• ホームHome
  • 【研究成果】脳内のGABAを増加させるプレバイオティクスを発見 ~抑うつやてんかんなど脳疾患の新たな予防・改善の可能性~

【研究成果】脳内のGABAを増加させるプレバイオティクスを発見 ~抑うつやてんかんなど脳疾患の新たな予防・改善の可能性~

本研究成果のポイント

  • 腸内細菌を活性化する成分「プレバイオティクス」をマウスに与えたところ、脳内の神経の興奮を抑える物質「GABA」を増加させることを明らかに。
  • プレバイオティクスの摂取により、脳内で働くペプチド(アミノ酸が結合した成分)「ホモカルノシン」も増加し、さまざまな神経疾患との関連が示されている。
  • 腸と脳のつながりを活かした新しいアプローチが、脳のリラックス効果やうつ病やてんかんなど予防・改善につながる可能性。

概要

 広島大学大学院統合生命科学研究科のタナッチャポーン カムランシー准教授らの研究グループは、食品に含まれる腸内細菌を活性化する成分「プレバイオティクス」(※1)を摂取すると、腸内でGABA(γ-アミノ酪酸)(※2)を産生し、脳内のGABAを増加させることを明らかにしました。GABAは脳内で神経の興奮を抑え、リラックス状態をもたらす重要な物質であり、脳内GABAの低下は、うつ病、アルツハイマー病、てんかんなど、さまざまな神経疾患との関連が報告されています。薬物療法に代わるアプローチとして、脳内GABA濃度を高める食品成分の研究が進められてきましたが、高脂肪・低炭水化物の食事や一部のプロバイオティクスなど、これまでの研究報告は限られていました。研究チームはマウスを用いた実験により、ゴボウなど日常的な食品に多く含まれるフルクトオリゴ糖(FOS)(※3)が、腸内細菌のバランスを調節することで、腸内でのGABA産生を促進することを明らかにしました。さらに、脳内におけるGABAおよびGABAを含有するペプチドであるホモカルノシン(※4)の濃度を上昇させることを明らかにしました。
 本研究成果は2025年4月に科学誌「npj Science of Food」に掲載されました。
 また、本研究は、広島大学から論文掲載料の助成を受けました。

論文情報

論文タイトル:Fructooligosaccharides and Aspergillus enzymes increase brain GABA and homocarnosine by modulating microbiota in adolescent mice

著者:Braga JD, Yang Y, Nagao T, Kato N, Yanaka N, Nishio K, Okada M, Kuroda M, Yamaguchi S, Kumrungsee T.

掲載雑誌:npj Science of Food.  9(1):48.
DOI: https://doi.org/10.1038/s41538-025-00383-1

背景

 脳内GABAの低下は、古くからてんかん患者において多く観察されており、GABAの脳内濃度を上昇させることを目的に、血液と脳の間にあるバリア「血液脳関門(BBB)」を通過可能な抗てんかん薬が多数開発されてきました。近年では、脳内GABAの減少はてんかんのみならず、うつ病、アルツハイマー病、自閉スペクトラム症など、他の神経疾患との関連も報告されています。脳内GABA濃度を高める最も直接的な方法は、GABAを摂取することですが、GABAはBBBを通過できないと長年考えられてきたため、体の外から摂ったGABAが脳に与える役割については、これまで注目されてきませんでした。しかし近年では、腸由来のGABAが腸と脳をつなぐ鍵となる物質の一つである可能性が示唆されており、腸で作られた「末梢性GABA」が脳機能に与える影響に対する関心が高まりつつあります。
 脳内GABA濃度を上昇させる薬剤は医療用医薬品であり、副作用のリスクもあることから、食事を通じて脳内GABA濃度を高める手段の研究が進められています。これまでに報告されている有効な食品成分は、ケトン食(高脂肪・低炭水化物の食事)および一部のプロバイオティクスのみに限られていますが、ケトン食は、糖質を極端に制限し、脂質中心の食事を続ける必要があるため、日常生活での実践が難しいとされています。そこで本研究では、ゴボウなどの食品素材に多く含まれるFOSなどのプレバイオティクスや、伝統的な発酵食品に含まれる麹菌由来酵素に着目しました。これらの身近な食品成分が、腸および脳内のGABA濃度に与える影響を検証しました。

研究成果の内容

 研究チームは、FOSおよび麹菌由来酵素(リパーゼおよびプロテアーゼ)を添加した食餌を4週間にわたりマウスに投与し、腸および脳におけるGABA濃度を測定しました。その結果、FOSおよび麹菌由来酵素を摂取したマウスでは、腸内および脳内のGABA濃度が有意に上昇していることが明らかになりました。さらに、FOSとこれらの酵素は腸内細菌の構成を変化させ、「Parabacteroides」や「Akkermansia」 といったGABA産生菌の増やし、腸内でのGABA産生を促進していることが確認されました。加えて、GABAを含有する脳特異的ペプチドである「ホモカルノシン」の脳内濃度も上昇していました。ホモカルノシンは様々な神経疾患との関連が報告されており、研究チームの先行研究では、ホモカルノシン欠損マウスにおいて抑うつ様行動や多動性(落ち着きのなさ)が顕著に確認されています。これらの結果から、脳内のGABAおよびホモカルノシンを増加させることは、気分や行動の調節に寄与する可能性が示されました。
 本研究の意義として、FOSを豊富に含む、キクイモ、ゴボウ、チコリ、エシャロット、ニンニク、タマネギなど、身近な食品の摂取によって、腸内および脳内のGABA濃度を増加させることができる可能性が示されました。また、味噌や甘酒など、発酵食品に含まれる麹菌由来酵素も、腸内細菌を調節しGABA産生を促進する食品成分として有用であることが示されました。マウスモデルにおいて、FOSおよび麹菌由来酵素を毎日摂取させた効果が見い出されたことから、これらの食品を日常的に摂取することが、腸および脳内のGABAを増加させる鍵となる可能性を示しています。

今後の展開

 今後、腸内で産生されたGABAが脳内のGABA濃度にどのように影響を及ぼすのか、またその際に関与する生体内経路について詳細に解明を進める予定です。有力な経路の一つとして注目されているのが、腸と脳をつなぐ主要な情報伝達経路である迷走神経です。実際に、てんかんの治療法の一つである「迷走神経刺激(VNS)」では、脳内GABA濃度の上昇および発作の抑制が報告されています。このことから、腸内で産生されたGABAやその関連物質が、同様に迷走神経を介して脳に作用している可能性が考えられます。
 こうしたメカニズムが明らかになることで、本研究で用いたプレバイオティクス食品が、てんかんやうつ病などのGABA関連脳疾患の予防・改善に応用できるかどうかを検討することが今後の目標です。現時点では、腸内環境の改善を通じて腸および脳内のGABA濃度を高める可能性があるアプローチとして、プレバイオティクス食品の摂取を推奨しています。ただし、これらの食品はあくまで補助的な手段であり、神経疾患に対する医療的治療や薬物療法の代替とはなり得ない点には注意が必要です。
 

参考資料

用語解説

※1 プレバイオティクス:
プレバイオティクスの摂取は、腸内細菌叢の構成や機能を調節することで宿主に有益な生理作用をもたらします。難消化性オリゴ糖や食物繊維が代表的なプレバイオティクスとして知られています。

※2 GABA:
GABA(γ-アミノ酪酸)は、抑制性神経伝達物質として機能するアミノ酸の一種です。リラックス効果や血圧低下作用などのGABAの摂取効果が期待されており、食品にも利用されています。

※3 フルクトオリゴ糖(FOS):
難消化性のオリゴ糖の一種であり、プレバイオティクスとして広く知られています。

※4 ホモカルノシン:
ホモカルノシンは、脳に高濃度で存在するジペプチドの1つであり、抑制性神経伝達物質であるGABAとヒスチジンが結合したものである。

【お問い合わせ先】

大学院統合生命科学研究科 准教授 タナッチャポーン カムランシー
Tel:082-424-7980 FAX:082-424-2459
E-mail:kumrung@hiroshima-u.ac.jp


up