広島大学大学院医系科学研究科 教授 長瀬 健一
Tel:082-257-5323
E-mail:nagase*hiroshima-u.ac.jp
(*は半角@に置き換えてください)
本研究成果のポイント
- 再生医療の世界で使用されている細胞シートを効率的に作製できる培養皿を開発しました。
- これまではシートによる作製が難しかった細胞種の細胞シート作製が可能になり、再生医療の効率化や、実用性の向上が期待されます。
概要
広島大学大学院医系科学研究科の長瀬健一 教授は、東京理科大学 先進工学部の菊池明彦 教授、University of Utah, Department of Molecular Pharmaceutics/東京女子医科大学 の岡野光夫 教授と共に、細胞シートを効率的に作製する温度応答性培養皿の設計に成功しました。
細胞をシート状にしたものを患部に直接貼るという治療方法が、難治性疾患に対する治療として注目を集めています。この細胞シートの作製には、温度応答性培養皿という特殊な培養皿が必要です。本研究では、従来のものよりも効率よく細胞シートを作製できる温度応答性培養皿を開発しました。
本研究成果はRoyal Society of Chemistryより出版されている「Biomaterials Science」に2025年3月25日に掲載されました。Volume17, Number 7のFront Coverに選ばれています。
また、本研究は広島大学から論文掲載料の助成を受けています。
Kenichi Nagase*(*責任著者), Minami Watanabe, Akihiko Kikuchi, Teruo Okano
Effective cell sheet preparation using thermoresponsive polymer brushes with various graft densities and chain lengths
Biomaterials Science, 13, 1657-1670, 2025
DOI: 10.1039/D4BM01705F

背景
近年、細胞シートを使用した再生医療の研究が進んでいます。細胞シートとは、細胞をシート状に成型したものです。シート状であるため患部に貼り付けることができ、点滴のような従来の治療よりも直接的に効果を発揮し、移植後の生着率も高いことから、再生医療において効果的な細胞組織として用いられています(図1)。
細胞シートの作製には温度応答性培養皿という特殊な培養皿が用いられています。温度応答性培養皿とは、温度応答性高分子のポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)をコーティングした培養皿のことです。これまでの研究で、このコーティングの密度や分子の長さによって特性が異なることが示されています。そこで、温度応答性高分子の修飾構造を最適化する事で、より効率的に細胞シートを作製する温度応答性培養皿が作製できるという仮説を立てました。

研究成果の内容
様々な修飾鎖長、修飾密度のポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)を修飾したガラス基板を原子移動ラジカル重合(ATRP)という重合方法で作製しました(図2)。高分子の開始剤密度を100%、50%、25%にした開始剤修飾ガラスを作製し、さらに原子移動ラジカル重合(ATRP)という、高分子鎖長を精密に制御可能な重合法で温度応答性高分子を修飾することで、分子鎖長が短い温度応答性高分子、分子鎖長が長い温度応答性高分子を修飾しました。

図2 密度・鎖長が異なる温度応答性高分子修飾ガラス基板の作製
4種類の細胞(血管内皮細胞、線維芽細胞、尿細管上皮細胞、肺腺がん細胞)を用いて、作製した6種類の温度応答性高分子修飾ガラス基板の細胞シート作製性能の評価を行いました(図3(a))。各種細胞を温度37℃で播種し、細胞の接着・増殖挙動、20℃にしたときの、細胞シートの剥離挙動を観察しました(図3(b))。

図3 作製した温度応答性高分子修飾ガラス基板の細胞シート作製性能の評価
各種細胞の接着・増殖挙動と細胞シートの脱離挙動を観察したところ、全ての細胞において、以下のような傾向がみられました(図4)。
- 温度応答性高分子の鎖長が長いと、表面の親水性が高くなるため、細胞の接着が抑えられ、効率的な細胞増殖をしない。
- 温度応答性高分子の密度が低い場合は、細胞の接着が促進されるが、細胞シートの剥離がおこらない。
- 細胞種に適切な高分子鎖長・密度の高分子修飾ガラス基板は、効率的な細胞の接着・増殖と温度低下による細胞シートの剥離がおこる。

図4 各種温度応答性高分子修飾ガラス基板の細胞接着・脱離挙動
また、4種類の細胞に適した高分子修飾構造はそれぞれ異なることがわかりました。これは、細胞種に固有の接着性などが影響していることが考えられます(表1)。
表1 細胞シート作製のための適した修飾構造

これらの結果より、細胞シートの作製には、細胞種に適した高分子密度・高分子鎖長があることがわかりました。作製する細胞シートの細胞種によって、温度応答性高分子の修飾鎖長・修飾密度を調節することで、細胞シートを効果的に作製できることがわかりました。
今後の展開
今回の研究により、温度応答性高分子の修飾鎖長、修飾密度を制御することで、効果的に細胞シートを作製できることがわかりました。これにより、細胞シートを用いた再生医療の効率化が期待できます。