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【研究成果】神経細胞のリズムを刻む「周波数特性」発生のしくみを明らかに ~Kcnq型電位依存性K+チャネルの役割~

本研究成果のポイント

  • 「Kcnq(Kv7)型電位依存性カリウムチャネル」が備えている、神経細胞のリズムを刻むために必須なメカニズムを解明しました。
  • 本研究成果は、脳波や心電図のリズムを解析する技術や、てんかんなどの新たな治療法開発の手掛かりになる可能性があります。

概要

 広島大学 大学院医系科学研究科 博士課程後期江口勇太大学院生と橋本浩一教授、岡田賢教授、徳島大学 森野豊之教授、桑野由紀講師らの研究グループは、「Kcnq(Kv7)型電位依存性カリウムチャネル」が、細胞膜の周波数特性(細胞が特定の周期で入力する電気信号を受け取ったときに強く反応する特性)を制御するメカニズムメカニズムを明らかにしました。また本研究では、ヒトの新生児てんかんに関わる遺伝子変異が周波数特性に与える影響についても解析を行いました。
この研究は、将来的には脳波による疾患解析やてんかんなどの病的活動の制御・関連疾患の治療などに関わる創薬などへの貢献が期待されます。

 本研究結果は、2025年6月5日に医学系雑誌「Communications Biology」に掲載されました。

<発表論文>
論文タイトル
Kcnq (Kv7) channels exhibit frequency-dependent responses via partial inductor-like gating dynamics

著者
 江口勇太1,2、桑野由紀3、岡田賢2、森野豊之3、橋本浩一1,*
1.    広島大学 大学院医系科学研究科 神経生理学
2.    広島大学 大学院医系科学研究科 小児科学
3.    徳島大学 大学院医歯薬学研究部 遺伝情報医学分野
*   責任著者
 
掲載雑誌
 Communications Biology(Q1)

DOI番号:https://doi.org/10.1038/s42003-025-08302-6

背景

 私たちの体をつくる細胞は、表面に「イオンチャネル」という小さな通り道のようなものを持っています。体の中にはナトリウムイオン、カリウムイオンなどがたくさんあり、これらがイオンチャネルを通り細胞の内外を行き来することで、神経細胞に電気活動が発生します。
 イオンチャネルにはさまざまな種類がありますが、その中の一つである「Kcnq型電位依存性カリウムチャネル」は、M電流※1という心臓の拍動や神経活動に関係する電流を発生させるイオンチャネルです。このチャネルの機能に遺伝子変異などに由来する異常があると、心臓疾患やてんかんの原因となることが知られています。
またKcnq型チャネルは、多数の神経細胞が同時に活動する「同期的活動」の基盤として働くことが示唆されています。記憶や思考、注意などの脳の機能が正常に働くためには、複数の神経細胞が適切なタイミングで同期的・非同期的に活動することが不可欠です。これまでの研究から、Kcnq型チャネルに神経細胞の同期的活動を制御する働きがあることが報告されていましたが、Kcnq型チャネルがどのようなしくみで周波数特性を生み出しているのか、その具体的なメカニズムは明らかになっていませんでした。
 

研究成果の内容

 本研究では、脳内でのM電流発生に関わる主要なサブタイプであるKcnq2とKcnq3をHEK293細胞に発現させ、ホールセル法という膜電位を計測する実験手法を用いて、周波数特性の詳細を解析しました。

 Kcnq2/3を発現したHEK293細胞は、8Hz前後の周期で入力された電流信号を大きな電圧変化として出力する、「resonance特性」という電気的周波数特性を示しました。特定の周期の電流入力を増幅するこのresonance特性は、複数の神経細胞同士が特定の周波数で同期活動することを可能にすると考えられています。
橋本らは以前の研究から、他の電位依存性カリウムチャネルであるKcnhチャネルが、同様なresonance特性を示すことを明らかにしていましたが、解析の結果、KcnqチャネルはKcnhチャネルとは異なるメカニズムでresonance特性発現に関わることが分かりました。

 この周波数特性発現メカニズムの違いは、活性化したイオンチャネルを素早く不活性化するイオンチャネル特性にあることもわかりました。Kcnhチャネルが素早い不活性化特性を示すのに対し、Kcnqチャネルにはその特性がほとんどないことが、機能的な違いの一端となっていることを、理論的・薬理学的解析により明らかにしました。

 さらに、発達性てんかん性脳症に関わる遺伝子変異がresonance特性に与える影響を解析しました。その結果、機能獲得型の遺伝子変異(R144Q)を持つKCNQ2を野生型KCNQ3と共発現させると、resonance特性が起こる膜電位が静止膜電位付近となり、静止状態の神経細胞でも膜電位オシレーション(膜電位が、静止状態において1~10Hzでサイン波状の周期的振動を示す現象)が起こりやすくなっている可能性があることが分かりました。
 

今後の展開

 Kcnq2の遺伝子変異はさまざまな病態発現に関与することが知られているため、それらの変異が膜電位の周波数特性とイオンチャネルの特性に与える影響をさらに詳しく解析し、治療につながる創薬などにつなげたいと考えています。

用語解説

※1 M電流
ムスカリン性アセチルコリン受容体などのGタンパク共役型受容体の活性化により抑制される特性を持つカリウムイオン電流。静止膜電位の制御などに関わると考えられている。

※2 膜電位
神経細胞は静止状態で、細胞の中が外に比べて-50mV~-70mVに帯電している。これを静止膜電位と呼ぶ。神経細胞が電気的に興奮するときには、静止膜電位からプラス方向に膜電位が変化(脱分極)する。逆に膜電位がマイナス方向に変化する(過分極)と神経細胞は電気的に抑制される。
 

【お問い合わせ先】

大学院医系科学研究科 神経生理学 橋本浩一
Tel:082-257-5125 
E-mail:hashik@hiroshima-u.ac.jp


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