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【研究成果】車いすをこぐ際の筋肉の動きを初めて解析し、4つの筋シナジーに分類しました。

本研究成果のポイント

  • 健常者12名を対象に、車いすバスケットボール競技用の車いすを駆動する際の筋シナジーを調べた結果、肩関節周囲10筋の筋活動は4つの筋シナジーに分類できることが分かりました。
  • 健常者を対象とした本研究の結果は、今後車いすバスケットボール選手の筋シナジーを調査する際の基準となるデータとして有用である可能性があります。

概要

  • 車いすバスケットボール競技用の車いすを用いて、健常者が直線20 mの距離を最大努力で駆動する際の肩関節周囲10筋の筋活動を測定し、得られたデータに対して非負値行列因子分解を行うことで筋シナジーを分類しました。
  • 測定した10筋は、三角筋前部線維、三角筋中部線維、三角筋後部線維、大胸筋、上腕二頭筋、上腕三頭筋、僧帽筋上部線維、広背筋、棘下筋、前鋸筋としました。
  • 合計4つの筋シナジーに分類され、シナジー1は三角筋前部線維、大胸筋、上腕二頭筋、前鋸筋、シナジー2は三角筋前部線維、大胸筋、上腕三頭筋、前鋸筋、シナジー3は三角筋後部線維と上腕三頭筋、シナジー4は三角筋中部線維、三角筋後部線維、僧帽筋上部線維、広背筋、棘下筋となりました。
  • 本研究成果は2024年10月10日に「Applied Sciences」に掲載されました。

発表論文

論文名:Muscle synergy of the periarticularis shoulder muscles during a wheelchair propulsion motion for wheelchair basketball
著者:田村佑樹1、前田慶明1*、小宮 諒2、岩本義隆3、田城 翼1、有馬知志1
堤 省吾4、水田良実1、浦邉幸夫1
1. 広島大学 大学院医系科学研究科 総合健康科学
2. 新潟医療福祉大学 運動機能医科学研究所
3. 広島大学病院 診療支援部 リハビリテーション部門
4. 鹿児島大学 大学院医歯学総合研究科
* 責任著者
掲載雑誌:Applied Sciences
DOI:https://doi.org/10.3390/app14209292

背景

 車いすバスケットボール競技(WB:Wheelchair basketball)は運動機能障がいを有する選手が車いすに乗って実施するバスケットボール競技です。日本国内では約800名のWB選手が存在しており、パラリンピック競技のなかでも人気が高いです。WB選手は肩関節痛の発症率が高いと報告されますが、競技中の移動手段として反復的に用いられる車いす駆動動作が一要因と考えられています。近年、スポーツ傷害を予防するため、スポーツ動作中の筋シナジーの評価が注目されています。筋シナジーとは、各筋肉がどのように協調して活動するかをグループ化して理解する考え方で、筋活動を個別に見るのではなく、同時に働く筋肉の活動を1つの単位として捉えます(図1)。筋シナジーを評価することで、スポーツ中の動きや運動戦略をよりよく理解することができると考えられています。しかし、WB選手だけでなく健常者でも車いす駆動時の筋シナジーは調査されておらず、基礎的なデータが不足している現状です。本研究は最初の試みとして、健常者を対象に車いす駆動動作がどのような筋シナジーによって行われるのか、調査しました。

研究成果の内容

 本研究では、競技レベルの違いによる影響を除くため、競技用車いすの駆動経験がない健常男性12名を対象としました。競技用車いすを用いて、直線20mの距離を最大努力で駆動する際の肩関節周囲10筋(三角筋前部線維、三角筋中部線維、三角筋後部線維、大胸筋、上腕二頭筋、上腕三頭筋、僧帽筋上部線維、広背筋、棘下筋、前鋸筋)の表面筋電位を計測しました。得られた各筋の表面筋電位データに対して、非負値行列因子分解という解析手法を用いることで、筋シナジーを抽出しました。
 その結果、健常者の車いす駆動動作には4つの筋シナジーが存在することが示されました(図2)。シナジー1はプッシュ相(車いすを前方に推進させるため、手でタイヤを前方に押し出すフェーズ)の前半で活動が高まり、三角筋前部線維、大胸筋、上腕二頭筋、前鋸筋の貢献度が高い結果となりました。シナジー2はプッシュ相後半で活動がピークとなり、三角筋前部線維、大胸筋、上腕三頭筋、前鋸筋を中心に構成される筋シナジーでした。このことから、プッシュ相では肩関節屈曲筋と肘関節屈曲および伸展筋が協調的に活動することで、車いすの前方推進力を生成していることが考えられます。シナジー3はリカバリー相(プッシュ動作の後、次のプッシュ動作に向けて上肢を元の位置に戻すフェーズ)で活動が高く、三角筋後部線維、上腕三頭筋の活動比が大きくなっていました。2つの筋はいずれも肩関節伸展運動に作用する筋であるため、プッシュ相で前方に移動した上肢を後方に引き戻す動作を反映した筋シナジーであると予想します。シナジー4も同様にリカバリー相での活動が最も高く、三角筋中部線維、三角筋後部線維、僧帽筋上部線維、広背筋、棘下筋を中心に構成されていました。リカバリー相はプッシュ相と比べて肩関節がより不安定になることから、肩甲帯の安定化に関わる筋が協調的に活動したものであると考察しています。

今後の展開

 本研究によって、健常者は4つの筋シナジーを用いて競技用車いすを駆動することが分かりました。障がいや疼痛の影響を受けない健常者を対象とした本研究の結果は、競技用車いす駆動動作の筋シナジーに関する標準的なデータになると思われます。今回得られた知見を基に、WB選手の車いす駆動動作時の筋シナジーを調査することで、障がいや疼痛が筋シナジーに及ぼす影響を確認していきます。これにより、本研究がWB選手の傷害予防および長期的な競技継続につながることを期待します。筆者らは、今後もパラアスリートの傷害予防を目指した調査や研究に取り組み、パラスポーツの研究分野の発展に貢献していきたいと考えています。

参考資料

図1 筋シナジー解析の概念

図2 車いす駆動動作時の4つの筋シナジー
 

図3 各シナジーを構成する筋のイメージ図
 

【お問い合わせ先】

広島大学大学院医系科学研究科 スポーツリハビリテーション学 大学院生 田村佑樹
Tel:082-257-5413
E-mail:yuki-tamura@hiroshima-u.ac.jp

広島大学大学院医系科学研究科 スポーツリハビリテーション学 准教授 前田慶明
Tel:082-257-5410
E-mail:norimmi@hiroshima-u.ac.jp

広島大学大学院医系科学研究科 スポーツリハビリテーション学 教授 浦邉幸夫
Tel:082-257-5405
E-mail:yurabe@hiroshima-u.ac.jp
 


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