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【研究成果】二次元材料である六方晶窒化ホウ素(hBN)の生体量子センサ化に成功 – 欠陥導入と構造制御で細胞計測を実現 –

発表のポイント

◆六方晶窒化ホウ素(hBN)注1)ナノ粒子に「ホウ素空孔中心注2)」と呼ばれる欠陥を多数導入し、光で微小環境の情報を読み取れる新しい量子センサ注3)を開発しました。
◆二次元材料の脆(もろ)い性質をシリカ被覆で克服し、さらに親水性高分子で表面修飾する手法を用いて、細胞内環境で機能する量子センサ化に世界で初めて成功しました。
◆これまでナノダイヤモンドに限られていた細胞量子センシングに新たな選択肢をもたらす成果であり、細胞内微小環境の可視化を通じて生命現象の解明に寄与するとともに、がんや神経疾患の病態解明や創薬研究への応用が期待されます。
 

発表概要

 京都工芸繊維大学の下村鈴音 博士前期課程学生、外間進悟 助教らは、広島大学の中根有梨奈 博士前期課程学生(卓越大学院プログラム履修生)、杉拓磨 准教授および量子科学技術研究開発機構との共同研究により、六方晶窒化ホウ素(hBN)ナノ粒子を用いた新しい量子センサの開発に成功しました。本研究では、hBNナノ粒子内部に多数の「ホウ素空孔中心」と呼ばれる欠陥を導入し、この欠陥の持つ量子特性に基づく蛍光信号を利用することで、光を使って周囲の微小な温度変化を検出できることを実証しました。さらに、二次元材料の欠点である「構造的に脆い」という性質をシリカ(酸化ケイ素)の薄膜でコートすることにより安定化し、その上に高分枝鎖ポリグリセロールを付加する二段階の表面修飾を施すことで、粒子同士が凝集せず水中で安定に分散し、タンパク質の付着も強力に抑制できることを確認しました。この表面修飾により、生体内のような複雑な環境下でもナノ粒子が量子センサとして機能することが可能となりました。実際に、調製したhBNナノ粒子をヒト培養細胞(HeLa細胞)内に取り込ませ、細胞内部から発せられる量子特性信号を検出することにも成功しました。二次元材料であるhBNに基づく量子センサが細胞内で機能することを示したのは世界で初めてであり、細胞内部の温度分布など物理量を非侵襲的に計測する新たな手法として注目されます。本研究成果は、JST創発的研究支援事業の異なるパネルに属する研究者間の異分野融合研究であり、量子センサを用いたバイオセンシングの可能性を大きく拡げるものです。本研究成果は、2026年3月13日(日本時間)付で、ナノテクノロジー分野の国際的な学術誌『Nano Letters』(米国化学会、インパクトファクター:9.1)にオンライン掲載されました。

研究の背景

 近年、量子力学的な性質を利用して物理的・化学的な環境情報を高感度に読み取る「量子センサ」技術が注目されています。特に、細胞内の温度や磁場などをリアルタイムかつ非侵襲で計測できる次世代のバイオセンシング手法として、ダイヤモンド中の窒素-空孔中心(NVセンタ)を利用した蛍光ナノダイヤモンド(FND)が知られています。しかし、ナノダイヤモンドでは量子センサの感度向上に限界があり、また表面近傍の量子欠陥の作製や安定性にも課題が残っています。一方で、近年新たに注目されている二次元材料であるhBNの結晶中にも、NVセンタに類似した「ホウ素空孔中心」と呼ばれる量子欠陥が存在し、これが量子センサとして機能することが報告されています。hBN中のホウ素空孔中心は、ダイヤモンド中のNVセンタよりも温度変化に対する蛍光信号の変化が大きいことが知られており、また、表面に量子信号を乱すダングリングボンドが存在しないことから、微小かつ高感度なナノ温度計として有望です。しかしこれまで、hBNの量子特性に関する研究は主にバルク(ミリメートルサイズ以上)で進んでおり、細胞計測可能なナノメートル(10億分の1メートル)オーダーのhBNが量子センサとして機能するかについては不明でした。特に、ナノ粒子への高濃度の欠陥導入方法や、すぐにその構造が壊れてしまう脆いhBNを生体環境で安定化させる表面機能化手法が確立されていませんでした。

研究内容

 本研究では、hBNナノ粒子を細胞内計測に利用するため、以下の二つの課題解決に取り組みました。第一に、hBNナノ粒子に高濃度の量子欠陥(ホウ素空孔中心)を形成する手法を確立しました。具体的には、電子線照射を最適化することで、ナノ粒子中に効率良くホウ素空孔中心を作り出しました。この欠陥は光を当てると蛍光を発し、その蛍光が量子状態に応じて変化するため、周囲の温度などを計測することができます(図1a)。本研究グループはホウ素空孔中心を多数含むhBNナノ粒子に対して蛍光の共鳴信号を計測し(図1b)、温度によって信号の中心周波数が低周波数側にシフトすることを確認しました(図1c)。これにより、hBNナノ粒子がナノ温度計として機能することを実験的に証明しました。
 第二に、hBNナノ粒子を細胞内部で安定に機能させるための表面機能化技術を開発しました。hBNはそのままでは水に分散しにくく、その利用が制限されます。このような低い分散性を改善するコーティングにポリグリセロール(HPG)がよく使われますが、hBNのような二次元材料はコーティングの過程で層状構造の崩壊が起こりhBNの機能が損なわれてしまいます(図2a)。そこで本研究では、hBNナノ粒子の表面全体を厚さ数ナノメートルのシリカ(SiO₂)で均一にコーティングし、その上にHPGを結合させる新しい合成ルートを開発しました。シリカ被覆によって粒子の構造を安定化させ、さらにHPGにより水中でのコロイド安定性(分散性)を飛躍的に高めることに成功しました(図2b)。
 その結果、コーティングを施したhBNナノ粒子は培養液などの生理環境中でも凝集せず安定に存在でき、細胞内に取り込まれた後も本来の量子センサ機能を維持できるようになりました。実際に、上述の方法で作製したhBNナノ粒子をHeLa細胞へ取り込ませ、特殊な蛍光計測手法により粒子が発する蛍光信号を観察しました。その結果、細胞内においても量子センサとしての蛍光磁気共鳴信号(ODMR信号)の検出に成功し、ナノ粒子が細胞内温度の感知に機能することを初めて実証しました(図3)。
 

今後の展開

 今回開発したhBNナノ粒子による量子センサは、細胞内の温度分布や磁場などをナノスケールで計測するための新たなツールとして大きな可能性を秘めています。特に、hBNのホウ素空孔中心は温度感度が高いことが期待されるため、細胞内のごくわずかな温度変化や発熱反応を可視化することで、細胞代謝やシグナル伝達など生命現象のメカニズム解明に寄与できると期待されます。例えば、がん細胞では健常細胞と比べて代謝が活発で細胞内温度がわずかに上昇しているとの報告もあり、高感度ナノ温度計による測定はがんの診断や治療効果の評価につながる可能性があります。また、本手法は神経細胞の活動に伴う微小な発熱現象の検出や、ストレス応答における細胞内温度変化の測定など、幅広い生物医学分野への応用が見込まれます。将来的には、FNDと組み合わせて用いることで、一つの細胞内で温度と磁場など複数のパラメータを同時に計測することも可能となります。今後、センサのさらなる高感度化や、他の物理量(磁場や電場、pH、ラジカル濃度など)の同時測定への展開を図り、量子センサ技術による新しいバイオセンシング手法の確立を目指します。

発表雑誌

雑誌名:Nano Letters
論文タイトル:Defect-Activated and Surface-Modified Hexagonal Boron Nitride Nanoparticles toward Intracellular Quantum Sensing
著者:Suzune Shimomura, Yurina Nakane, Hiroshi Abe, Yusuke Miyake, Takeshi Ohshima,
Yumi Yoshida, Kohji Maeda, Takuma Sugi and Shingo Sotoma*
DOI番号:10.1021/acs.nanolett.5c05398
アブストラクトURL:https://doi.org/10.1021/acs.nanolett.5c05398
 

用語解説

注1)六方晶窒化ホウ素(hBN:hexagonal Boron Nitride)
   ホウ素(B)と窒素(N)から成る結晶で、原子が蜂の巣状に配列し積層した二次元材料です。性質は絶縁性で、グラフェンと類似した層状構造を持ち、単原子層(厚さ0.3ナノメートル程度)から成るシートとして存在します。化学的・熱的に安定で表面に余分な手がかり(ダングリングボンド)を持たないため、ナノ材料として優れた特性を示します。近年、このhBN結晶中に生じる欠陥に光学的な特性があることが分かり、量子ドットや蛍光体としての応用のほか、量子センサ材料としても注目を集めています。
注2)ホウ素空孔中心(boron vacancy, VB)
   六方晶窒化ホウ素(hBN)の結晶中でホウ素原子が欠けている箇所(空孔)です。結晶からホウ素原子が抜けると、その位置に欠陥(VB)が形成され、周囲とは異なる電子状態を示します。この欠陥は光を当てると特有の蛍光を発し、その明るさの周波数応答性が温度や磁場など周囲の環境によって変化します。すなわちホウ素空孔中心はhBN内の「発光する計測点」として機能し、ダイヤモンド中の窒素-空孔中心(NVセンタ)と同様に、量子センサのセンシング要素となるものです。より具体的には、ホウ素空孔中心は量子スピンを持ち、そのスピン状態を光学的に読み取ることで温度や磁場を検出できます。今回の研究では、このホウ素空孔中心を高密度に含むhBNナノ粒子を作製し、量子センサとしての動作を実証しました。
注3)量子センサ(Quantum sensor)
   物質が持つ原子・電子スピンなどの量子状態を利用して、周囲の環境情報を高感度に検出できるセンサです。光やマイクロ波を用いて量子状態を操作・読み取ることで、温度や磁場、電場、化学種濃度などをナノスケールで計測できます。生体への応用例として、ダイヤモンド中のNVセンタを用いた蛍光ナノダイヤモンドや、本研究で用いたhBN中のホウ素空孔中心などがあります。従来のセンサでは難しい細胞内部の計測や、極微小な物理量の変化検出を可能にする次世代計測技術として期待されています。

研究助成

 本研究は、科学技術振興機構 創発的研究支援事業(JPMJFR2428、JPMJFR214R)、日本学術振興会 科学研究費助成事業(若手研究:JP19K16089、JP21K15053; 基盤研究(A):JP24H00577; 学術変革領域研究(B):JP23H03845)、公益財団法人徳山科学技術振興財団研究助成、および公益財団法人京都技術科学センター研究助成の支援を受けて実施されました。

添付資料

図1.(a)電子線照射によるhBN内部へのホウ素空孔中心(欠陥)導入。(b)量子信号の検出。インセットは蛍光像。(c)量子信号の中心周波数の温度依存性。

図2.(a)上段は安定化を行わない従来のコーティング法、下段は本研究で開発した、シリカによる安定化を経由するHPGコーティング法。(b)生理食塩水中での分散性を評価した写真。

図3.細胞内に取り込まれたhBNの蛍光像(左)と、そこから得られた量子信号(右)。

【お問い合わせ先】

< 研究に関すること >
京都工芸繊維大学 分子化学系 助教
外間 進悟(そとま しんご)
TEL:075-724-7457
E-mail:shsotoma@kit.ac.jp

< 報道担当 >
京都工芸繊維大学 総務企画課広報係
TEL:075-724-7016
E-mail:kit-kisya@jim.kit.ac.jp

広島大学 広報室
TEL:082-424-4518
E-mail:koho@office.hiroshima-u.ac.jp

科学技術振興機構 広報課
TEL:03-5214-8404
E-mail:jstkoho@jst.go.jp

< JST事業に関すること >
科学技術振興機構 創発的研究推進部
加藤 豪(かとう ごう)
TEL:03-5214-7276
E-mail:souhatsu-inquiry@jst.go.jp
 


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