<お問い合わせ先>
広島大学 IDEC国際連携機構・PHIS
教授 丸山 史人
Tel:082-424-7638 FAX:082-424-7638
Email: fumito*hiroshima-u.ac.jp
(*は半角@に置き換えてください)
本研究成果のポイント
- 人がいるだけで室内の空気は変わる!
・居住者がいる実験区では、いない実験区に比べて空調フィルターに付着するヒト由来
の日和見菌※1(例:Streptococcus, Finegoldia)が3倍以上に増加。
・空調システムを通じて皮膚や口の中の常在菌が空間中に広がることが定量的に証明さ
れた。 - 「湿った場所」には危険な菌が集中!
・湿潤な表面(浴室の排水口、シャワーヘッド)には、バイオフィルム形成菌※2が20%
以上の優占を示した。
・一方、乾燥した床やフィルターでは、微生物の種類が豊富でバランスが取れた構成が確
認された。 - グリーン要素は“癒し”でも、微生物には影響小
・観賞魚と植物を組み合わせた「アクアポニックス※3」を設置しても、室内全体の微生物
構成に大きな変化は見られなかった。
・室内緑化は、見た目や癒し効果には貢献する一方、微生物環境への影響は限定的である
ことが示された。
概要
広島大学IDEC国際連携機構・環境遺伝生態学分野の丸山史人教授、侯建建(こう けんけん)研究員らは、住環境における微生物群集と健康影響の定量化を進め、「微生物多様性※4」と「エアロゾル中の病原性微生物の種類・量」に基づく新規指数を開発して室内空気質を評価し、微生物と共生する健康的な暮らし・まちづくりの指針化を目指している。
本研究では、広島大学東広島キャンパス内のゲストハウス(山中会館)を用いた1.5年間の長期制御実験により、居住者の有無、表面の乾湿、アクアポニックスの有無を要因として、空気および室内表面の微生物群集(細菌・真核生物)の動態を解析した。その結果、居住者と表面の乾湿が群集構造の一次決定因子であることを示すとともに、相対湿度が特定細菌の増加と関連すること、季節変動が真核生物群集(例:花粉等)に強く作用することを明らかにした。これらの知見は、空調フィルターの定期清掃、湿度管理、浴室等の湿潤部位に対する衛生対策の優先度付けに資する実証的根拠である。
本研究成果は、2025年9月1日に学術雑誌「Environmental Microbiome」に掲載された。
また、本研究は、広島大学から論文掲載料の助成を受けた。
論文情報
掲載誌:Environmental Microbiome 20, 114
タイトル:Occupants and surface types drive microbial dynamics in controlled indoor environments
DOI: https://doi.org/10.1186/s40793-025-00775-6
著者:侯建建1、中嶋麻起子2, 3、西内由紀子1、小椋大輔2, 4、寺本篤史1, 4, 5、蔵富千奈5、岩本洋子6、岡村好子6、守口和基6、Mateja Dovjak7、高山健人8、津上優作9、藤吉奏1, *、丸山史人1, *
1 広島大学IDEC国際連携機構; 2 広島大学未来共生建造環境センター (CHOBE); 3 広島工業大学大学院工学研究科; 4 京都大学工学研究科; 5 広島大学大学院先進理工系科学研究科; 6 広島大学大学院統合生命科学研究科; 7 Faculty of Civil and Geodetic Engineering, University of Ljubljana, Slovenia; 8 昭和医科大学大学院薬学研究科; 9 国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構, 動物衛生研究部門
* Corresponding author(責任著者)
背景
人が多くの時間を過ごす屋内環境において、微生物群集は居住者や建築環境(湿度、換気、表面特性)など多様な要因により構築される。特に日本の都市部に多い高気密の住宅では、微生物曝露※5のリスクが高まる可能性がある。一方で、従来の研究は多くが一般住宅調査研究に限られ、環境因子を統制した定量的評価は限られていた。
研究成果の内容
本研究では、住宅の密閉空間において、居住者の有無、表面の乾湿(乾:エアロゾル・床・フィルター、湿:排水口・シャワーヘッド)、アクアポニックス(無土壌植物・観賞魚系)、および湿度や季節変動などの環境因子が、細菌および真核生物の構造に与える影響を1.5年間の長期調査により解析した。
外気導入※6機能のないヒートポンプ式エアコン※7の連続運転により、居住時にはCO₂濃度の上昇や湿度の季節変動が顕著となった。居住者の存在によりエアコンフィルターにはFinegoldia(相対量の平均値:0.88%→5.16%)やStreptococcus(相対量の平均値:1.25%→3.63%)などの日和見菌が蓄積された。乾湿表面による群集構造の違いが明確に示され、湿潤部位(浴室の排水口とシャワーヘッド)はバイオフィルム形成や病原性微生物の温床となる可能性が示唆された。また、小型アクアポニックスは室内全体の微生物群集構造にはほとんど影響を及ぼさなかった。湿度は特定の細菌(Sphingomonasなど)の増加と正の相関を示し、季節は真核生物群集に大きな影響を与えた。
今後の展開
人の存在や行動が室内微生物環境に強く影響を与えることが示され、空調フィルターの清掃や湿度制御の重要性が明らかとなった。表面の乾湿により微生物群集が大きく異なり、湿潤箇所には感染源となり得る微生物が存在する可能性がある。
今後は、一般家庭のような日中の長時間滞在やキッチン活動などを含む実環境下での研究が求められる。また、異なる換気方式や建築仕様に応じた微生物制御戦略の確立、さらには、観葉植物やアクアポニックスなどの「グリーン要素」の局所的影響の詳細評価が必要である。居住者の生活スタイルや建物設計に応じた衛生管理と空調戦略の最適化が求められる。
参考資料
図1. 研究の要点(図解)
図2.ゲストハウス(山中会館_外観)
図2.ゲストハウス(山中会館_内観)
図3.アクアポニックス
用語解説
※1. 日和見菌(ひよりみきん)
通常は健康な人に害を及ぼさないが、免疫力が低下した際に感染症を引き起こす可能性がある微生物である。FinegoldiaやStreptococcusなどが含まれ、空気中や人体の皮膚・粘膜などに常在する。
※2. バイオフィルム形成菌
湿潤な環境で表面に付着し、他の微生物や有機物とともにぬめり状の構造体(バイオフィルム)を形成する細菌群である。排水口やシャワーヘッドなどに多く見られ、清掃困難な感染源となり得る。
※3. アクアポニックス
魚の水槽と植物の栽培を組み合わせた循環型の無土壌栽培システムである。魚の排せつ物を微生物が分解し、その養分を植物が吸収することで、自然の生態系を模倣した室内緑化方法として注目されている。
※4. 微生物多様性
空間内に存在する微生物の種類の豊かさやバランスを示す指標である。多様性が高い環境では、病原菌の定着が抑制されるなどの生態学的利点がある一方で、特定の条件下では健康リスクも含む。
※5. 微生物曝露
人が生活する空間で、空気や物の表面などを通じて細菌やカビ、ウイルスなどの微生物に接触することを指す。曝露量が多いと、アレルギーや感染症のリスクが高まる可能性がある。
※6. 外気導入(換気)
屋内に新鮮な外気を取り込み、二酸化炭素やにおい、微生物濃度を下げる行為である。窓
開放や機械換気で行い、一般的なヒートポンプ式エアコンだけでは代替できない。
※7. ヒートポンプ式エアコン
室内外の熱を冷媒で“くみ上げて”移動させることで、効率的に冷房・暖房を行う空調機
である。一般的な家庭用壁掛け型は室内の空気を循環させる方式であり、外気を取り入れる換気 機能は備えない機種が多い(別途換気が必要である)。

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