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【研究成果】緻密な設計により『コスパ最強』の半導体ポリマーの開発に成功 〜有機薄膜太陽電池の実用化に大きく前進〜

本研究成果のポイント

  • 従来の高効率な半導体ポリマー(ベンチマーク)材料に比べて、1/3程度のコストで合成できる新規p型半導体ポリマーを開発した。
  • 開発したポリマーは、有機薄膜太陽電池において、低コストな材料としては世界最高レベルの18%のエネルギー変換効率と高温下で2,000時間以上保存しても性能が低下しない高い耐久性を示した(従来の半導体ポリマーの変換効率は19%~20%)。

概要

 広島大学大学院先進理工系科学研究科の山中滉大特任助教、三木江翼助教、尾坂格教授の研究グループは、有機薄膜太陽電池(OPV)[1]の発電材料として、従来の1/3程度のコストで合成できる新しい有機半導体[2]の開発に成功しました。OPVは、次世代の太陽光発電システムとして期待され、研究開発が進められていますが、実用化に向けて発電材料のコストが大きな問題の一つとなっていました。今回、研究チームは、新しいp型のポリマー系有機半導体(半導体ポリマー)を開発しました。この材料は、緻密な分子設計と合成設計によって、従来の高効率な半導体ポリマー(ベンチマーク)材料のわずか半分の7ステップで合成できるだけでなく、高コスト化の要因となるマイナス数十度以下の低温反応[3]やカラムクロマトグラフィー[4]による精製を全く必要とせずに合成できることを見出しました。さらに、この新材料は、ベンチマーク材料に匹敵する18%を超える高いエネルギー変換効率を示し、現在報告されている半導体ポリマーの中で最も「コストパフォーマンスのよい材料」であることが明らかになりました。また、新材料を用いた太陽電池セルは、高温下にて2,000時間保存してもほとんど劣化しないほどの極めて高い耐久性を示すことが分かりました。これらの成果は、材料コストと安定性というOPVの大きな課題を同時に克服するものであり、OPVの実用化に向けて、大きな進歩といえます。

 本研究成果は、2025年8月11日(日本時間)にWiley社の科学誌「Advanced Energy Materials」にオンライン掲載されました。

論文情報

  • 論文のタイトル:“A Strategically Designed Easily-Synthesized Polymer Donor for Efficient Organic Photovoltaics”
  • 著者: Kodai Yamanaka, Tsubasa Mikie, Itaru Osaka
  • 掲載雑誌:Advanced Energy Materials
  • DOI:10.1002/aenm.202502173

背景

 カーボンニュートラルの実現に向けて、近年、次世代太陽電池の開発研究の重要性が高まっています。特に、有機薄膜太陽電池(OPV)やペロブスカイト太陽電池[5]のように、溶液プロセスで製造できるフィルム型太陽電池は、従来のシリコン太陽電池では設置困難な場所で利用できることから、大きな注目が集まっています。近年、ペロブスカイト太陽電池は、シリコンに匹敵する高いエネルギー変換効率(〜26%)を示すことから、社会実装に向けた開発研究が加速的に進んでいます。しかし、ペロブスカイト太陽電池は、発電層に有毒な水溶性鉛が含まれることが、大きな問題点です。一方、OPVは、鉛のような重金属を含まないことから、環境適正に優れています。また、OPVは、発電層を形成する有機半導体の開発研究によって、エネルギー変換効率は大きく向上し、最近では20%を超える高い値が報告されています。
 OPVの変換効率向上には、有機半導体の物性や集合体構造を精密に制御しなければなりません。具体的には、有機半導体は広い光吸収帯域や適切なエネルギー準位[6]、高い溶解性に加えて、高い結晶性や適切な分子配向性、緻密な相分離構造を形成する必要があります。しかし、これらの要件を満たすように開発が進められた結果、材料は極めて複雑な化学構造を持つようになりました。実際、高効率を示す有機半導体は、複数の縮合多環ヘテロ芳香族で構成された主鎖に、いくつもの分岐状のアルキル基やハロゲン基などの側鎖が多数導入されています。その結果、合成ステップ数は15、多いものでは20以上と著しく増大しました。また、縮合多環ヘテロ芳香族の官能基化には、特殊な設備を必要とするマイナス数十度以下の低温反応がしばしば用いられます。さらに、合成中間体は分岐状アルキル基を有するため、結晶化しづらくなり、カラムクロマトグラフィーによる精製を多用する必要があります。これらの要因により、OPVに用いられる有機半導体は、著しく高コスト化しています。例えば、p型のポリマー系有機半導体(半導体ポリマー)では、古くから用いられるポリチオフェン(図1a)に比べて、近年のベンチマーク材料の一つであるPM6(図1b)は、研究用試薬としての購入価格で約10倍に達します。そのため、低コストかつ高効率な有機半導体の開発は、OPVの社会実装に向けた最重要課題の一つといえます。これを解決するためには、できるだけ簡単な化学構造を持ちながら、上述した物性と集合体構造を兼ね揃えるように分子設計する必要があります。
 そこで本研究において、広島大学の山中滉大特任助教、三木江翼助教、尾坂格教授の研究グループは、この重要な課題を解決すべく新しいp型半導体ポリマーの開発に取り組みました。

研究成果の内容

 研究グループは、まずポリマーの主鎖を構成する骨格として、研究グループにおいて長らく研究を行ってきたチアゾロチアゾールに着目し、PTz3TEというベンチマーク材料に比べて簡単な化学構造でありながら、OPVの高効率化に必要な物性や集合体構造を示しうるポリマーを設計しました(図2a)。チアゾロチアゾールは、縮合多環骨格ではあるものの、チアゾールが2つ縮合した、小さく簡単な化学構造をもちます。これに隣接するチオフェン環にエステル基を置換することによって、非常に高収率で合成できることを以前の研究で明らかにしていました。また、チアゾロチアゾールとエステルチオフェンとの間には、窒素…硫黄と酸素…硫黄間に生じる2種類の分子内非共有結合性相互作用があり、擬似的に縮環構造を拡張することができます。これにより、分岐状アルキル基をエステル部位に導入し十分な溶解性を確保しながらも、中間体およびポリマーを結晶化しやすくすることができるため、中間体はカラムクロマトグラフィーを用いずに精製ができ、ポリマーでは高い結晶性を示す効果が期待できます。さらに、エステル基の電子的性質によって、ポリマーは電圧を高めるために適切なエネルギー準位を示すことが期待されます。
 研究グループは、PTz3TEの合成ルートについて、特に中間体の精製が簡単になるよう緻密に設計し、全てのステップにおける反応条件や精製方法を入念に検討しました。その結果、わずか7ステップで合成できるだけでなく、各ステップにおいて高コスト化の要因となる低温反応やカラムクロマトグラフィーを全く用いない合成手法の開発に成功しました。また、研究グループは、有機半導体の合成の簡便さを定量評価するための一つの手法である「SC(Synthetic Complexity)[7]」に、低温反応を考慮した「mSC(modified Synthetic Complexity)」を提唱しました。この指標に基づいて合成の簡便さを定量化したところ、PTz3TEはベンチマーク材料と比較すると、コストを約1/3に抑えられることが分かりました。
 次に、PTz3TEを用いてOPV素子を作製したところ、最大で18%とベンチマークに匹敵する高い変換効率が得られました。さらに、耐久性評価を行ったところ、65℃にて2,000時間以上保存しても、ほとんど性能が低下しない優れた耐久性を示すことが分かりました。また、PTz3TEはその吸収帯に対応して、薄膜において薄い青色を呈することから、OPVの特長を活かした重要な設置場所となる窓に貼って使う場合に特に有用です(図2b)。以上のように、PTz3TEは、ベンチマーク材料に比べて著しく低コストでありながら同等の太陽電池性能を示し、適した色味をもつことが分かりました。mSCに基づくとPTz3TEはポリチオフェンほど安価にはならないものの、性能面ではPTz3TEはポリチオフェンよりも遥かに優れているため、ポリチオフェンおよびベンチマーク材料を含めたp型半導体ポリマーの中で、最も「コストパフォーマンスのよい」材料であることが示唆されました。

 本研究は、広島大学大学院先進理工系科学研究科の尾坂格 教授、三木江翼 助教、山中滉大 特任助教らの研究によるものです。本研究成果は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「太陽光発電主力電源化技術開発事業」(研究開発課題名:「シースルー型有機薄膜太陽電池の高効率化およびモジュール化技術開発」、研究開発代表者:尾坂格(広島大学 教授)、研究開発期間:令和5年7月~令和7年3月)の一環として行われました。
 また、本研究成果は広島大学から論文掲載料の助成を受けています。

今後の展開

 本研究で開発した半導体ポリマーは、低コスト・高効率・高安定性を兼ね備えた優れた材料です。しかし、成膜プロセスにおいてハロゲン系溶媒を用いる必要があり、これを改善することが今後の課題です。また、OPVの低コスト化には、p型だけではなくn型有機半導体開発も必要不可欠です。今後は、今回開発した材料の改良とともに、低コストかつ高効率なn型有機半導体の開発研究も進めていきます。さらに企業との共同研究により、開発した材料を用いたOPVモジュールを作製し、実証実験を行うことで、実用化に向けた研究を加速する予定です。

参考資料

図1.(a)OPVの黎明期から用いられるポリチオフェンの化学構造。(b)代表的なベンチマーク材料であるPM6の化学構造。PM6は、ポリチオフェンに比べて、かなり複雑な化学構造をもつ。
 

図2.(a)PTz3TEの化学構造式と分子設計指針。簡単な化学構造でありながら、高い結晶性や適切なエネルギー準位、高い溶解性など、OPVの高効率化に必要な物性と構造を両立するための分子設計がなされている。(b)ガラス基板上に積層したPTz3TEとY12の混合薄膜の写真。OPVを窓に設置利用する場合に適した薄い青色を呈する。

用語解説

[1] 有機薄膜太陽電池(OPV)
 有機半導体を発電層として用いた薄膜太陽電池の総称。特に有機半導体の溶液を塗布して作製する有機薄膜太陽電池を塗布型OPVと呼ぶ。有機半導体としては、通常、p型半導体(正の電荷(=正孔、ホール)を輸送する半導体)である半導体ポリマーとn型半導体(負の電荷(=電子)を輸送する半導体)であるフラーレン誘導体が用いられる。塗布プロセスによる大量生産が適用できると同時に、安価かつ軽量で柔らかいことから次世代の太陽電池として注目を集めている。OPVは、Organic PhotoVoltaicsの略。

[2] 有機半導体
 炭素-炭素の二重結合と単結合が繰り返した構造であるπ共役構造を基本構造とする半導体性を示す高分子化合物の総称。ベンゼン環やチオフェン環、あるいはこれらが縮合した複素芳香環が連結した半導体ポリマーが多数報告されている。特に正電荷(ホール)を流す半導体をp型、負電荷(電子)を流す半導体をn型と呼ぶ。

[3] 低温反応
 高い反応性を示す化合物を反応させる際に、安定に化合物を取り扱ったり、反応中の暴発を防ぐために、液体窒素などの冷剤で反応容器を冷やしながら行う化学反応。冷剤や特殊な装置が必要となるため高コスト化の原因の一つとなる。

[4]カラムクロマトグラフィー 
 化合物の精製法の一つ。「カラム」と呼ばれる細い筒状のガラス管の中にシリカゲル等を充填し、そこに溶かした複数の化合物の混合物を流し込むと、シリカゲルと化合物の相互作用の違いにより、カラムの中を移動する速度が化合物によって異なるため、化合物を分離精製することができる。

[5] ペロブスカイト太陽電池
 ペロブスカイトと呼ばれる結晶構造を有する材料を発電層として用いる太陽電池。OPVと同様に塗布プロセスにより作製できるフィルム型太陽電池であり、シリコン太陽電池に匹敵する高いエネルギー変換効率を示すことから注目されている。

[6] エネルギー準位
 分子を構成する原子の軌道が組み合わさってできる分子軌道が持つエネルギーの準位。OPVにおいては、有機半導体のエネルギー準位が電荷生成の起こりやすさ(すなわち電流)や電圧を決定する大きな要因となるため、精密に制御する必要がある。

[7] SC(Synthetic Complexity)
 半導体ポリマーの合成の簡便さを定量評価するための指標(Macromolecules, 2015, Vol. 48, pp. 453)。合成ステップ数や全体の合成収率、精製工程数、カラムクロマトグラフィーの回数、合成に用いられる有害試薬の数などをパラメータとして算出される。
 

【お問い合わせ先】

<研究に関すること>
 広島大学大学院先進理工系科学研究科 教授 尾坂 格
 Tel:082-424-7744 FAX:082-424-5494
 E-mail:iosaka*hiroshima-u.ac.jp

<報道に関すること>
 広島大学広報室
 Tel:082-424-3749 FAX:082-424-6040
 E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp
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