本研究成果のポイント
- 小惑星リュウグウ(1)に似た「CIコンドライト(2)」という種類の隕石に小惑星同士の衝突を模擬した人工的な衝撃を加え、内部でどのような変化が起こるかを分析。その結果、リュウグウ粒子でも観察される“平行に密集した亀裂”や“泡を含むガラス質の構造”を再現することに成功。
- 約4ギガパスカル(GPa)(3)以下の比較的弱い衝撃では、鉱物の構造にはほとんど変化が見られない。
- 4GPaを超えると、粘土鉱物などの“水を含む鉱物”や“炭素を含む物質”が急激に脱水・脱ガスし、その膨張圧力で岩石が割れやすくなる。さらに、10GPaを超える強い衝撃では、岩石の一部が溶けて泡を含んだアモルファス(ガラス状)物質が形成される。
- リュウグウでは、衝突によって一部に強い圧力が加わり、水や炭素を含む鉱物が瞬間的に水分やガスを放出。それにより岩石の一部が一気に破砕して飛び散ったと考えられる。ただし、岩石全体が壊れるほどの衝撃は受けておらず、飛び散った破片が重力で再集合して、「がれきの山(ラブルパイル)(4)」のような構造をつくった可能性が高い。
- 本研究成果により、小惑星リュウグウの形成過程が明らかとなり、太陽系初期の衝突と再集積のメカニズム、ひいては太陽系の進化過程の理解に重要な手がかりを提供した。
概要
広島大学、国立極地研究所、物質・材料研究機構(NIMS)、海洋研究開発機構高知コア研究所、京都大学、大阪公立大学を中心とする研究グループは、小惑星リュウグウに似た「CIコンドライト」という種類の隕石に小惑星同士の衝突を模擬した人工的な衝撃を加える実験を行いました。この隕石は、小惑星リュウグウと似た物質や化学組成を持っています。今回の実験により、リュウグウの粒子で確認された衝突による特徴を再現することに成功しました。
小惑星リュウグウに代表されるC型小惑星(5)は、水を含んだ鉱物と炭素を含む岩石でできており、その構成は「CIコンドライト」と呼ばれる珍しい隕石に似ていると考えられています。今回の研究では、CIコンドライトに分類される世界的にも貴重な「オルゲイユ隕石」と、南極で発見されたCIコンドライトに似た隕石「Yamato 980115」を使って、隕石が衝突を受けたときにどのような変化が起こるのかを調べました。
その結果、約4ギガパスカル(GPa)以下の弱い衝撃では、岩石にほとんど変化が起こらないことがわかりました。これは、リュウグウの多くの粒子が比較的弱い衝撃しか受けていないという、これまでの説を裏付ける結果です。
一方、4 GPaを超えると、水を含む鉱物や炭素を含む物質が熱によって水分やガスを放出し、ひび割れや破砕が進みます。さらに10 GPaを超えると、岩石の一部が溶けて、泡のような空隙をもつガラス状の物質ができます。これは、水や二酸化炭素が衝撃の熱で抜け出した痕跡です。リュウグウの粒子の中には、ひび割れや小さな空隙を持つガラス状の物質も見つかっていますが、その割合はごくわずかです。今回の実験結果から、リュウグウの表面を覆う砂や小石(レゴリス)の大部分は、強い衝撃ではなく比較的弱い衝撃で壊れた岩石が集まってできた「がれきの山」であるという考えが、より確かなものとなりました。
論文情報
【掲載誌】Earth and Planetary Science Letters
【論文タイトル】Experimental constraints on the shock history of CI chondrites and Ryugu grains
【著者】Toru Nakahashia, Masaaki Miyaharaa*, Akira Yamaguchib, Takamichi Kobayashic, Hitoshi Yusac, Masashi Miyakawac, Naotaka Tomiokad, Yuto Takakia, Takaaki Noguchie, Toru Matsumotoe f, Akira Miyakee, Yohei Igamie, Yusuke Setog
*責任著者
【著者所属】
a 広島大学大学院先進理工系科学研究科
b 国立極地研究所
c 国立研究開発法人物質・材料研究機構
d 国立研究開発法人海洋研究開発機構高知コア研究所
e 京都大学大学院理学研究科
f 京都大学白眉センター
g 大阪公立大学大学院理学研究科
【DOI】https://doi.org/10.1016/j.epsl.2025.119559
【論文公開日】2025年7月26日
背景
太陽系の小惑星のうち、約8割は「C型小惑星」と呼ばれています。これらは水を含んだ鉱物と炭素を多く含み、「CIコンドライト」や「CMコンドライト」と呼ばれる炭素質隕石ととてもよく似た性質を持っています。このうちCIコンドライトは特に壊れやすく、地球に落下しても風化しやすいため、非常に貴重な隕石とされています。
日本の探査機「はやぶさ2」が持ち帰った小惑星リュウグウの試料は、鉱物の種類や化学的な特徴がCIコンドライトにとてもよく似ていることがわかっています。また、リュウグウの表面には層が重なったような構造の岩石が多く見られ、これは過去の衝突による衝撃の痕跡と考えられています。これらのことから、リュウグウは何度も衝突を受けて壊れた岩石が再び集まってできた「がれきの山(ラブルパイル)」型の小惑星であると考えられています。
小惑星における衝突は、岩石の鉱物や有機物の性質を大きく変える重要な現象です。これまでにも隕石を使った衝撃実験(6)が行われてきましたが、CIコンドライトは水を多く含むため、衝撃時に一気に破砕して飛び散ってしまい、試料を回収することが難しいという問題がありました。さらに、CIコンドライトは非常に貴重なため、実験に使える試料自体を確保することも困難でした。
今回の研究では、国立極地研究所の隕石キュレーターと長年にわたって議論を重ね、日本の南極地域観測隊が過去に採取し、国立極地研究所の隕石キュレーターが管理している約1万7000点の隕石の中から、貴重なCIコンドライト試料を用いることにしました。そして、物質・材料研究機構(NIMS)との共同研究により、100ミリグラム以下の少量で破砕と飛散を抑えて実験できるよう改良を行いました。また、リュウグウの試料分析で使われた先進的な手法を応用することで、実験後の隕石の変化を詳しく調べることができました。これにより、リュウグウの成り立ちやC型小惑星の進化を解明するための重要な手がかりが得られました。
研究成果の内容
本研究では、フランスで発見され現在は国立極地研究所に一部が保管されている貴重なCIコンドライト隕石「オルゲイユ隕石(図1)」と、南極で採取されたCIコンドライトに似た隕石「Yamato980115(図2)」を使い、小惑星衝突時に隕石内部でどのような変化が起きるのかを実験的に再現・分析しました。
実験には、物質・材料研究機構(NIMS)に設置されている「一段式火薬銃(7)(図3)」という装置を使用しました。もともと金属やセラミックスの衝撃変形を調べるためのこの装置を、今回は惑星科学の研究に応用し、非常に小さな隕石試料にも使えるよう実験方法を改良しました。
この方法により、約0〜45ギガパスカル(GPa)の衝撃圧力を再現し、鉱物や岩石の構造がどのように変化するかを詳しく調べました。さらに、これらの実験結果をもとに、実際にリュウグウから持ち帰られた試料の衝撃履歴を評価し、実験結果と一致するかどうかを検証しました。これにより、C型小惑星がどのように衝突を受け、破壊され、再構築されたかについての新たな手がかりが得られました。その結果、次のような重要な知見が得られました:
・約4GPa以下の弱い衝撃では、鉱物や岩石の構造に大きな変化は起きない。
・約4GPaを超えると、水を含む鉱物や有機物が水分やガスを放出し、その圧力によって岩石が割れ目に沿って壊れやすくなる(図4)。
・約10GPaを超えると、岩石の一部が溶け、泡のような構造をもつガラス状の物質(アモルファス物質)(8)ができる(図4)。
実際にリュウグウの粒子を調べたところ、一部に脱水や脱ガスの痕跡が見られましたが(図4)、多くの粒子では明確な変形や溶融は確認されませんでした。これは、多くのリュウグウ粒子が4GPa以下の比較的弱い衝撃しか受けていないことを示しており、従来の解釈を裏付ける結果です。
小惑星どうしがぶつかると、4GPaや10GPaといった強い衝撃が発生することがあります。ところが、リュウグウから持ち帰られた粒子の多くは、それよりも弱い、4GPa以下の衝撃しか受けていないことがわかりました。このことから、リュウグウでは衝突によって一部に高い圧力がかかり、水を含む鉱物や有機物が急に水やガスを放出して岩石が飛び散ったと考えられます。しかし、岩石そのものは強く壊れずにすみ、その破片がもう一度集まって「がれきの山(ラブルパイル)」のような構造ができた可能性が高いとわかりました。
今後の展開
今回の研究により、小惑星リュウグウの粒子の多くは、強い衝撃を受けることなく形成されたことがわかりました。これは、リュウグウが過去の衝突で一度バラバラになり、その破片が再び集まってできた「がれきの山(ラブルパイル)」であるという考えを強く支持するものです。この現象は、リュウグウだけでなく、多くのC型小惑星にも共通している可能性があります。
今後は、リュウグウ粒子にわずかに残る衝撃の痕跡を詳しく調べたり、小惑星の深部に埋もれていると予想される強い衝撃を受けた物質の存在を探ったりすることが重要です。また、他のC型小惑星や南極で見つかったC型小惑星由来の隕石を調べることで、太陽系の初期に起きた衝突や物質の動きについて、より詳しい全体像が明らかになると期待されます。こうした研究を積み重ねていくことで、太陽系がどのように今の姿になったのか、その進化の過程をより深く理解できるようになります。
図1:衝撃実験に用いたオルゲイユ隕石の試料
白い薬包紙の上にのっている小さな黒い粒が実験試料です。これらの粒子は3回の衝撃実験にそれぞれ使用されました。オルゲイユ隕石も、Yamato 980115隕石と同じように、国立極地研究所の隕石庫で大切に保管されてきました。
図2:南極隕石 Yamato 980115 の切断作業の様子
写真中央の黒い岩石が、衝撃実験に使用する Yamato 980115 隕石試料で、非常に脆いため、ワイヤーソーを用いて慎重に切断しています。Yamato 980115 隕石は日本の南極観測隊により採取され、国立極地研究所の「南極隕石コレクション」の一部として長年にわたり保管されてきた貴重な試料です。このコレクションはその科学的・歴史的価値が評価され、2024年8月に国際地質科学連合(IUGS)により「IUGS Geo-collection」に選定されました。
図3:一段式火薬銃
この装置は、火薬の力で金属製の円筒を高速で飛ばすことによって、隕石衝突のような現象を再現するための実験装置です。導入から30年以上が経過していますが、今なお最前線の惑星科学や材料科学の研究で活用されています。特に、衝突時に生じる一瞬の高圧・高温状態を再現する能力は非常に高く、国内外でも類を見ない優れた性能を持っています。
図4:リュウグウ粒子と衝撃実験後の隕石試料に見られる衝突の痕跡(電子顕微鏡写真)
この図は、リュウグウから回収された粒子と、人工的に衝撃を加えた隕石試料を電子顕微鏡で観察した写真です。どちらの試料にも、衝突によって生じた割れ目や、ガスが抜けてできた泡のような構造など、衝撃の痕跡が確認できます。これにより、リュウグウが過去の衝突で破壊され、その破片が再び集まってできたことが裏付けられます。
用語解説
(1)リュウグウ:JAXAの探査機「はやぶさ2」が探査し、2020年に試料を地球へ持ち帰ったC型小惑星。直径約900mの「がれきの山(ラブルパイル)」型天体と考えられている。
(2)CIコンドライト:太陽に最も近い化学組成を持つとされる始原的な隕石のグループ。水による強い変質(=水質変成)を受けており、有機物や水に富む鉱物が含まれる
(3)ギガパスカル(GPa):1 GPaは約1万気圧に相当する。
(4)ラブルパイル:一度破壊された岩石が重力で再集合してできた天体構造。
(5)C型小惑星:太陽系内の小惑星の約8割を占める暗い天体。水を含む鉱物や炭素質の物質が多く、地球に落下した炭素質隕石と類似した組成を持つ。
(6)衝撃実験:人工的に高速の弾丸を岩石に当て、衝突現象を模擬する実験。
(7)一段式火薬銃:火薬の力で金属円筒(弾丸)を打ち出し、対象物に衝撃を与える装置。材料科学や惑星科学の衝撃実験に使用される。
(8)アモルファス物質:原子の配列に規則性がない物質。
その他
本研究は、「CIコンドライトを用いた衝撃実験に基づくリュウグウ粒子の衝撃変成評価」(第2回リュウグウ試料AO公募課題、代表:中橋徹)の承認のもとで実施されました。また、本研究の一部は、文部科学省科学研究費補助金(課題番号:18H01269)による支援を受けたほか、国立極地研究所の一般共同研究(課題番号:G6-14)の支援も受けています。さらに、物質・材料研究機構(NIMS)による「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI-MANA)」および「NIMS連携拠点推進制度」の支援も受けています。
また、広島大学から論文掲載料の助成を受けています。
【お問い合わせ先】
<研究に関すること>
広島大学 大学院先進理工系科学研究科
准教授 宮原 正明(みやはら まさあき)
Tel:082-424-7461 FAX:082-424-0735
E-mail:miyahara*hiroshima-u.ac.jp
<広報に関すること>
広島大学 広報室
Tel:082-424-3749
E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp
国立極地研究所 広報室
Tel:042-512-0655
E-mail:koho*nipr.ac.jp
国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)報道室
E-mail:press*jamstec.go.jp
京都大学広報室 国際広報班
Tel:075-753-5729
Email:comms*mail2.adm.kyoto-u.ac.jp
大阪公立大学 広報課
Tel: 06-6967-1834
E-mail:koho-list*ml.omu.ac.jp
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