大学院先進理工系科学研究科
教授 ホフマン ホルガ
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E-mail:hofmann*hiroshima-u.ac.jp
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単一光子干渉の物理的解明は、長い間、量子重ね合わせ状態の数学的表現をそのまま物理的に解釈することで解決できると考えられてきました。この考えに従えば、単一光子は粒子として二つの光路に「同時に」存在する状況にあることを意味します。そこで我々は最近の量子測定の知見(*5)を単一光子干渉計の実験に適用しました。干渉計内部の二つの光路間での光子数の差を偏光に埋め込み、一方だけ出力した光子の偏光を測定することで、実際に伝播した二光路間での光子数差の二乗を連続量として得ることに成功しました。強め合いの干渉では二光路間の位相差に依存して光子数差が0から1未満の値を得たため、これは光子が二つの光路に広がった状況、つまり非局在を示します。また弱め合いの干渉では、位相差に依存して光子数差が1を超えて7ぐらいまで増大したため、これは一方の光路に1を超える複数の光子が局在し、もう一方の光路では負となる状況、超局在を示します。それらの境目では、光子数差が1と等しくなり、これはどちらか一方の光路に単一光子が局在した状況を示します。これらの結果から、出力確率の干渉パターンは物理的には波の干渉ではなく、超局在が非局在よりも起こりにくいという単純な理由から説明できること、また光子数差が干渉の測定に依存することから、単なる実在論の否定ではなく、測定に依存した実在論を示していることが分かりました。本研究の成果は一般の重ね合わせ状態の物理的理解に貢献するだけでなく、位相差の精密測定に応用されることが期待されています。
本研究成果はロンドン時間の2026年3月23日に学術誌「New Journal of Physics」に掲載されました。
単一光子の干渉現象は、量子力学誕生以来、現在でも論争が続いている未解明な問題の一つです。量子力学では、出力確率を計算するために、二つの光路に分かれた光子の状態を量子重ね合わせ状態として“数学的”に表現します。問題はこの状態が物理的にどんな状況なのか分からないことです。これまで遅延選択実験(*6)などの研究が行われ、近年では弱測定(*7)による実験も行われています。しかし前者は「波と粒子の二重性」や「干渉の測定と光路の測定とのトレードオフ」といった標準的なコペンハーゲン解釈(*8)の考え方を裏付ける結果となり、後者については光路情報の平均的な値を得るだけの結果となりました。さらにこの重ね合わせ状態をそのまま解釈すると、単一光子は二つの光路に同時に存在することになります。これはコペンハーゲン解釈の見解とは異なるため、他の解釈が提案されてきました。代表的な例としては、多世界解釈(*9)があります。この解釈は魅力的で多くの方から支持を集めていますが、現時点では、この状態そのものを物理的に解釈するのは難しいと考えられています。その根拠となるのが2022年のノーベル物理学賞の受賞対象となった「ベルの不等式の破れ(*10)」で、物理的実在の否定を実験で示しました。この結果は本質的には測定文脈依存性(*11)を示したものです。逆を言えば、測定を決めれば実在論として物理量の値が議論できる余地が残っているともいえる状況でした。
単一光子干渉計内部を観測することは、量子重ね合わせ状態の光子が二つの光路をどのように伝搬しているのかを探ることでもあります。このとき最も重要な情報は、二光路間での光子数差です。この値を測定するために、図1のように二光路間の位相差φを決定してから干渉の測定(出力のどちらか一方を選択)後、選択した出力ポートからの光子の偏光を測定しました。垂直偏光の光子を干渉計に入射させ、干渉をあまり壊さないように、それぞれ二光路での偏光をお互い逆方向にわずかに回転させます(+θ0と−θ0)。これは光路を表す物理量を光路1のみを通過した時の値を+1、光路2のみを通過したときの値を-1として定義した場合、値とθ0との積に対応します。光子が光路1のみを通過した場合は、出力光子の偏光回転角は+θ0、光路2のみを通過した場合は、出力光子の偏光回転角は−θ0となります。このとき二光路間での光子数差は1で偏光回転角の“大きさ”はθ0です。もし初期重ね合わせ状態が等分配で二つの光路に広がって伝播したとき、光子数差はゼロで、偏光回転角もゼロです。つまり光子数差の“大きさ”は出力された光子の偏光回転角の“大きさ”に埋め込まれています。これを取り出すために、水平偏光への変換確率を利用します。この変換確率は偏光回転角の大きさの二乗にほぼ等しいため、この確率を測定してθ02で割れば、光子数差の二乗の“大きさ”が得られます。これは干渉の測定後に干渉計内の光子の伝播の痕跡をたどることになるため、物理量の値を用いた議論が可能になります。
測定の結果、図2のように、光路1のみ、あるいは光路2のみを通過させた場合、光子数差(右の縦軸)は常に1となるのが観測されました(“光路1”と“光路2”の実験結果)。その一方、干渉させた場合は、二つの光路の位相差に依存して変化することが分かりました(“-出力”と“+出力”の実験結果)。強め合いの干渉では位相差に依存して光子数差が0から1未満の値を得ました。これは二つの光路に等分配、あるいは偏った分配で広がって伝播する非局在を示します。また弱め合いの干渉では、図3の実験結果の全体図が示すように、位相差に依存して光子数差が1を超えて最大7ぐらいまで増大しました。これは一方の光路に1を超える光子の数(例えば4)が局在し、もう一方の光路では負(例えば-3)となって伝播する超局在を示します。それらの境目では、光子数差が1となりました。これはどちらか一方の光路に単一光子が局在した状況を示します。
この実験結果は、非局在と干渉効果との間の因果関係によって説明できます。光子が物理的に非局在している場合、出力ポートは干渉効果によってどちらかに決定され、光子が高確率の出力で検出されます。しかし、入力の光路の不確定性により、たまに超局在化が生じることがありえます。光路間の光子数差のこの極端な変動こそが、光子が低確率の出力で検出される原因となります。
この結果は、光子の局在、非局在、および超局在が、どこで検出されるかによって決まることを示唆しています。これは量子力学の標準的な形式論と完全に整合しています。この形式論は、「逆因果性」に関する推測を招き、光子の検出がその過去を変えると思いがちになります。しかし光子の存在を示す他の測定記録は存在しないため、光子の過去については何も主張できません。したがって我々の結果は過去を変えたことにはなりません。
今回の結果は、一般の重ね合わせ状態の物理的理解に大きく貢献し、あらゆる量子現象の理解へのヒントになると期待されます。また光子数差が大きいと位相の測定感度が向上することから、位相差の精密測定への応用も期待されています。
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 ERATO 竹内超量子もつれプロジェクト(JPMJER2402)、次世代研究者挑戦的研究プログラム JPMJSP2132の支援をうけました。
・掲載雑誌:New Journal of Physics
・論文題目:Experimental evidence for the physical delocalization of individual photons in an interferometer
・著者:福田竜也、飯沼昌隆、松本侑斗、*ホフマン ホルガ(*責任著者)
・DOI: 10.1088/1367-2630/ae51b7
図1:光干渉計内の光子数差の測定セットアップ概念図
図2:実験結果(表示“光路1”,“光路2”は、光路1のみ、光路2のみを通過させたときの実験結果、”-出力“と”+出力“は干渉させたときの実験結果を示す。)
図3:実験結果の全体図(図2の全体図)
*1 単一光子干渉: 光子とは、電子やクォークと同様に素粒子の一つである。光のエネルギーの最小単位が光子であり、それ以上分割できないとされる。光子が単体で干渉のような現象を引き起こすことを単一光子干渉と呼ぶ。干渉は波特有の現象で二光路への分岐を必要とするため、光子は当初、干渉効果を起こさないと思われていた。
*2 量子重ね合わせ状態:量子力学の最も根幹の一つであり、確率を計算するために“数学的”に導入された概念。実際の物理的な状況との関係は現時点では不明である。シュレディンガーが猫を例にあげて強く批判したことでも有名である。
*3 偏光:古典電磁気学では、光は進行方向に対し垂直方向に振動する横波として理解されており、振動方向がある特定の方向に偏っている状態を偏光状態と呼ぶ。ここでは振動方向が一直線に限定される直線偏光のみを扱う。偏光は直交する二成分で表現可能で、それらは独立である。理想的な偏光板では一方が通過する場合、もう一方は完全に遮断される。
*4 実在論の否定:ここでの実在論とは、物理量の値が測定と関係なく定まることを意味する。量子力学では物理量は定義できるが値が確定しない場合がありうる。
*5 最近の量子測定の知見:近年、量子測定は物理量の値を得る方法としての側面が活発に議論されている。本研究は、共同著者のホフマンの量子測定法(フィードバック補償法)に基づいている。
*6 遅延選択実験: 1978年にホイーラーによって提唱された思考実験。光子が測定によって粒子にも波にもなるという考え方から、光子が放出された後に測定方法を変えるとどうなるかを問うた。現在までさまざまなバージョンでいろいろなタイプの実験が行われている。
*7 弱測定: 1998年にアハロノフらが提唱した物理量の値(弱値)を測定するための量子測定で、計測を主とする量子測定の中で、値を得る方法として最初に確立した量子測定である。ただし弱値は数学的に定義されているため、弱値がどんな物理的意味を示すのか、問題となっていた。
*8 コペンハーゲン解釈:標準的な量子力学の解釈で、時間発展はシュレディンガー方程式に従い、検出確率はボルンの確率解釈を用いた解釈のこと。名称はコペンハーゲンにあるボーア研究所に由来する。
*9 多世界解釈:エヴェレットが提唱した解釈で、シュレディンガー方程式から予測される重ね合わせ状態の各状態はすべて実在し、測定のたびに世界が分岐すると考える決定論に基づいた解釈のこと。
*10 ベルの不等式の破れ:量子力学での局所性と実在性を同時にテストするために1964年にベルによって導入された不等式のこと。ベルの不等式の破れが実験で実証されたことにより、量子力学での局所かつ実在論が成り立たないことが示された。
*11 測定文脈依存性:測定に応じて対象の物理量の値が変化する性質のこと。逆を言えば測定が無い場合は値が定まらないため、実在論の否定を説明する性質でもある。
大学院先進理工系科学研究科
教授 ホフマン ホルガ
Tel:082-424-7652 Fax:082-424-7000
E-mail:hofmann*hiroshima-u.ac.jp
(*は半角@に置き換えてください)
掲載日 : 2026年04月07日
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