広島大学 自然科学研究支援開発センター 研究開発部門(物質科学部)副センター長
広島大学 大学院先進理工系科学研究科 化学プログラム(併任)
教授 齋藤 健一
Tel:082-424-7487 FAX:082-424-7486
E-mail:saitow@hiroshima-u.ac.jp
URL:https://home.hiroshima-u.ac.jp/saitow/
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本研究成果のポイント
●安全・環境適合性に優れる「シリコン」を用いた量子ドットを開発
–シリコンは軽元素で毒性が少なく、資源的にも豊富。既存の電子材料との親和性も高い
●変換効率・低電圧・長寿命・高輝度で “4つの世界記録” を樹立
–有害元素を使わず、従来比8.5倍の耐久性など、世界トップレベルの性能を実現
●遠赤色発光(波長750 nm)により、農業や医療への応用も期待
–植物の光合成促進や、がん細胞の選択的破壊など、多分野への展開が可能
概要
先進理工系科学研究科(化学プログラム)王理 博士(博士課程後期修了)と自然科学研究支援開発センター(研究開発部門)の齋藤健一教授を中心とする研究グループは、世界トップレベルの発光効率(62%)を示すシリコン量子ドット(SiQD)を合成し、それを用いた記録的な性能をもつSiQD LEDの開発に成功しました。本研究で開発されたSiQD LEDは以下の4項目で世界記録を樹立しています。
1. 変換効率(外部量子効率(※1),EQE):16.5%
⇒ 市販の有機EL(約20%)に迫る高効率
2. 耐久性:従来の記録の8.5倍
3. 低動作電圧:従来の記録の1/5
4. 輝度性能:ペロブスカイト量子ドットLEDと同等レベル
製造プロセスも簡便で、SiQD溶液と高分子溶液を塗布後、70~180℃で加熱・乾燥させることでデバイスを成膜・作製できます。さらに、量子ドットの分散溶媒がLEDの性能を大きく左右することを明らかにし、材料設計とプロセス最適化の新たな指針を示しました。完成したLEDは遠赤色領域(波長750 nm)で発光し、植物の成長促進やがん細胞の破壊といった医療・農業分野への応用も期待されます。これらの成果は、Wiley社のハイインパクト国際学術誌Small Science (Q1、 IF=11.2)に掲載され、更にジャーナルの表紙(front cover)としても紹介されました。
発表論文
論文題目:Record-Breaking Far-Red Silicon Quantum Dots LEDs Enabled by Solvent Engineering: Toward Superseding Perovskite Quantum Dots
著者名:Li Wang,1 Yuto Wada,1 Honoka Ueda,1 Temmaru Hirota,1 Kota Sumida,1 Yuito Oba,1 Ken-ichi Saitow1, 2, *
1. 広島大学大学院 先進理工系科学研究科 化学プログラム
2. 広島大学 自然科学研究支援開発センター 研究開発部門(物質科学部)
* 責任著者
掲載誌: Small Science, 2025, 2400647
DOI: https://doi.org/10.1002/smsc.202400647
※ 論文はオープンアクセスとなっているため、無料でご覧になれます。
※ 本研究成果は広島大学から論文掲載料の助成を受けています。
背景
2023年のノ−ベル化学賞は「量子ドット」に送られ、選考委員会は「量子ドットは人類に最大の恩恵をもたらしつつある。我々は、その可能性を探求し始めたばかりだ」と評しました。これは、量子ドット技術の将来性を高く評価するとともに、今後の応用展開(ディスプレイ、センサー、太陽電池、医療、触媒など)に対する世界的な期待を示すものです。
量子ドットとは、数ナノメートルサイズの発光性をもつ半導体ナノ結晶であり、以下のような特長を持ちます:
1. サイズ制御によるフルカラー発光(※2)
2. 最大100%に迫る高効率発光(発光量子収率)(※3)
3. 極採色(発光スペクトル幅が20–40 nmと狭く、有機ELの約3–4倍の色域表現)
4. 溶液プロセス(※4)により、大気圧・低温環境下でのデバイス製造が可能(真空、高温、クリーンルーム不要)
こうした特長を活かし、近年では量子ドットTVが実用化され、市場に流通し始めています。これらのTVでは、量子ドットを高分子フィルム中に分散させた発光フィルムとして使用しています。ただし現在市販されている量子ドットTVには、発光材料としてインジウム系量子ドットが使われており、研究段階でも高性能ながらカドミウムや鉛といった有害元素を含む材料が主流です。こうした背景から、資源的に豊富で、かつ毒性リスクの低い新たな量子ドット材料の開発が強く求められています。そして現在、次なるターゲットとして注目されているのが量子ドットLED(QD LED)です。その先にはVR(仮想現実)、AR(拡張現実)、ロボティクス(※5)、自動運転など、次世代技術を支える高性能光源・センシング材料としての活用が期待されています。
量子ドットの実用化に向けた3つの課題:
量子ドットは「夢の光材料」とも呼ばれますが、本格的な社会実装に向けては、以下の3つの技術的課題を解決する必要があります。
➊材料の安全性:
現在広く用いられている量子ドットは、インジウム、カドミウム、鉛などのレアメタルや有害元素を含み、環境・健康への影響が懸念されています。
➋効率と環境適合性の両立:
カドミウム系やペロブスカイト系(※6)の量子ドットは極めて高い発光量子収率 (最大100%)を示しますが、安全性や耐久性に課題があります。その中でシリコン量子ドット(SiQD)への期待が高まっています。具体的には、シリコンの原料は砂や石と豊富で安全性が高いです。しかも従来のシリコン材料(単結晶シリコン、発光量子収率0.01%)に比べ、SiQDでは80〜90%と桁違いの発光量子収率が報告されています。更に、シリコンはスマートフォンの電子部品や太陽電池などにも使われる実績のある半導体であり、応用展開が容易です。
➌耐久性の確保:
QD LEDの実用化には、長寿命化が不可欠です。インジウム系やペロブスカイト系のQD LEDでは1000時間を超える動作例もありますが、SiQD LEDはこれまで最長でも26時間とされてきました。
私たちのこれまでの取り組み:
過去20年にわたり、SiQDの研究開発を継続してきました。これまでに、三原色発光(2009年)、白色SiQD(2012年)、青白色SiQD LED(2015年)、製造コスト1/380(2020年)、1/3600(2024年)、外部量子効率10%のSiQD LED(2022年)、もみ殻を原料にしたSiQD LED(2022年)、三原色発光するSiQDフィルム(2022年)、発光量子収率80%程のSiQD(2024)など、数多くの技術革新を実現してきました。そして今回、“4つの世界記録”を樹立するSiQD LEDの開発に成功しました。この成果は、次世代ディスプレイ・センサー・医療機器への応用はもちろん、企業との共同研究・社会実装を見据えた技術基盤として、極めて重要な一歩となります。
研究成果の内容
私たちは先行研究で、コストパフォーマンスに優れたHSQポリマー法により、水素終端型シリコン量子ドット(SiQD)の合成に成功していました。本研究では、その表面水素を炭化水素(1-ドデセン)に置換することで、SiQDの溶液分散性、耐酸化性、発光効率を大きく向上させました。こうして得られたドデシル修飾SiQD(※7)は、遠赤色(波長750 nm)領域で63%という高い発光量子収率を示しました。このSiQDを4種類の溶媒(トルエン、クロロホルム、オクタン、デカン)に分散し、溶液プロセスでLEDを合計27個製造しました(図1)。LED性能を溶媒の物性と併せて詳細に検討した結果、最高の性能はオクタンに分散したSiQDを用いた際に得られ、以下の世界記録級の成果を実現しました:
・外部量子効率(EQE):16.5%(従来記録13%を更新)
・輝度:従来の3倍(しかも、電圧は従来の1/5 ⇒ 6Vの低電圧)
・輝度性能:ペロブスカイトQD LEDに匹敵、またはそれ以上
これらの性能向上は、オクタンの優れた濡れ性と低蒸気圧に起因します。具体的には:
1. SiQDの凝集を抑制
2. 多層膜内のピンホールやリーク電流を最小化
3. 動作中の発熱を低減
この発熱の抑制は、LEDの長寿命化に大きく寄与しました。実際に、オクタンに分散したSiQDを用いて作製したSiQD LEDは大気中・常温で220時間の連続動作でも発光強度の約70%を保持しました(図3)。これは従来のSiQD LEDの733倍(順構造型SiQD LED、本研究と同型)、8.5倍(逆構造型SiQD LED)の動作寿命に相当します。LED寿命を短くしていた要因(発熱によるマイクロバブル形成と膜破壊)も明らかとなり、今後の設計指針として重要な知見となります。
本研究では、SiQD分散における“溶媒エンジニアリング”という新しい概念を導入しました。従来は、SiQDの高い分散性を理由にトルエンが広く使われてきましたが、本研究はその常識を覆し、“溶媒の選択がLED性能を決定づける”ことを初めて示しました。これは、簡便かつ低コストで性能を飛躍的に向上できる新手法として、今後のSiQD応用研究に広く影響を与えると考えられます。
更に、本LEDは遠赤色領域で発光し、植物の光合成促進(※8)やフォトダイナミックセラピー(がん治療の一種:一重項酸素を発生し腫瘍を死滅させる光線力学療法)など、医農分野への応用にも適しています。毒性の少ない素材でこれらの応用が可能であることは、安全性と実用性を両立した新技術の確立を意味します。特に遠赤色領域での強い発光は、他の量子ドット材料を用いても難しい波長領域になります。
今回の成果は、遠赤色発光に限定されるものの、導入した技術(溶媒の選択と構造最適化)は他の波長領域への展開も可能です。将来的には、廃棄予定の太陽光パネルのシリコンを再利用し、ディスプレイ・照明・センサー・医療など多様な分野に展開できる、持続可能で毒性リスクのない次世代光源技術として注目されます。
今後の展開
本研究では、SiQD LEDの作製における「溶媒エンジニアリング」という新たな概念を導入し、外部量子効率・輝度・動作電圧・寿命の全てで従来記録を塗り替える、世界トップレベルの性能を達成しました。今後は、この技術を基盤とし、異なる構造や溶媒の選択、そして異なる発光波長(可視光~近赤外)での最適化を図ります。特に、可視光領域での応用はディスプレイや照明、近赤外域では生体センシングや医療用途(フォトダイナミックセラピーなど)への展開が期待されます。
また本技術の大きな特徴は、「低コスト・低毒性・高性能」という3拍子がそろっている点です。これは、従来の量子ドット材料が抱えていた「毒性」や「希少資源依存」といった課題を一気に打破し、環境調和型の次世代光源技術として大きな波及効果を生み出す可能性を秘めています。今後も、農業・医療・情報・センサー等の多分野と連携し、“地球に優しい、そして人に優しい光”の社会実装に向けて研究を発展させて参ります。
参考資料

図1(a)SiQD LEDの製造法、 (b) SiQD LEDのエネルギー図、 (c)SiQD LEDの写真、 (d)SiQDの発光像、1:クロロホルム溶媒で作製、2:デカン溶媒で作製、3:オクタン溶媒で作製、4トルエン溶媒で作製、 (e)SiQD LEDのELスペクトル

図2. SiQD LEDの製造における溶媒依存性。(a)溶媒に用いた分子の構造、(b) LED中のSiQD膜の光学顕微鏡像、粒状のものはSiQDの凝集体、(c)SiQDの凝集体のサイズ分布、(d)4つの溶媒に分散したSiQD分散液の濡れ性と接触角、(e)接触角とSiQD凝集体の面積の相関性、(f)溶媒の蒸気圧とSiQD凝集体の面積の相関性

図3. SiQD LEDのEL発光強度の動作寿命測定。(a)EL強度の時間変化,赤:オクタン溶媒で作製したSiQD LED,青:トルエン溶媒で作製したSiQD LED,緑:デカン溶媒で作製したSiQD LED、(b) SiQD LED膜。上:デカン溶媒で作製、中:トルエン溶媒で作製、下:オクタン溶媒で作製。なお、オクタン溶媒ではマイクロバブルが観測されない。(c)電子輸送層の追加加熱により、更に動作寿命がのびた。大気中で10日程の連続運転でもEL強度が70%程保たれる。
用語解説
(※1)外部量子効率:
LEDの変換効率を表す指標。具体的にはLEDに注入された電子―正孔対のうち、外部に取り出せた光子の割合を示す指標。例えばEQE=50%は、100組の電子―正孔対から50個の光子が外部に放出されたことを意味する。
(※2)サイズ制御によるフルカラー発光(量子サイズ効果):
通常、物質の発光色は固定されているが、半導体粒子がナノサイズになるとサイズに応じて発光色が変化する。これを量子サイズ効果と呼び、粒子サイズの調整のみで青〜赤のフルカラー発光が可能となる。
(※3)発光量子収率:
吸収した光に対して、どれだけの割合で光として再放出できたかを%で表す指標。例えば80%の発光量子収率は、吸収した光のうち80%が再び光として放たれたことを示す。
(※4)溶液プロセス:
通常、LEDや太陽電池の製造にはクリーンルーム、真空、高温(〜1000℃)が必要とされる。一方、溶液プロセスは大気圧下での塗布と低温(〜200℃)で可能な手法で、設備も簡易で低コストな製造法として期待されている。
(※5)VRやAR、ロボティックス:
VR(仮想現実)は、専用ゴーグルで仮想空間に没入する技術で、ゲームや医療、設計分野で活用が進む。AR(拡張現実)は、スマートフォンやメガネ型デバイスを通じて現実映像にデジタル情報を重ねて表示する技術で、ポケモンGOなどが代表例。ロボティクスは産業・医療・自律移動ロボットなどを含み、AIとの連携で人に近い動作や判断が可能になってきている。これら分野では、柔軟・伸縮性を持つディスプレイやセンサー材料として量子ドットデバイスの応用が期待されている。
(※6)ペロブスカイト系:
薄型・軽量で溶液プロセスが可能な太陽電池材料で、結晶構造がペロブスカイト型であることからそう呼ばれる。高性能なペロブスカイト系量子ドットLEDも盛んに研究されているが、多くは鉛を含み、環境負荷が課題とされている。
(※7)ドデシル基修飾:
ドデシル基(化学式C₁₂H₂₃)で表面を修飾した状態を指す。ドデシル基は炭素と水素からなる疎水性からなる有機物の官能基である。
(※8)野菜や果物の成長促進:
植物の光合成色素(クロロフィル)は、遠赤色(700–800 nm)に強い吸収を持つ。この波長を照射すると成長が促進され、実際に野菜工場などで活用されている。