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【研究成果】細胞接着面で互いの収縮力を感知し力学的情報を伝達する仕組みの解明 神経管閉鎖障害など上皮細胞シートの収縮異常による病態の理解に繋がる知見

ポイント

①    上皮細胞は互いに引っ張り合う張力のバランスをとることで組織の一体性(シートの安定性)を維持しています。
②    Homerというタンパク質が上皮細胞の接合部に存在し、機械的な張力を感知して局所的なカルシウムシグナルを引き起こすことで、細胞骨格(アクトミオシン線維)の収縮力を調節する役割を果たすことを発見しました。
③    Homerの機能を抑制すると神経管閉鎖(初期胚で脳や脊髄のもととなる管を形成する過程)が失敗し、正常な発生が妨げられることが明らかになりました。

概要

 私たちのからだを構成するさまざまな臓器は、上皮細胞シートが湾曲することで管状や袋状の構造を形成します。このような上皮細胞シートの変形は、細胞接着構造を裏打ちするアクトミオシン線維の収縮によって起こります。しかし、このアクトミオシン線維の収縮をどのように制御しているのかについては、不明な点が多く残されていました。
 九州大学大学院医学研究院生化学分野の松沢健司講師、池ノ内順一教授と、広島大学両生類研究センターの鈴木誠准教授らによる共同研究グループは、上皮細胞の接着装置において、細胞間の機械的張力を細胞内カルシウムシグナルに変換する仕組みを解明しました。細胞内カルシウム濃度を低下させると、頂端接合部におけるアクチンの集積が減少し、細胞間張力も低下したことから、カルシウムがアクチンを介して細胞間張力を支えていることが示唆されました。本研究グループは次に、神経細胞のシナプスで働くことが知られているタンパク質Homerに注目しました。Homer遺伝子を欠損させた上皮細胞では、頂端接合部でのカルシウム応答が弱まり、細胞接着構造を裏打ちするアクトミオシン線維の形成が妨げられることを見出しました。本研究により、上皮細胞間の物理的な張力を接合部でカルシウムシグナルへと翻訳し、組織全体の形態形成や修復を制御する新たな仕組みが明らかになりました。Homerを介したメカノセンシング機構は、細胞極性を保ったまま局所的な力学応答を制御できる巧妙な仕組みです。本成果は、上皮組織における細胞協調メカニズムの理解を深め、発生生物学や再生医療に新たな知見をもたらすことが期待されます。本研究成果をまとめた論文は2025年10月24日付で、米国科学アカデミー紀要(PNAS)に公開されました。
 

図 Homerを欠損した上皮細胞は、収縮力が弱まり、平べったい形になる
 

研究者からひとこと:

私たちの臓器は、細胞シートが折り畳まれるようにして筒状や球状の構造をつくることで形づくられます。マスゲームのように、個々の細胞は臓器全体の完成形を把握していませんが、互いの力を感じ取りながら収縮の度合いを調整し、結果として全体の秩序が生まれます。今回の研究により、隣接する細胞からの張力を細胞内情報に変換する分子機構が明らかになり、細胞と組織をつなぐ新しい機構を解明することができました。(池ノ内順一)

【研究の背景と経緯】

 上皮細胞は互いに密に接着してシート状の組織を形成し、創傷治癒や発生過程における形態形成などにおいて協調した動きを示します。これまで、細胞同士がどのように力の不均衡を感知し、それを細胞内の応答に変換しているかは不明でした。細胞が互いに力を伝え合い、組織全体の振る舞いを決めるというこのしくみについては、発生生物学や再生医療の分野で近年注目されてきました。
 九州大学大学院医学研究院生化学分野の松沢健司講師、池ノ内順一教授の研究グループは、これまでも上皮細胞の接着装置や、細胞骨格が組織の力学的バランスに果たす役割を研究してきました。一方、広島大学両生類研究センターの鈴木誠准教授はカエル胚を用いた初期発生の研究者で、特に神経管閉鎖におけるカルシウム動態の重要性を報告しています。池ノ内教授の研究グループは、HomerとMUPP1というタンパク質が上皮細胞の細胞接着装置に局在し、細胞間張力の感知に関与しているのではないかという仮説と、それを裏付ける予備的なデータを得て、鈴木准教授との議論を通じて、この仮説を検証する共同研究をスタートさせました。
 また、ヒトの遺伝学的知見からMUPP1遺伝子の変異が神経管閉鎖障害(※1)による水頭症を引き起こすことが報告されており、このことも本研究の方向性を後押ししました。
 

【研究の内容と成果】

 九州大学大学院医学研究院の池ノ内順一教授と広島大学の鈴木誠准教授らの共同研究グループは、上皮細胞がどのようにして力学的な情報を感知し、組織全体の動きを協調させるのかを解明しました。
 本研究グループはまず、培養上皮細胞の頂端接合部で観察されるカルシウムシグナルに注目しました。細胞間にかかる張力の差が大きいほど、接合部でのカルシウムシグナルが強まることを見出し、カルシウムが細胞間張力の指標となっている可能性が示唆されました。さらにカルシウムを人為的に抑制すると、接合部でのアクチン骨格の集積が減少し、張力も低下することから、カルシウムシグナルがアクチンを介して張力を制御することが明らかになりました。
 次に本研究グループは、神経細胞でシナプス形成に重要な足場タンパク質「Homer」に着目しました。解析の結果、上皮細胞において、Homerは細胞間の接着部位に局在し、カルシウムシグナルの発生に不可欠であることが判明しました。Homerを欠損させるとカルシウム応答が低下し、接合部のアクチン集積が弱まり、細胞シート全体の協調的な移動が著しく乱れました。同様に、Homerと結合するタンパク質であるMUPP1/PatJを欠損させた場合にも障害が生じ、両者が協働して張力を感知し、細胞応答を誘導することが示されました。
 さらに、鈴木准教授の専門であるアフリカツメガエル胚を用い、Homer遺伝子の機能を阻害する実験を行いました。その結果、Homerの機能阻害が神経管閉鎖の失敗を引き起こすことを確認しました。神経管閉鎖は脳や脊髄の発生に必須であり、その異常は二分脊椎や水頭症などの先天性疾患につながります。この結果は、Homerが細胞レベルを超えて発生過程においても重要な役割を果たしていることを示しています(図1)。
 本研究は、Homerが接合部の張力を感知してカルシウムシグナルを介してアクチン骨格を制御するという力学的情報伝達の新しい原理を提示するものであり、細胞間力学から組織レベルの協調へと至るしくみの一端を解明しました。
 

【今後の展開】

 今回の研究により、HomerとMUPP1/PatJが上皮細胞における力学的情報伝達を担うことが明らかとなりました。今後の課題の一つは、このしくみが他の臓器や組織でも同様に働いているのかを検証することです。たとえば、腸管や肺といった上皮組織、あるいは血管内皮などでも同様の機構が存在すれば、組織の恒常性や疾患の理解に直結する可能性があります。また、ヒトにおいては神経管閉鎖障害の背景にMUPP1遺伝子変異が関与することが知られており、今回の成果はその病態理解を進める上で重要な足がかりとなります。今後は患者由来細胞や遺伝子改変動物を用いて、この経路が実際の疾患発症にどう関与するかをさらに明らかにしていく必要があります。さらに、力学的シグナルをカルシウム経路へと結びつける分子基盤を詳細に解明することは、再生医療や創傷治癒の制御技術の開発にも貢献し得ます。細胞や組織の「力を介した対話」を理解し操作できるようになれば、発生異常や難治性疾患に対する新しい治療戦略につながることが期待されます。

【参考図】

図1 Homerの機能阻害により神経管閉鎖が妨げられる
 

アフリカツメガエル胚にHomerの機能を阻害するモルフォリノ(MO)を導入すると、神経管が正常に閉鎖せず、開いたまま残る現象が観察されました(左図上、胚の右側がMO導入側)。

また、同じ胚のMO導入側では、細胞接着面におけるアクチンの集積が減少し、細胞の頂端側収縮力が低下していました(左図下、マゼンダ色の部分がMO導入側)。

これらの結果は、Homerが細胞接着部でのアクチン依存的な収縮を支え、神経管閉鎖といった重要な発生過程を制御していることを示しています。

【用語解説】

(※1) 神経管閉鎖障害
説明・・・ヒトを含む脊椎動物の胎児は、発生の早期段階で「神経管」という細長い上皮細胞の管をつくります。神経管は将来、脳や脊髄といった中枢神経系のもとになる大切な構造です。正常な発生では、平らな「神経板」と呼ばれる上皮組織が内側に折れ曲がり、両側から閉じ合わさって筒状の神経管が完成します。しかし、この過程がうまくいかず、神経管が正しく閉じないことがあります。これを「神経管閉鎖障害」と呼びます。神経管閉鎖障害の代表的なものには、背骨の一部が開いたまま残る二分脊椎や、脳の形成に重い障害をもたらす無脳症などがあります。これらは重症度に幅がありますが、運動機能や排泄機能の障害、さらには生命にかかわる問題を引き起こすことがあります。
 

【謝辞】

本研究は、文部科学省 日本学術振興会 科学研究費(JP22K06225, JP23KJ1689, JP25H01325, JP25H00994)、科学技術振興機構 創発的研究若手挑戦事業(JPMJFR204L)等の支援を受けて行われました。

【論文情報】

掲載誌:Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A.
タイトル:A steady state pool of calcium-dependent actin is maintained by Homer and controls epithelial mechanosensation
著者名:Kenji Matsuzawa, Makoto Suzuki, Yuma Cho, Ryoya Fujinaga, Junichi Ikenouchi
DOI:10.1073/pnas.2509784122
 

【お問合わせ先】

<研究に関すること>
九州大学 大学院医学研究院 教授 池ノ内 順一(イケノウチ ジュンイチ)
TEL:092-642-6096 FAX:092-642-6096
Mail:ikenouchi.junichi.033@m.kyushu-u.ac.jp

<報道に関すること>
九州大学 広報課
TEL:092-802-2130 FAX:092-802-2139
Mail:koho@jimu.kyushu-u.ac.jp

広島大学 広報室
TEL:082-424-4518 FAX:082-424-6040
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