【研究に関すること】
原爆放射線医科学研究所 血液・腫瘍内科研究分野
進藤岳郎
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臓器移植を受ける患者さんで拒絶反応の原因となる“抗体”ができるリスクを、移植前に高精度で予測できるようになりました。
広島大学原爆放射線医科学研究所の進藤岳郎 准教授、京都大学大学院医学研究科の平田真章 博士課程学生(現UCLA博士研究員)、月田和人 特任助教、波多野悦朗 教授らの研究グループは、京都大学医学部附属病院で実施された肝臓・肺・腎臓移植、および秋田大学附属病院で実施された腎臓移植のデータベースに基づき機械学習による解析を行い、ドナー(臓器提供者)からレシピエント(患者)に臓器移植を行う際に拒絶反応の原因となる抗体(ドナー特異的抗体:DSA)が発生するリスクを予測できることを明らかにしました。
また、この解析結果に基づき「エプレットリスクスコア(ERS)」という新しい指標を開発しました。これはDSAの発生を正確に予測できるツールとして、より安全なドナー選択や患者ごとの薬の選択に役立つことが期待されます。
本成果は、2025年5月31日午前4時(日本時間)にCell Pressが発行する米国の国際学術誌「Cell Reports Medicine」にオンライン掲載されました。
Hirata M, Tsukita K, Shindo T*, Yagi S, Ito T, Tanaka S, Fujimoto R, Kayawake H, Nakamura K, Fujiyama N, Saito M, Yurugi K, Hishida R, Kato A, Kawaguchi A, Habuchi T, Kobayashi T, Date H, Hatano E. Cross-Organ Hierarchy of HLA Molecular Mismatches in Donor-Specific Antibody Development in Solid Organ Transplantations
Cell Rep Med 2025, doi: 10.1016/j.xcrm.2025.102153
*:責任著者
臓器移植は重症臓器不全に対する根治的治療です。しかし移植された臓器がレシピエント(患者)のもつ免疫によって拒絶されてしまうことがあり、せっかく移植した臓器が傷害されることや機能停止に至ることがあります。この拒絶反応が発生する原因の1つは、レシピエントの体内で「ドナー特異的抗体(donor-specific antibody: DSA)」というたんぱく質ができてしまうことです。
私たちの細胞はヒト白血球抗原(human leukocyte antigen: HLA)というたんぱく質をもっています。HLAは自己と非自己の識別に関わり、両親それぞれから受け継がれ、人によって異なります。臓器移植を行い、レシピエントの体内にドナーのHLAが入ることで、レシピエントの免疫細胞が「この移植された臓器は異物だ」と判断してしまい、DSAを発生させて臓器を攻撃してしまいます。よって、ドナーとレシピエントのHLAの「相性」がDSA発生リスクと相関しますが、HLAのパターンは数十万通り以上に及び、ドナーとレシピエントのHLAの組み合わせの数は天文学的です。そのためDSAの発生を移植前に予測することはこれまで不可能で、DSAを伴う拒絶の抑制・治療法も未確立でした。
これまでHLAの「相性」は抗原や遺伝子型の一致という捉え方で評価されてきましたが、それだけではDSAの発生を正確に予測することはできませんでした。そこで最近では、HLA分子の表面にある「エプレット」と呼ばれる、抗体が反応するごく小さな構造が注目されています。エプレットレベルで“HLAの相性”を評価することで、より高精度な拒絶リスク評価が可能になると期待されています。しかし「どのエプレットが高リスクか」を定量的に示す方法や、それが肝臓、肺、腎臓といった臓器の種類を超えて共通しているかどうかについては、明らかになっていませんでした。また個々のエプレットミスマッチが免疫反応をどれほど引き起こすかについても、実験的に検証された例はほとんどありませんでした。
本研究では、京都大学医学部附属病院および秋田大学附属病院の肝臓・肺・腎臓移植患者978組のデータを用いて、ドナーとレシピエントの間にある個々のHLA「エプレット」ミスマッチが、移植後にDSAが産生されるリスクとどう関係しているかを解析しました。
その結果、すべてのエプレットが同じようにリスクを持つわけではなく、あるエプレットは特に強くDSAと関連している一方で、別のエプレットはほとんどリスクがないことがわかりました。さらにこの「エプレットごとのリスクの序列」は、肝臓・肺・腎臓といった移植される臓器の種類にかかわらず一貫して共通していることも明らかになりました。
これらの知見をもとに、機械学習を用いて各エプレットのリスクに重みづけを行い、エプレットリスクスコア(ERS)を構築しました。従来のエプレットミスマッチの単純な個数に基づく予測と比較して、ERSはDSAの発生を約2倍の精度で予測しました。さらにこの予測精度は臓器の種類を問わず一貫しており、ERSの高い汎用性も明らかになりました。
さらに、ERSの免疫学的な妥当性を検証するために、健常人の血液細胞を用いた混合リンパ球反応(mixed lymphocyte reaction: MLR)の実験を行いました。その結果、ERSが高いHLAの組み合わせでは、CD4陽性T細胞がより強く反応して増殖することが確認され、DSA発生リスクの高いエプレットに対する抗体を加えるとその反応が抑制されることも明らかになりました。これにより、ERSは免疫反応の強さを反映する科学的な指標であること、さらにHLAエプレットが移植後拒絶の治療標的となる可能性まで示されました。
ERSは移植前に個別の患者におけるDSA産生リスクを予測することを可能にし、より安全なドナー選択や、患者ごとの免疫抑制薬の調整に役立つと期待されます。今後は、日本全国の移植施設や海外施設を含めてERSの有用性をさらに検証し、国際的な評価指標として確立を目指します。さらに、リスクの高いエプレットに基づいた新たな免疫抑制戦略や治療法の開発にもつながる可能性があります。
本研究は、**日本医療研究開発機構(AMED)**の支援を受けて実施されました(研究費番号:23ek0510035h9903、研究代表:進藤岳郎)。
また、本研究成果は広島大学から論文掲載料の助成を受けています。
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掲載日 : 2025年06月10日
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