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【研究成果】朝に光をあびて夜に産卵するクラゲの発見 ─Clytia sp. IZ-Dがもつ新たな生物時計のしくみ─

本研究成果のポイント

  • 多くのクラゲは、「暗→明」の光変化(明刺激)から数時間以内に産卵する。一方、宮城県の海で新たに採集されたClytia sp. IZ-Dは、明刺激から14時間たった後にようやく産卵するという珍しい性質をもっていた。
  • 卵の成長過程や卵成熟誘起ホルモンの種類は近縁種間で共通していたが、Clytia sp. IZ-Dは一定の周期で自動的にホルモンの分泌や受容をするように変化していた。すなわち、ホルモンの分泌・受容の制御に基づいた、新たな『生物時計』のしくみを獲得したと考えられる。
  • このしくみの獲得によって、Clytia sp. IZ-Dは日照に左右されにくい産卵方法を手に入れるとともに、近縁種からの種分化を果たしたと推測される。

概要

 ヒドロ虫綱のClytia hemisphaericaをはじめとした多くのクラゲは、暗から明への移行(明刺激)直後の卵成熟誘起ホルモンの分泌、その受容による卵成熟を経て、1〜2時間後に産卵します。今回、宮城教育大学大学院教育学研究科の橘井瑠伽大学院生・出口竜作博士、広島大学大学院統合生命科学研究科の竹田典代博士、ソルボンヌ大学・国立科学研究センター(フランス)のEvelyn Houliston博士・百瀬剛博士の研究グループは、宮城県の海で新たに採集されたClytia sp. IZ-Dが明刺激を受けてもすぐには産卵せず、14時間もたってから同調して産卵するという珍しい性質をもつことを発見しました。卵の成長過程や卵成熟誘起ホルモンの種類などは近縁種間で共通していましたが、Clytia sp. IZ-Dは明刺激がなくても約20時間周期で自動的にホルモンを分泌・受容し、産卵に至ることがわかりました。また、明刺激があると、産卵は24時間周期に調整されました。すなわち、Clytia sp. IZ-Dは卵成熟誘起ホルモンの分泌・受容に立脚した新たな『生物時計』のしくみを獲得し、朝の光を利用して夜に産卵するように「進化」したと推測されます。このしくみの獲得によって、悪天候にも左右されにくい産卵方法を手に入れるとともに、近縁種からの種分化を果たしたのかもしれません。クラゲの生殖戦略や種分化、新たな生物時計のしくみの解明につながる、重要な発見です。
 本研究成果は、2026年1月6日に科学誌PLOS Biology速報版に掲載されました。

背景

 多くのクラゲは、光変化を利用して卵や精子の放出を同調させ、受精を成功させています。例えば、Clytia hemisphaerica(注1)は、明け方の明刺激(暗→明)から2時間後に産卵します(図1)。これは、明刺激によって生殖巣から分泌された卵成熟誘起ホルモン(注2)を受容した卵母細胞(注3)が2時間かけて卵成熟(注4)を進行させ、受精可能になってから放出されるからです。明刺激の逆の、夕刻の暗刺激(明→暗)に反応して産卵に至るエダアシクラゲのような種もいます。明刺激や暗刺激は1日1回ずつ起こることから、クラゲの産卵は24時間周期でくりかえされます。しかし、C. hemisphaericaや同じヒドロ虫綱のヒドラはいくつかの重要な時計遺伝子を失っていることもあり、クラゲの産卵に生物時計(注5)や概日リズム(注6)といったしくみはこれまで想定されていませんでした。

研究成果の内容

 宮城県の海岸で新たに採集されたウミコップ属のクラゲ、Clytia sp. IZ-D(注7)を12時間明-12時間暗の明暗周期で飼育すると、暗への移行から2時間後の産卵を毎日くりかえしました(図1)。最初は、暗刺激(明→暗)への反応と思われていたのですが、明暗時間の長さなどを変えた実験により、実は明刺激に反応しており、それから14時間もたってから産卵していることがわかりました。また、光をあて続けた条件(恒明条件)では、20時間周期で産卵をくりかえすこともわかりました(図2)。すなわち、Clytia sp. IZ-Dは20時間周期で自動的に産卵する性質を備えているものの、明刺激がそれを24時間周期に調整している(図2)ことになります。
 Clytia sp. IZ-Dの体内での卵母細胞の成長過程は、C. hemisphaericaと基本的に同じでした。また、卵成熟誘起ホルモンの有効濃度やホルモン投与後の減数分裂過程も両者で共通していました。一方で、Clytia sp. IZ-Dの体内の卵母細胞が低濃度(生理的濃度)のホルモンに反応できるようになるには、恒明条件では前回の産卵から18時間、明暗周期のある条件では21〜22時間を要しました。Clytia sp. IZ-Dはこれまで知られていなかったしくみ──卵母細胞の低濃度ホルモンに対する応答能力獲得のタイミングがその2時間後(卵成熟完了後)の産卵のタイミングを決める──をもっているようです(図2)。

図1. Clytia sp. IZ-Dの産卵
(A) Clytia sp. IZ-Dの顕微鏡写真
(B) Clytia sp. IZ-Dのイラスト
(C) 単離した生殖巣からの産卵の様子
(D) Clytia hemisphaericaとClytia sp. IZ-Dの産卵のタイミング

図2. 恒明と12時間明-12時間暗の条件下でのClytia sp. IZ-Dの卵成熟・産卵のタイミング

以上の結果から、Clytia sp. IZ-Dは卵成熟ホルモンの分泌・受容に立脚した新たな生物時計や概日リズムのしくみを獲得し、朝の光を利用して夜に産卵するように「進化」したと推測されます。このしくみの獲得によって、悪天候にも左右されにくい産卵方法を手に入れるとともに、近縁種からの生殖隔離(注8)と種分化(注9)を果たしたのかもしれません。

今後の展望

 Clytia sp. IZ-Dのもつ、新たな生物時計や概日リズムのしくみを理解するには、光受容や卵母細胞の成長の制御などに関わる分子(遺伝子)にどのような変異が生じたのかを明らかにしていく必要があります。また、産卵のタイミングの変化が実際に生殖隔離や種分化につながった例について、他のクラゲも含めて広く調べていくことも大切です。他の海産動物のように、概日リズムだけでなく月齢や温度にも影響される、複雑な卵成長や産卵のしくみを理解する手がかりとしても期待されます。Clytia sp. IZ-Dは飼育しやすく、温度変化にも強いクラゲです。中学校の理科や高等学校での生物における生殖分野の学習などに活用する道も探っていきたいと考えています。

謝辞

 本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 (課題番号20K06736)、公益財団法人日本科学協会 笹川科学研究助成 (研究番号2025-4059)、フランス国立科学研究センター生物学研究所 海洋生物学国際共同研究補助金の支援を受けました。

用語説明

注1. Clytia hemisphaerica:刺胞動物門ヒドロ虫綱軟クラゲ目ウミサカズキガヤ科ウミコップ属のクラゲ。ゲノム情報を含め、分子生物学的な基盤が整っている。

注2. 卵成熟誘起ホルモン(Maturation-inducing hormone, MIH):卵母細胞に作用し、減数分裂(卵成熟)を誘発するホルモン。C. hemisphaericaでは、ペプチド(WPRPaやその類似物質)であることがつきとめられている
 (https://journals.biologists.com/dev/article/145/2/dev156786/48822/)。

注3. 卵母細胞:減数分裂を完了する前の段階の卵細胞。

注4. 卵成熟:卵母細胞が減数分裂をおこない、受精可能な卵になっていく過程。

注5. 生物時計:生物がそなえていると考えられる時間測定のしくみ。概日リズムは生物時計の代表例。

注6. 概日リズム (サーカディアンリズム, circadian rhythm):およそ1日の周期で変動する生物現象。光などの外界の変化を受けることにより、ちょうど24時間周期に補正される。時計遺伝子による制御のしくみが明らかになっている生物現象もある。

注7. Clytia sp. IZ-D:C. hemisphaericaと同じウミコップ属のクラゲ。ウミコップ属のクラゲは形態的差異が乏しいため、種の同定が困難であり、正式な学名をつけることができていない。なお、宮城県では、Clytia sp. IZ-Dによく似たClytia sp. IZ-Cというクラゲも採集されているが、このクラゲはC. hemisphaericaと同様に明刺激から2時間程度で産卵する。

注8. 生殖隔離:なんらかの遺伝的差異による隔離。出現場所や産卵時期が異なることなどによる「交配前隔離」や、生じた子が不稔になることなどを含む「交配後隔離」がある。

注9. 種分化:同じ種の生物の集団間に生殖隔離が生じ、2つ以上の種が形成されること。

論文情報

タイトル: A light-entrained clock mechanism in a hydrozoan jellyfish synchronizes evening gamete release
著者: Ruka Kitsui, Noriyo Takeda, Evelyn Houliston, Ryusaku Deguchi*, Tsuyoshi Momose*
*責任著者: 宮城教育大学 出口竜作、フランス ソルボンヌ大学・国立科学研究センター 百瀬剛
掲載誌: PLOS Biology
DOI: 10.1371/journal.pbio.3003502
URL: https://journals.plos.org/plosbiology/article?id=10.1371/journal.pbio.3003502

【お問い合わせ先】

宮城教育大学大学院教育学研究科
出口 竜作 博士
TEL:022-214-3413
e-mail:deguchi@staff.miyakyo-u.ac.jp


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