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【研究成果】変形性膝関節症に新たな治療の可能性 ~症状が悪化するメカニズムを解明~

本研究成果のポイント

 膝の軟骨細胞で炎症が悪化する原因の一つとして、細胞内の「ミトコンドリア」が傷つくこと、そしてその影響で働きが活発になる「ヘキソキナーゼ」という酵素が関わっていることを発見しました。この酵素の働きを抑えると炎症が和らぐことも確認され、現在根本的な治療薬がない変形性膝関節症に対して、将来的な新しい治療法の開発が期待されています。

概要

 広島大学大学院医系科学研究科の森岡徳光(もりおかのりみつ)教授、元成初寧(もとなりはつね)(大学院生; 当時)、中村庸輝(なかむらようき)助教、中島一恵(なかしまかずえ)助教らの研究グループは、ラット膝関節の軟骨細胞(※1)を用いて、炎症が悪化する仕組みを調べました。その結果、細胞内の「ミトコンドリア」が傷つくと、炎症を引き起こす物質が増えることがわかりました。そして、その過程に「ヘキソキナーゼ」という酵素が深く関わっており、ヘキソキナーゼを抑制すると炎症反応が緩和されることも見出しました。
 この研究結果は、変形性膝関節症に苦しむ多くの患者さんを救う新たな治療薬開発の一助となることが期待されます。

 本研究成果は、令和7年8月28日(日本時間)、国際科学誌「International Immunopharmacology」(オンライン版)に公開されました。
 また、本研究は、広島大学から論文掲載料の助成を受けています。
 

発表論文

著 者
Hatsune Motonari1, Ayumu Hayashi1, Yuka Tanaka1, Yoki Nakamura1, Kazue Hisaoka-Nakashima1, Norimitsu Morioka1*
1:広島大学大学院医系科学研究科薬効解析科学
* :Corresponding author(責任著者)
論文題目
Mitochondrial dysfunction exacerbates inflammatory responses via the JNK/p38-AP-1 pathway in primary cultured chondrocytes
掲載雑誌
 International Immunopharmacology(Q1), 2025, Impact factor=4.7
DOI番号
doi: 10.1016/j.intimp.2025.115433

研究の背景

 変形性膝関節症は、膝の軟骨がすり減って炎症を起こし、痛みや腫れ、関節の動きにくさを引き起こす病気です。加齢や遺伝、関節構造の異常、筋力低下といった要因と、肥満やスポーツなどで生じた関節の物理的な障害、酷使といった関節に直接負荷を加える要因が合わさって発症します。特に高齢女性で発症しやすく、日本では60歳以上の女性で約50%、80歳以上では約80%以上が罹患し、患者数は2,500万人以上と推定されています。この病気は、慢性的な関節の痛みを引き起こすため、日常の動きに支障をきたし、患者のQOLを著しく低下させます。これらの痛みを和らげるために、ロキソニンのような痛み止めなどが使用されますが、効果が十分ではないことも多く、また長期間の使用により副作用が生じるリスクも増加します。さらに現在、使用されている薬では根本的な治療は望めません。よって、変形性膝関節症に対する新たな治療薬・治療法の確立が望まれています。
 以前より私たちの研究グループは、軟骨細胞の機能異常が変形性膝関節症の発症に重要であることに注目をして研究を続けてきており、軟骨細胞での炎症反応を抑制すると痛みや軟骨損傷の進行を抑制できることを明らかにしてきました。また、細胞の働きに必要なエネルギーを産生する細胞内の小器官であるミトコンドリア(※2)に、加齢やストレスにより障害が生じると、炎症反応が悪化することも見出していましたが、その具体的なメカニズムについては解明されていませんでした。
 そこで本研究では、ラットの膝の軟骨細胞を用いて、炎症反応の悪化メカニズムについて、ミトコンドリア障害との関わりを調べました。

研究成果の内容

 研究では、ラットの膝から取り出した軟骨細胞に炎症を引き起こす刺激を与え、さらにミトコンドリアを傷つける薬を加えました。その結果、炎症を引き起こす物質(MMP3やTNF)の量が増えることがわかりました。このとき、ミトコンドリアの障害によって「ヘキソキナーゼ」という酵素が活性化されていることが確認されました。そして、この酵素の働きを抑える薬を使うと、炎症が抑えられることも明らかになりました。

今後の展開

 本研究結果から、ヘキソキナーゼが変形性膝関節症に対する治療薬の新たなターゲットとなることが期待されます(図2)。
 今後は、変形性膝関節症モデル動物を用いて、ヘキソキナーゼ阻害薬の治療効果を確かめるとともに、軟骨細胞でのミトコンドリア障害がヘキソキナーゼを誘導するメカニズムについても研究を進めていく予定です。
 

図1 培養軟骨細胞での軟骨破壊物質と痛み誘発物質の産生に対するヘキソキナーゼ阻害薬の効果
培養軟骨細胞に対する炎症刺激(interleukin-1β処置)に加えて、ミトコンドリア障害を生じさせる(rotenone処置)と、軟骨破壊物質(matrix metalloproteinase3 (MMP3))と痛み誘発物質(tumor necrosis factor (TNF))の遺伝子発現が増加しました。この反応はヘキソキナーゼ阻害薬(2-deoxy-glucose)を処置すると抑制されました。

図2 本研究の概要
変形性膝関節症では軟骨細胞での炎症反応(軟骨破壊物質や痛み誘発物質の産生)が生じています。ラット膝由来の培養軟骨細胞にミトコンドリア障害を起こすと、炎症反応が増悪されました。この反応にはヘキソキナーゼが重要な働きをしており、その働きを阻害薬で抑制すると炎症反応の増悪が抑制されました。(Part of this figure was created with BioRender.com.)
 

用語解説

(※1)軟骨細胞
軟骨組織を構成する唯一の細胞で、変形性膝関節症では炎症が生じ、破壊されていると考えられています。

(※2)ミトコンドリア
ほとんど全ての真核生物の細胞の中に存在し、細胞の働きに必要なエネルギーを産生する細胞内小器官です。

【お問い合わせ先】

広島大学大学院 医系科学研究科 薬効解析科学研究室 
教授 森岡 徳光(もりおか のりみつ)
TEL:082-257-5310 FAX:082-257-5314
E-mail:mnori@hiroshima-u.ac.jp

 


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