【研究に関するお問い合わせ先】
広島大学大学院 医系科学研究科 公衆衛生学
准教授 田原 優
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・妊娠期鉄欠乏モデルマウスにおいて、鉄の摂取時間帯によって効果が大きく異なることを発見した。
・活動期始め(朝)の鉄摂取は、活動期終わり(夕方)と比べ、胎盤への鉄輸送が増え、鉄欠乏による胎生致死の減少、胎児の体重増加をもたらした。
・胎盤の概日時計が鉄欠乏状態で変化し、鉄の輸送に関わる遺伝子の発現が概日時計により制御されていることが分かった。
広島大学大学院医系科学研究科博士課程後期の李楠大学院生、田原優准教授、中国労災病院(広島県呉市)の藤原久也労災疾病研究室室長らの研究グループは、妊娠期鉄欠乏モデルマウスを用いた実験により、鉄の摂取タイミングによる効果の違いを発見しました。
妊娠期の鉄欠乏性貧血は、母体のみならず胎児の発育にも重大な影響を及ぼす重要な健康課題です。本研究では、概日時計に基づく「時間栄養学」の観点から、鉄摂取のタイミングが妊娠期の鉄代謝および胎児発育に与える影響を明らかにすることを目的としました。
その結果、活動期始め(朝)の鉄摂取は、母体の体重増加の改善に加え、胎児死亡率の低下、胎児体重の増加、胎盤における鉄貯蔵量の増加をもたらしました。また、胎盤における鉄輸送関連遺伝子の発現も有意に上昇していました。さらに、鉄欠乏条件下では胎盤および胎児の鉄代謝に日内リズムが出現し、そのピークが活動期始めに一致することが明らかとなりました。加えて、時計遺伝子変異マウスではこれらのリズムが消失したことから、胎盤の概日時計が鉄輸送の時間依存性を制御している可能性が示唆されました。
以上より、妊娠期における鉄摂取は、活動期始めに行うことで胎児への鉄供給および発育に有利に働くことが示されました。
本研究は、サプリメントを含む栄養素摂取の最適なタイミングを提案する時間栄養学の新たな知見を提供するものです。今後はヒトを対象とした臨床研究により本知見の検証を進めるとともに、高用量鉄製剤の投与タイミングや非妊娠時の貧血への応用についても検討する必要があると考えています。
女性の貧血、特に妊娠期の貧血は世界的な健康課題です。WHO(世界保健機構)によると、世界の妊娠女性の約36%が貧血状態であると報告されています(2019年の調査結果)。妊娠時貧血の主な原因は鉄欠乏性貧血です。日本人の食事摂取基準(2025年版、厚生労働省)によると、20-30代の女性の鉄摂取推奨量は1日10-10.5mg、妊娠中期・後期では1日14.5mgとされています。
しかし、国民健康栄養調査によると、20-30代の日本人女性の鉄摂取量は1日平均6-7mg程度であり、多くの人が推奨量には達していないのが現状です。
妊娠期の鉄欠乏性貧血は、母体の体調低下だけでなく、早産、低出生体重児、脳発達遅延等のリスクとなります。私たちの体の中では、鉄の量は厳密に管理されており、特に鉄が腸管から吸収された後は、肝臓からのヘプシジン分泌による腸管の鉄吸収抑制が起こります。よって、鉄製剤の投与は、1日2回よりも1日1回の方が、効率が良いのではという報告がありました。一方で、ヘプシジンや、腸管での吸収、肝臓での鉄貯蔵に関わる遺伝子には日内リズムが報告されていました。
よって本研究では、効果的な鉄の摂取タイミングが存在すると仮定し、妊娠期鉄欠乏モデルマウスを用いた鉄の摂取タイミングとその効果の検討を行うことにしました。
本研究では、鉄欠乏餌で飼育した妊娠マウスに対し、硫酸第一鉄(1mg/kg/day)を妊娠7日目〜15日目まで、活動期始め(暗期開始のタイミングを”朝”と定義)、または活動期終わり(明期開始のタイミングを”夕方”と定義)に摂取させました。その間、母体の体重増加を記録すると共に、妊娠17日目の母体、胎児の生化学的なデータを取得しました。その結果、鉄欠乏により低下した母体の体重は、活動期始めの鉄摂取でのみ有意に改善しました(鉄欠乏: 平均46.6g; 朝摂取: 平均51.1g; 夕摂取: 平均48.9g)。また、活動期始めの鉄摂取は、活動期終わりの摂取と比較し、胎児の死産が減少し(鉄欠乏: 7/95匹; 朝摂取:0/106匹; 夕摂取: 2/105匹)、胎児の平均体重の増加(鉄欠乏: 0.77g; 朝摂取: 0.99g; 夕摂取: 0.89g)、胎盤におけるフェリチン(鉄貯蔵量の指標)の増加(鉄欠乏: 132.3μg/ml; 朝摂取: 186.2μg/ml; 夕摂取: 145.7μg/ml)が見られました。また、胎盤における鉄輸送関連遺伝子(Tfr, Fpn1, Irp2)の発現も、活動期始めの鉄摂取で有意に高いことが分かりました。よって、鉄欠乏性の妊娠時貧血モデルマウスにおいて、活動期始めの鉄摂取が、活動期終わりの鉄摂取よりも、胎児への鉄輸送や発達に効果的に作用することが分かりました。
次に腸内細菌叢について比較検討したところ、活動期終わりの鉄摂取は、腸内環境の乱れや炎症と関連が報告されているProteobacteria門の増加をもたらすことが分かりました。さらに、鉄欠乏により、胎盤、胎児における鉄、フェリチン量、胎盤における鉄代謝関連遺伝子発現に新たな日内リズムが出現することが分かりました。特に、胎盤、胎児における鉄、フェリチン量、胎盤のIrp2, Tfr等の発現リズムは、活動期始めに高いピークを示しました。また、主要な時計遺伝子であるClockの変異マウスを用いて、妊娠時の胎盤における遺伝子発現を調べた結果、時計遺伝子や、Irp2,Tfrの発現の日内リズムが消失することも分かりました。よって、胎盤における概日時計が胎児への鉄輸送の日内リズムを作り出している可能性が示唆されました。
私たちが妊婦を対象に行った調査研究では、約半数の妊婦が鉄を含むサプリメントを摂取しており、そのうち朝に摂取する方、夕方に摂取する方は、それぞれ半々に分かれていました。本研究結果は、妊娠期に夕方よりも朝に鉄サプリメントを摂取した方が効果的であることを、動物実験により示したものです。今後は、人を対象とした臨床研究にて今回の結果を検証する必要があります。
本研究結果は、時間栄養学として、サプリメントの効果的な摂取タイミングを提案するものです。時間栄養学とは、体内時計研究をベースにした食・栄養のタイミングを考える新しい研究分野です。サプリメントを摂取する多くの一般の方が、その効果的な摂取タイミングに関心を寄せているのも事実であり、今後も様々な栄養素、機能性食品成分について、効果的な摂取タイミングを提案していきたいと考えています。
本研究は、比較的低容量の鉄摂取(サプリメントと同程度)による、妊娠時貧血モデルマウスへの投与タイミングの影響を調べた結果です。
一方で、実際の臨床現場では、重度な貧血を伴う妊婦に対し、高用量の鉄製剤を処方することが多いです。臨床現場では、朝の鉄製剤摂取は、日中の吐き気などの副作用により敬遠されることも多いです。よって、今後の研究では、高用量の鉄摂取において、消化管での炎症等にも着目しながら、効果的な処方タイミングを検討していく必要があります。また、今回は妊娠かつ胎盤に着目した研究でしたが、非妊娠時における貧血への対応についても時間栄養学的な研究を今後行う必要があります。
論文題目:Time-of-day difference in iron supplementation in iron-deficient pregnant model mice
著者名:Nan Li, Yuhan He, Yuanyuan Lu, Kyoko Hara, Yusei Kobayashi, Tatsuhiko Kubo, Shigenobu Shibata, Hisaya Fujiwara, Yu Tahara*(*責任著者)
掲載誌:npj Science of Food
掲載日:2026年4月24日
DOI:10.1038/s41538-026-00860-1
URL:https://www.nature.com/articles/s41538-026-00860-1
本研究は、独立行政法人労働者健康安全機構(労災疾病等医学研究・開発、普及事業、JPJOHAS2023O104−02、研究代表者:藤原久也)、国立研究開発法人科学技術振興機構(創発的研究支援事業、JPMJFR205G、研究代表者:田原優)(科学技術イノベーション創出に向けた大学フェローシップ創設事業、JPMJFS2129、研究代表者:李楠)、独立行政法人日本学術振興会(地域中核・特色ある研究大学強化促進事業、JPJS00420230011)による助成を受けて実施されました。
・概日時計・・・約24時間周期を刻む生体内の時計を概日時計(がいじつどけい)、または体内時計と呼びます。概日時計は、時計遺伝子により制御されており、生体内の様々な生理現象に日内リズムを作り出しています。
・活動期始め(朝)、終わり(夕方)・・・夜行性のマウス、昼行性の人において、時計遺伝子の日内リズムを考慮した結果、夜行性でも昼行性でも、活動期の始めが「朝」、活動期の終わりが「夕方」であると定義できます。本研究結果も、マウスにおける朝の鉄摂取効果は、人における朝の鉄摂取による効果と同様であろうと推察できます。一方で、人で実際に同じことが起こるかどうかは、今後検証する必要があります。
・Tfr・・・トランスフェリン受容体。血液中の鉄輸送タンパク質と結合し、背細胞内に鉄を取り込む膜タンパク質。
・Fpn1・・フェロポーチン1。細胞内の鉄を外に輸送する膜タンパク質。
・Irp2・・・鉄制御タンパク質。鉄イオン濃度を感知し、鉄代謝・輸送関連遺伝子を制御している。
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掲載日 : 2026年05月26日
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