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【研究成果】〈炭素材料のユニークな融合〉カーボン量子ドット×ナノダイヤモンドで細胞内の多項目物理化学量を測る新型量子センサを開発

発表者

白矢昂汰    (京都工芸繊維大学 大学院工芸科学研究科 博士前期課程2回生)【筆頭著者】
中根有梨奈    (広島大学 大学院統合生命科学研究科 博士前期課程2回生)
杉拓磨    (広島大学 大学院統合生命科学研究科 准教授)
吉田裕美    (京都工芸繊維大学 分子化学系 教授)
前田耕治    (京都工芸繊維大学 分子化学系 教授)
外間進悟    (京都工芸繊維大学 分子化学系 助教)

本研究成果のポイント

  • カーボン量子ドット(CQD)注1)と蛍光ナノダイヤモンド(FND)注2)を融合させた新しい量子センサを開発しました。
  • CQDの多色蛍光性とFNDの量子特性により1つの細胞内で多点の量子センシングが可能になりました。
  • 本開発は、細胞内で複雑に影響し合う物理量の変化を可視化することで生命現象の理解に貢献し、がんや神経変性疾患などの病態解明や創薬研究への応用が期待されます。

概要

 京都工芸繊維大学 白矢昂汰博士前期課程2回生・吉田裕美教授・前田耕治教授・外間進悟助教ならびに広島大学 中根有梨奈博士前期課程2回生・杉拓磨准教授らの研究グループは、量子科学技術研究開発機構との共同研究により、炭素系ナノ材料であるカーボン量子ドット(CQD)と蛍光ナノダイヤモンド(FND)を融合させた新しいハイブリッド量子センサ、CQD-FNDを開発しました。
 FNDは量子センサとして知られており、細胞内の温度・粘性・電場・ラジカルなどの物理化学量を計測可能な新しいナノセンサとして注目されています。本研究では、蛍光波長の異なるCQDをFNDにラベリングすることで、個々のFND粒子を色で識別できるようにし、それぞれ異なるパラメータ(例:温度と粘性など)を同時に検出する「多項目量子センシング」を実現可能な新型量子センサを開発しました。細胞や線虫(C. elegans)を用いた実験により、生体環境においても本センサが機能することも確認しており、今後、がんや神経疾患などの病態における細胞内物理環境の解明や、多項目モニタリングによる創薬研究への応用が期待されます。
 本研究成果は、炭素材料やナノテクノロジー分野における世界的に権威のある学術誌『Carbon』(Elsevier社、インパクトファクター:10.5)に掲載されました。

発表内容

研究の背景
 生命科学はこれまで「生体分子」の働きを理解することで発展してきました。一方で近年、温度や粘性、電場といった「物理化学量」が、細胞機能や生命現象の制御に重要な役割を果たしていることが明らかになってきています。これに伴い、細胞内部の微小環境をリアルタイムかつ高精度に計測する「量子センサ」の開発が注目されています。特に、FNDは、内部に持つ窒素-空孔中心(NVセンタ)を利用することで、光のみを用いた非侵襲的な温度や粘性のセンシングが可能であり、次世代のバイオセンシング技術として期待されています。
しかし、FNDは1種類の物理化学量を計測するセンサとしては優れている一方で、粒子ごとに異なる物理化学量を同時に計測することは困難でした。すなわち、細胞内の複数の部位で「温度」と「粘性」など、複数のパラメータを同時に読み取る多項目計測には課題がありました。

研究内容
 本研究では、カーボン量子ドット(CQD)と蛍光ナノダイヤモンド(FND)を融合させた新しいハイブリッド型の量子センサ「CQD-FND」を開発しました(図1)。CQDは、粒子サイズや構造に応じて多様な蛍光色を示す炭素系ナノ材料であり、生体適合性が高く、機能化も容易です。
本研究の核となるアイデアは、「FNDの量子センシング機能はそのままに、蛍光色の異なるCQDをFNDにラベリングすることで、粒子ごとに異なるパラメータを測定させ、それを“色”で識別する」というものです。たとえば、青色CQDを付けたFNDが温度を、緑色CQDを付けたFNDが粘性を計測するといったことが可能となります。
 しかし、CQDとFNDを直接結合させた場合にはCQDの蛍光が著しく減衰してしまうという課題がありました。本研究では両者の間にシリカ層を介在させることで、CQDの蛍光特性を維持したまま安定な複合体を構築することに成功しました(図2)。この方法により、1つの細胞内で、複数の異なる量子センサを同時に識別・運用できる「多項目量子センシング」が可能となります。カラーラベリングしたFND(b-CQD-FND:青発光CQDでラベルしたFND量子センサ、および、g-CQD-FND:緑発光CQDでラベルしたFND量子センサ)は、細胞内および線虫(C. elegans)において安定な磁気共鳴信号を発することを確認し、センサとしての機能を実証しました(図3)。

今後の展開
 本研究で開発されたCQD-FNDハイブリッドは、色で識別できるというユニークな特徴を活かし、細胞内の温度・粘性・ラジカル・pHなど、複数の物理化学量を同時に高精度で可視化する新たなツールとして期待されます(図4)。
 今後は、細胞内の液-液相分離現象やがん細胞の代謝環境の解析、神経変性疾患の進行メカニズムの解明など、複雑な生命現象に物理化学量がどのような役割を果たすのかを明らかにすることで、生命科学・医療分野の発展へと繋げていきたいと考えています。
 

発表論文

雑誌名:Carbon
論文タイトル:Hybrid Nanosensors of Carbon Quantum Dots and Fluorescent Nanodiamonds: Ratiometric Thermometry and Multicolor Sensing
著者:Kota Shiraya, Yurina Nakane, Hiroshi Abe, Takeshi Ohshima, Takuma Sugi, Yumi Yoshida, Kohji Maeda and Shingo Sotoma*
DOI番号:10.1016/j.carbon.2025.120457
URL:https://authors.elsevier.com/a/1l8qZ1zUAddd1

用語解説

注1)カーボン量子ドット(CQD)
 直径数ナノメートル程度の炭素ベースのナノ粒子で、励起波長に応じてさまざまな蛍光色を発する特性があります。粒子の大きさや構造、前駆物質の種類によって発光波長が制御可能で、バイオイメージングやバイオセンシングなど多用途に利用されています。光安定性が高く、低毒性であることから生物系への応用が進められています。

注2)蛍光ナノダイヤモンド(FND)
 ナノスケールのダイヤモンド粒子で、内部に「窒素-空孔中心(NVセンタ)」と呼ばれる構造を持つことにより、蛍光を発する性質を持ちます。NVセンタ内部の量子状態を光で読み取ることが可能であり、温度や磁場、電場、ラジカルなどの物理化学量を非侵襲的に計測できる「量子センサ」として注目されています。生体適合性が高く、細胞内センシングやin vivo計測への応用が近年盛んに進められています。

 

参考資料

図1. CQD-FNDの合成スキーム

図2. 直接結合およびシリカを介した結合によるCQD発光強度の違い

図3. 青発光CQD(b-CQD)と緑発光CQD(g-CQD)によるFNDのラベリングおよび、細胞・線虫内における磁気共鳴信号の検出

図4.1つの細胞内の多項目物理化学量計測への展開

【お問い合わせ先】

<研究に関すること>
京都工芸繊維大学分子化学系 助教 外間 進悟
Tel:075-724-7457
E-mail:shsotoma@kit.ac.jp

広島大学大学院統合生命科学研究科 准教授 杉 拓磨
Tel:082-424-4012 
E-mail:sugit@hiroshima-u.ac.jp

<広報・報道に関すること>
京都工芸繊維大学総務企画課広報係 
TEL:075-724-7016
E-mail:koho@jim.kit.ac.jp

広島大学 広報室
TEL:082-424-6762
E-mail:koho@office.hiroshima-u.ac.jp


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