDNAの最終的な蓄積量には影響が見られず、細胞内HBV DNA量とcccDNA蓄積の間に単純な比例関係がないことが明らかになりました。
さらに、HBV感染後22時間で初めてcccDNAが形成され始めることや、cccDNAが一定の蓄積限界に達することが数学モデルにより示されました。また、cccDNAの蓄積には未知の制御メカニズムが関与している可能性が示唆されました。これらの結果は、HBV感染初期のウイルス動態が複雑な多段階プロセスであることを示しているものと考えます。

今後の展開

本研究で構築した多層数学モデルは、HBV感染と治療効果を精密に再現するツールとして、HBV持続感染に対する新規治療薬の開発や治療効果予測に応用できると期待されます。
本研究では、HBV感染初期の動態に焦点を当て、解析を行いましたが、今後、慢性感染時のcccDNA維持機構や、他の治療薬との併用効果についても解析を行っていく予定です。また、本研究で得られた知見やモデルを他のウイルス感染の動態解析にも応用し、ウイルス学全般における基礎研究の発展に寄与していきたいと考えています。 

参考資料

初代培養ヒト肝細胞にHBVを感染させ、経時的に細胞内・細胞外のHBV DNA量(ウイルス量)と細胞内cccDNA量を測定。細胞内・外でのウイルス動態を上図のように仮定しパラメータを設定したのち、実際の測定結果を用いながら多層数学モデルを構築し解析

用語解説

多層数学モデル※1:数学モデルとは、現実の世界で起きるさまざまな問題を方程式などの数学的な形で表現すること。数学における層とは、位相空間上で連続的に変化する様々な数学的構造をとらえるための概念となり、多層とは層が複数ある状況

B型肝炎ウイルス(HBV)※2:Hepatitis B Virusの略、B型肝炎の原因となるウイルスで、このウイルスが血液・体液を介して感染してB型肝炎を引き起こす

cccDNA※3:covalently closed circular DNAの略、B型肝炎ウイルスが肝細胞に感染すると、ウイルスゲノムは核内に運びこまれ、cccDNAと呼ばれるヒトゲノムと類似した構造を形成し、蓄積される

抗ウイルス薬エンテカビル※4:B型慢性肝疾患におけるB型肝炎ウイルスの増殖抑制に用いられる薬

肝細胞内ウイルス動態※5:肝細胞内でウイルスが増殖する過程。時間と共に変動していく姿

【お問い合わせ先】

 大学院医系科学研究科 肝臓学 教授 柘植 雅貴
 Tel:082-257-2023 FAX:082-257-2023
 E-mail:tsuge*hiroshima-u.ac.jp
 (*は半角@に置き換えてください)
 


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