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【研究成果】男性性機能障害の新規治療法に光?オキシトシン経鼻投与による性的モチベーションと精子機能の二重改善効果

本研究成果のポイント

  • オキシトシン経鼻投与により、脳を活性化して性的モチベーションを促進させると同時に、精子機能も改善する革新的メカニズムを明らかにしました。

概要

 岡山大学大学院環境生命自然科学研究科博士前期課程の榎本千夏 大学院生(研究当時、理学部生物学科4年)、同学術研究院環境生命自然科学学域(理)の越智拓海 准教授、坂本浩隆 教授(神経内分泌学)は、広島大学大学院統合生命科学研究科の島田昌之 教授との共同研究により、「オキシトシン1)」の経鼻投与2)が雄ラットの性的モチベーションと精子機能を同時に改善する革新的な二重作用メカニズムを世界で初めて明らかにしました。これまでの男性性機能障害治療は、中枢性の性欲低下または末梢性の生殖機能のいずれか一方にのみ焦点を当てることが多く、包括的なアプローチが不足していました。本研究では、愛情ホルモンとして知られている「オキシトシン」を鼻から投与することで、脳の視床下部ニューロンを活性化し性的モチベーションを増強すると同時に、精巣上体機能や副性器活性を向上させ、精子運動率・前進運動率・精子数のすべてを有意に改善することを実証しました。特に注目すべきは、射精経験のない性的不活発な個体でも「オキシトシン」投与により自然な性行動が誘発された点で、従来治療では困難とされる重度の性欲低下と性機能障害の同時改善への新たな治療戦略の可能性を示しています。この研究成果は、2025年9月19日付で国際学術誌「The Journal of Sexual Medicine」電子版に掲載されました。

発表内容

<現状>
 男性性機能障害は、勃起不全(ED)、射精障害、性欲低下など多岐にわたる症状を呈し、男性の生活の質(QOL)に深刻な影響を与えています。現在利用可能な治療法は、PDE5阻害薬のような末梢性勃起メカニズムに主眼を置いたものや、ドーパミン作動薬のような中枢性・性欲に作用するものなど、単一の側面にのみ焦点を当てることが多く、中枢と末梢の両方のメカニズムを同時に標的とする包括的アプローチは限られています。また、男性更年期障害(LOH症候群)に伴う性欲減退や性機能低下に対しては、アンドロゲン補充療法が効果的ですが、前立腺肥大症や前立腺癌などの重篤な副作用のリスクがあり、アンドロゲン非依存的な治療戦略の開発が急務となっています。そこで本研究では、愛情ホルモンとして知られている「オキシトシン」の作用に着目しました。この脳ホルモンは母子の愛情形成だけでなく、男性の性機能に重要な役割を果たすことが分かってきています。今回、オキシトシン経鼻投与による中枢・末梢二重標的メカニズムを検証しました(図1)。

研究成果の内容

 成熟雄ラットに「オキシトシン」を経鼻投与し、中枢神経系への作用を神経活性マーカーであるリン酸化ERK(pERK)に対する免疫組織化学染色法により解析しました。その結果、視床下部ニューロンにおいて顕著な神経活性化を確認しました。行動学的解析では、4週間の性行動トレーニング期間中に射精に至らなかった性的不活発な雄ラットに対してオキシトシン経鼻投与を行ったところ、マウント潜時と挿入潜時が有意に短縮し、射精潜時も短縮傾向を示しました。さらに、マウント、挿入、射精の各行動頻度がコントロール群と比較して有意に増加しました(図2)。
 末梢生殖機能への効果については、1週間の慢性オキシトシン経鼻投与を行った個体に対して、コンピュータ支援精子解析システム(CASA)3)により精子機能を評価しました。その結果、精子運動率、前進運動率、精子数がすべて有意に向上しました。また、精巣上体、精嚢、前立腺の重量が有意に増加し、生殖機能の改善が示唆されました。一方、体重と精巣重量には変化がなく、オキシトシンが精巣上体上皮細胞機能と副性器活性を選択的に増強するはたらきがあることが明らかになりました(図3)。
 

図1 オキシトシン経鼻投与
上図は経鼻投与された薬物の移行経路を示しています。薬物は嗅上皮を通じて直接脳に到達する経路と、呼吸上皮から血管を介して全身循環に入る経路があります。
下部写真は雄ラットへのオキシトシン経鼻投与実験の様子です。ラットは頭部を10°下向きに傾けた状態で麻酔マスクを装着し、薬液を鼻腔内に投与しています。この方法により血液脳関門を回避して効率的に薬物を脳に送達できます。

図2 オキシトシン経鼻投与によるオスの性行動への効果
3週間の性行動トレーニングを経ても射精経験のない性的不活発な雄ラットに対して、オキシトシンを経鼻投与することで自然な性行動が誘発されました。投与により行動開始までの時間が短縮され、行動頻度も増加することが観察されました。これらの結果から、オキシトシン経鼻投与には「眠れるラットを起こす」ような強い行動促進効果があることが明らかとなりました。

図3 オキシトシン経鼻投与による精子機能への効果
CASA解析(コンピュータ支援精子解析)により、精子運動率、前進運動率、精子数のすべてが有意に向上し、オキシトシン経鼻投与が生殖補助医療へ応用できる可能性が示されました。

社会的な意義

 本研究で明らかにしたオキシトシンの中枢/末梢・二重作用メカニズムは、従来の単一標的治療では解決困難な複合的な男性性機能障害に対する革新的治療戦略を提供する可能性があります。特に、性的モチベーション低下と精子機能低下を併発する患者において、単一の治療介入で両方の問題に対処できる画期的なアプローチとなり得ます。経鼻投与という非侵襲的な投与方法は、血液脳関門を通過して脳に直接作用し、同時に全身循環にも到達する可能性もあるため、中枢・末梢の二重効果を実現する理想的な薬物送達システムとなり得ます。今後の臨床研究により、現在の治療法では効果が限定的な患者に対する新たな治療選択肢として確立される可能性があります。
 さらに異分野横断的な観点では、同じ哺乳類のウシ・ブタなどの偶蹄類を主に扱う畜産業界において、従来の電気刺激などによる侵襲的な精液採取に代わる動物にやさしい繁殖管理技術として応用できる可能性もあります。また、イヌ・ネコなどの伴侶動物や、絶滅危惧種などの希少動物における動物にやさしい自然な繁殖行動の促進と精子機能改善により、より効果的な次世代型の繁殖プログラムの実現が期待されます。

論文情報

論文名: Dual-action intranasal oxytocin enhances both male sexual performance and fertility in rats
「オキシトシン経鼻投与は雄ラットの性的モチベーションと精子機能を両方向上させる」
掲載誌: The Journal of Sexual Medicine
著 者: Chica Enomoto, Takumi Oti*, Takahiro Yamanaka, Masayuki Shimada, Hirotaka Sakamoto*(*責任著者)
D  O I: https://doi.org/10.1093/jsxmed/qdaf228

発表論文はこちらからご確認いただけます。
https://doi.org/10.1093/jsxmed/qdaf228

研究資金

本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科学研究費助成事業(#22H02656; #22K19332; #23K14230)、岡山大学 次世代研究拠点形成支援事業(拠点代表者:坂本浩隆)、武田科学振興財団、内藤記念科学振興財団、両備てい園記念財団、ウエスコ学術振興財団、日本応用酵素協会、日本新薬株式会社からの支援を受けて実施されました。また、本論文は、「岡山大学 オープンアクセス推進に係る論文掲載料支援」を受けています。

用語解説

(1)オキシトシン
「愛情ホルモン」とも呼ばれる脳ホルモンの1種で、母子間の絆形成、恋愛感情、信頼関係の構築などに関わることが知られています。分娩時の子宮収縮や授乳時の乳汁分泌にも関与する一方、近年では男性の射精機能制御における重要な役割が明らかになり、泌尿器科領域では射精障害の新たな治療標的としても注目されています。

(2)経鼻投与
鼻腔粘膜から薬物を投与する非侵襲的な方法で、血液脳関門を回避して中枢神経系に直接到達できる利点があります。全身循環への移行も可能で、中枢・末梢の二重効果を期待できる理想的な投与経路です。

(3)CASA(コンピュータ支援精子解析)
精子の運動性、濃度、形態などを客観的かつ定量的に評価する標準的な検査法で、男性不妊症の診断や生殖補助医療において重要な役割を果たしています。

【お問い合わせ先】

岡山大学 学術研究院環境生命自然科学学域(理)
神経行動研究室
教授   坂本 浩隆
准教授  越智 拓海
(電話番号)086-251-8656
(メール)hsakamo@okayama-u.ac.jp

広島大学 大学院統合生命科学研究科
教授   島田 昌之
(電話番号)082-424-7899
(メール)mashimad@hiroshima-u.ac.jp


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