広島大学大学院医系科学研究科 講師 那須 佳津美
E-mail:nasuk*hiroshima-u.ac.jp
(*は半角@に置き換えてください)
本研究成果のポイント
- 看護職と介護職による日常的な情報共有が、入居者の健康状態の変化をいち早く察知することにつながると明らかになりました。
- 看護職は「準備(入居者のいつもの状態や既往歴の把握)」、「評価(介護職からの報告や自身の観察による状態の確認)」、「判断(過去の事例や臨床経験に基づくリスク評価)」という3つの役割を果たして、早期発見につなげていました。
- 医療資源が限られる高齢者施設において、看護職は「異常な体温」「呼吸状態の異常」「意識レベルの低下」など10項目の兆候を、入居者の健康状態の変化を示す重要なサインとして重視していました。
概要
上智大学総合人間科学部看護学科の大河原啓文助教らの研究グループは、慶應義塾大学看護医療学部の深堀浩樹教授、真志田祐理子助教、日本赤十字看護大学さいたま看護学部の松本佐知子准教授、広島大学大学院医系科学研究科の那須佳津美講師、米国イリノイ大学シカゴ校看護学部のArdith Z. Doorenbos教授との共同研究で、日本の高齢者施設に勤務する看護職23名へのインタビュー調査を実施し、入居者の健康状態の変化を早期に察知するための看護の役割(看護実践)を明らかにしました。
本研究では、看護職が日々の観察や介護職との情報共有を通じて、入居者の健康状態の変化を「いつもと違う何か」として捉え、そこからどのように判断・対応しているのかをテキストデータの解析に用いる継続的比較分析といわれる手法で分析しました。その結果、看護職は「準備(入居者のいつもの状態や既往歴の把握)」、「評価(介護職からの報告や自身の観察による状態の確認)」、「判断(過去の事例や臨床経験に基づくリスク評価)」という実践を通じて、早期に異常を察知していることが明らかになりました。さらに、健康状態の兆候として看護職が重視している、「異常な体温」、「接触困難」、「呼吸状態の異常」、「意識レベルの低下」、「活動性の低下」、「表情や顔色の変化」、「怒りっぽさ」、「体重減少」など10の主要な症状・状態が設定されました。これらの知見は、今後の教育プログラム開発や、看護職と介護職の協働を促進する仕組みづくりに貢献することが期待されます。
背景
世界的な高齢化の進行に伴い、高齢者施設の入居者の健康状態の変化を早期に捉え、回避可能な救急搬送や入院を予防することが重要な課題となっています。高齢者施設の入居者の健康状態の変化は、日常的に入居者に接する介護職が最初に異常を察知することが多く、看護職がそれらの共有を受けて、迅速に判断し、適切に対応することが求められています。
研究成果の詳細
高齢者施設では、入居者の健康状態の変化を早期に察知し、救急搬送や入院を防ぐ看護職の役割が重要です。本研究は、高齢者施設の入居者の健康状態の変化を看護職がどのように察知しているのかを明らかにすることを目的に実施されました。研究チームは、全国14の高齢者施設に勤務する看護職23名にインタビュー調査を実施し、得られたデータをテキストデータの解析に用いる継続的比較分析といわれる手法で分析しました。分析の結果、入居者の健康状態の変化を早期に察知する看護職の役割の内容が明らかになり、「準備(Preparing)」「評価(Assessing)」「判断(Judging)」という3つの役割をしめすカテゴリーが明らかとなりました。これらのカテゴリーにはより細かい内容を示す8つのサブカテゴリーが含まれています。
「準備」では、看護職が日常的に入居者の「いつもの状態」を把握し、既往歴や過去の症状に関する情報を収集するほか、介護職に対して観察すべき視点をあらかじめ共有し、異変の早期発見を支援していました。また、多職種間の定期的な情報共有も重要な実践とされていました。
「評価」では、介護職が日常的なケアの中で「何かいつもと違う」と感じた情報をもとに、看護職が直接入居者の状態を観察し、曖昧な違和感でも変化を見逃さないように、必要に応じて速やかに対応していました。
「判断」では、過去の症例や自身の臨床経験をもとに、状態悪化のリスクを予測し、医療的な介入の必要性を迅速に判断していました。このカテゴリーには、現場経験を通じて培われた感覚的な臨床推論(経験に基づいた直感的な判断力)が多分に含まれており、個々の看護職の経験知の重要性が示唆されました。
さらに、入居者の健康状態の変化として看護職が捉えている兆候についても、10の主要な症状・状態が特定されました。これには、「異常な体温」「摂食困難」「呼吸状態の異常」「意識レベルの低下」「活動性の低下」「表情や顔色の変化」「怒りっぽさ」「体重減少」などが含まれ、これらは介護職からの報告や看護職自身の観察によって把握されていました。
これらの知見から、看護職と介護職の連携が、入居者のわずかな変化を見逃さず、適切な判断につながり状態悪化の予防や早期対応につながっていることが示されました。今後、研究チームでは、本研究で得られた実践知をもとに、看護職のアセスメント力(*1)を高めるための教育プログラムの開発や、現場における実践的なツールの設計や実装に取り組んでいく予定です。また、これらの知見を高齢者施設の管理者や、看護職、介護職が参考にすることで、早期発見と適切な対応によって、回避可能な救急搬送や入院を防ぐことにつながり、入居者の生活の質の向上にも寄与することが考えられます。
用語解説
*1:アセスメント力
看護職が入居者の状態を観察・分析し、健康上の問題やそのリスクなどを的確に判断する力。バイタルサイン、表情、行動などの多様な情報から状態変化や異常の兆候を早期に見極めるために必要な、看護職の専門的能力の一つ。
論文情報
- 掲載雑誌名
International Journal of Older People Nursing - 論文名
Nursing Practice for Early Detection of Long-Term Care Resident Deterioration: A Qualitative Study - オンライン版URL
https://doi.org/10.1111/opn.70014 - 論文公開日
2025年2月9日 - 著者
Hirofumi Ogawara*, Hiroki Fukahori, Yuriko Mashida, Sachiko Matsumoto, Katsumi Nasu, Ardith Z. Doorenbos *責任著者