原爆放射線医科学研究所 血液・腫瘍内科研究分野
教授 一戸 辰夫
Tel:082-257-5858 FAX:082-256-7108
E-mail:nohe@hiroshima-u.ac.jp
本研究成果のポイント
- 広島大学が湧永製薬株式会社と共同開発を進めている新規抗白血病薬((R)-WAC-224)が、既存の治療薬が効かなくなった急性骨髄性白血病細胞にも有効であることが判明しました。また、この薬は従来の治療薬よりも副作用が少ない可能性もあります。
- 今後、難治性白血病の患者さんに対する治験により、(R)-WAC-224の有効性と安全性が確認されれば、日本発の新しい治療薬になることが期待されます。
概要
広島大学原爆放射線医科学研究所の一戸辰夫教授らの研究グループは、湧永製薬株式会社(本社:東京都新宿区)との共同研究で、急性骨髄性白血病(注1)の新規治療薬(開発コード:(R)-WAC-224)を開発しています。
急性骨髄性白血病の治療においては、薬での治療を進めるうちに、白血病細胞が薬に対する耐性を獲得してしまい、薬が効かなくなってしまうことがあります。よって、特に標準治療薬であるベネトクラクス(注2)と呼ばれる薬への耐性(注3)を克服することが大きな課題となっています。
今回、一戸教授・嬉野准教授(現・佐賀大学医学部創薬科学共同研究講座)と湧永製薬の研究チームは、(R)-WAC-224が、ベネトクラクス耐性にかかわるMCL-1(注4)と呼ばれる分子を分解することを通じて、ベネトクラクスが効かなくなった白血病細胞を細胞死(注5)に導くことを明らかにしました。
また、ヒトのベネトクラクス耐性白血病細胞を実際に移植した小動物を用いた検討では、(R)-WAC-224とベネトクラクスを組み合わせて使用することにより、白血病細胞の増殖を動物の体内でも抑制できることがわかりました。
用語解説
注1)急性骨髄性白血病(きゅうせいこつずいせいはっけつびょう):成人に多い代表的な血液がんで、骨の中にある造血組織である「骨髄(こつずい)」で白血球のもととなる未熟な段階の細胞が異常な増殖を示すことにより、正常な造血機能が失われる疾患。健康な白血球を作れなくなるため、罹患者は重い感染症で命をおとすことが多い。
注2)ベネトクラクス:細胞死を抑制するBCL2と呼ばれるタンパク質の働きを妨げることにより、白血病細胞に細胞死を誘導する薬(BCL2阻害薬)。
注3)耐性(たいせい):白血病細胞に対してそれまで効果を示していた薬物の効果が失われること。
注4)MCL-1(エムシーエルワン):様々な細胞において細胞死を抑制するために働いているタンパク質。白血病以外の多くのがん細胞でもMCL-1遺伝子の増幅や過剰な発現を介して、細胞死を抑制していることが知られている。
注5)細胞死(さいぼうし):アポトーシスとも呼ばれ、何らかの障害を受けた細胞が決まったプロセスを経て、細胞として存続するための機能を失う状態。多くの抗がん剤は、がん細胞に細胞死を誘導することによってその効果を発揮する。
注6)造血幹細胞移植(ぞうけつかんさいぼういしょく):大量の抗がん剤で白血病細胞を十分に減らした後に、健康な提供者(ドナー)から採取した造血幹細胞を患者に移植することにより正常の造血機能を回復させる治療法。造血幹細胞は、赤血球・白血球・血小板など体内に存在する全ての血球を作ることができる細胞で、骨髄やさい帯血に豊富に含まれている。
背景
急性骨髄性白血病は高齢者に多い血液がんで、近年の高齢化に伴い発症者数が増加しています。70歳以上の年間罹患率は人口10万人あたり20人前後と推定されており、薬物療法だけで治療を行った場合の5年後の生存率は20%程度です。病状が進行すると、正常の血液を作る力が失われ、免疫力や止血力の低下により、重症の感染症や脳出血・消化管出血などで命を落とすことになります。急性骨髄性白血病の治療は、薬物療法以外にも造血幹細胞移植(注6)という方法もあります。しかし、造血幹細胞移植は治療の過程で大量の抗がん剤投与や放射線治療を行うため、強い副作用を伴います。また、この治療を行っている間は免疫力がゼロに近くなるためちょっとした病気が命取りになる恐れもあり、心身ともに大きな負担がかかる治療法です。よって、造血幹細胞移植以外の方法で治療できるように、現在でも新しい治療薬の開発が強く求められています。
従来は、シタラビンという薬とアントラサイクリン系と呼ばれる薬を組み合わせた治療法が一般的でしたが、副作用も強く、治療中に副作用で死亡に至る患者さんも少なくありませんでした。最近、特に高齢の患者さんに対しては、副作用が比較的少ない「ベネトクラクス」と「アザシチジン」という薬を組み合わせた治療法が標準治療法となりつつあります。しかしながら、ベネトクラクスとアザシチジンによる治療を行っても、治療を繰り返しているうちに白血病細胞がそれらの薬に対する耐性を獲得し、効かなくなってしまうため、最終的にはほとんどの患者さんが白血病の再発で死亡し、治療をした患者さんの半数が診断後15ヵ月以内に命を落とすとされています。
広島大学では、湧永製薬株式会社との共同研究で、高齢者にも使用可能な副作用の少ない抗白血病薬の開発を進めており、今回、(R)-WAC-224と呼ばれる薬物が白血病細胞のベネトクラクスに対する耐性を克服可能であることを発見しました。
研究内容の成果
- 今回の研究を行うため、ヒトの急性骨髄性白血病に由来する6種類の細胞株を用いて、ベネトクラクスに対する耐性を誘導したところ、耐性を獲得した細胞株ではMCL-1という細胞死を抑制する働きを持つタンパク質が過剰に作られていることがわかりました。
- ベネトクラクス耐性を獲得した白血病細胞株に(R)-WAC-224単独あるいは(R)-WAC-224とベネトクラクスを加えて細胞培養を行うと、いずれも白血病細胞の増殖を強く抑制することがわかりました。
- (R)-WAC-224を加えて培養した白血病細胞株では、ベネトクラクスのみを加えて培養した細胞株と比べて、細胞死を促進するタンパク質を作るための遺伝子の働きが活性化されており、実際に細胞死を起こしている細胞の比率も増加していました。
- 次いで、細胞死の誘導に重要な役割を果たすとともにMCL-1の分解にかかわるカスパーゼ-3という酵素の働きを調べたところ、(R)-WAC-224を加えて培養した白血病細胞株では、カスパーゼ-3の活性が上昇しており、MCL-1が減少していることがわかりました。
- ヒト由来のベネトクラクス耐性骨髄性白血病細胞株を移植されたマウスをベネトクラクス単独、(R)-WAC-224単独、ベネトクラクスとアザシチジンの2剤、ベネトクラクス・アザシチジン・(R)-WAC-224の3剤で治療したところ、ベネトクラクス単独の治療は無効でしたが、(R)-WAC-224を含む3剤による治療が白血病の増殖をもっとも強く抑制することが示されました。
今後の展開
(R)-WAC-224はベネトクラクス耐性の骨髄性白血病細胞におけるMCL-1のカスパーゼ-3による分解を促進することを通じて、より多くの細胞死を誘導していると考えられます。また、動物実験により、(R)-WAC−224は従来の抗白血病薬で問題となっている心臓や消化管への毒性が少ないことも明らかになっています。今後、2-3年以内に治験薬の製造管理、品質管理等に関する基準(治験薬GMP)に適合した(R)-WAC-224の製造方法を確立して、実際の患者さんに対する治験を行うことにより、安全性と有効性が確認されれば、新しい抗白血病薬として治療に利用できるようになることが期待されます。
論文情報
(R)-WAC-224, a New Anticancer Quinolone, Combined with Venetoclax and Azacitidine Overcomes Venetoclax-Resistant AML through MCL-1 Downregulation. Scientific Reports 2025 May 8;15(1):16018. doi: 10.1038 /s41598-025-98534-7.
著者:
嬉野博志1, 上嶋太一2, 山口朋則2, 高嶋美由希2, 佐貫友亮2, 一戸辰夫1
1. 広島大学原爆放射線医科学研究所 血液・腫瘍内科研究分野
2. 湧永製薬株式会社 創薬研究所
本研究成果は「Scientific Reports」誌に5月8日付でオンライン掲載されました。
- 【広島大学】既存の治療薬が効かなくなった白血病にも効果がある新しい白血病薬の開発を推進 ~日本初の白血病治療薬を目指して~.pdf(380.36 KB)
- 科学雑誌:Scientific Reports
- 研究者ガイドブック(一戸 辰夫 教授)