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【研究成果】セイヨウミツバチの成長を促す遺伝子の発現を調節する仕組みを発見 ― 幼虫から蛹への変態で働く“DNA上のスイッチ”を特定 ―

本研究成果のポイント

  • セイヨウミツバチの成長を促す「遺伝子のスイッチ」を多数発見:遺伝子発現の開始地点を解析するCAGE(Cap Analysis of Gene Expression)法1を適用し、セイヨウミツバチの変態期(幼虫〜蛹)で働く842個のエンハンサー2候補と17,349個の転写開始点(TSS)を明らかにしました。
  • 変態に重要な鍵遺伝子を動かす仕組みを解明: tramtrack (ttk)という転写因子が、昆虫の変態に不可欠なBroad-complex (Br-c) などの遺伝子を制御している可能性を突き止めました。
  • ミツバチ属特有の遺伝子調節メカニズムを示唆:ttkの結合配列を比較した結果、この仕組みはミツバチ属(Apis属)に限定的である可能性があることがわかりました。

概要

 広島大学大学院統合生命科学研究科の栂浩平研究員と坊農秀雅教授らの研究グループは、セイヨウミツバチ Apis melliferaの働きバチが幼虫から蛹へと成長する「変態」の過程で働く、遺伝子の調節領域「活性化エンハンサー」を特定しました。
 セイヨウミツバチの巣内には、子どもを産む女王バチと、巣作りや子育てを担う働きバチというカーストが存在します。これらは、同じ遺伝子情報を持つ幼虫が、育つ環境に応じて役割が分化します。このような違いを生み出すには、必要な遺伝子を適切なタイミングで働かせる仕組みが不可欠です。その仕組みのひとつが「エンハンサー」です。エンハンサーは、どの遺伝子を、いつ、どれくらい働かせるかを調節するスイッチのような役割を持っています。しかし、セイヨウミツバチではこれまでその多くは、配列からの予測にとどまっており、実際にどのように働いているかはよくわかっていませんでした。
 研究チームは、「CAGE法」という解析技術を用いて、セイヨウミツバチの働きバチの変態時期に活性化している、エンハンサーを網羅的に調査しました。その結果、昆虫の変態に重要な遺伝子を制御するエンハンサーやそこに結合する転写因子の特定に成功しました。

論文情報

雑誌名:Insects
タイトル:Genome-Wide Identification of Transcriptional Start Sites and Candidate Enhancers Regulating Worker Metamorphosis in Apis mellifera
著者:Kouhei Toga, Kakeru Yokoi and Hidemasa Bono,*
DOI:https://doi.org/10.3390/insects17050516
 

背景

 セイヨウミツバチに見られるような高度な社会性の進化には、遺伝子発現のネットワークを柔軟に調節する必要があると理論的に予測されていました。実際に、セイヨウミツバチを含むハナバチ類のゲノム解読が進められてきた結果、エンハンサーに結合する転写因子結合部位の数と社会性の複雑さ(単独性から高度な社会性まで)には相関があることがわかりました。しかし、実際にどのタイミングでどのエンハンサーが作用しているのかに関する定量的な活性の証拠は不足しています。エンハンサーの活性を明らかにする手法はいくつか存在しますが、セイヨウミツバチにおいてCAGE法でエンハンサー活性を捉えることはこれまで行われていませんでした。
 そこで研究チームは働きバチの変態過程に注目し、CAGE法によるエンハンサー活性の計測を試みました。変態過程では、幼虫型から成虫型へと器官が再構築され、遺伝子発現の調節も活発に起こるからです。そのため、幼虫から成虫への変態する過程はセイヨウミツバチの転写調節研究の絶好のモデルと考えられます。CAGE法は転写開始点を定量的に測定できるため、エンハンサーが制御する遺伝子発現の予測も可能です。
 本研究では、この手法を用いて幼虫から蛹に至る連続的な発生段階を制御するエンハンサー活性と遺伝子発現の関係を可視化することを目指しました。

研究成果の内容

  1. 働きバチの変態期の転写活性の全貌の把握
     幼虫(9日目・11日目)、前蛹(15日目)、蛹(19日目・21日目)の各段階でCAGEを実施し、17,349個の転写開始点と842個のエンハンサー候補を同定しました。エンハンサーの多くは遺伝子内のイントロン領域に存在しており、組織特異的な発現に寄与していることが示唆されます。
  2. 変態に関連した遺伝子発現変化の捕捉
     CAGEデータから得られた発現プロファイルをクラスタリングしたところ、5つの発現パターンのクラスターが得られました。各クラスターには、クチクラの発達、脂質代謝、神経伝達、筋肉の発達や低分子代謝(グルコース代謝など)といった変態と関連することが予想される遺伝子が発現変化していることがわかりました。加えて、これまで昆虫の変態過程で発現することがよく知られているBroad-complex (Br-c)4E93も、本研究で発現変化していることも確認できました。これらのことは、得られたCAGEデータが働きバチの変態過程を反映していることを示しており、本手法の妥当性を裏付けています。
  3. 転写因子tramtrack(ttk)が制御する遺伝子の特定
     上記で明らかになった遺伝子の周辺領域に存在するエンハンサーとその活性、およびエンハンサーに結合する転写因子結合配列3の種類を調べました。その結果、エンハンサー・転写因子・標的遺伝子の対応関係を15セット予測できました。中でも転写因子ttkは、変態の鍵となる遺伝子Br-cのエンハンサーに結合し、その発現を調節している可能性を見出しました(図1)。
  4. 系統特異的な進化の証拠
     同定されたttk結合部位の塩基配列を他のハチ類と比較したところ、セイヨウミツバチが属するミツバチ属(Apis属)内のみで、ttkの結合部位が保存されていました(図1)。これは、ミツバチが独自の変態制御メカニズムを発達させてきた可能性を示していますが、今後は実験的な裏付けが必要になります。

今後の展開

 本研究で特定されたエンハンサー領域や遺伝子の機能を実験的に検証することで、働きバチの成長を制御する遺伝子発現調節の全体像が明らかになります。応用面では、ゲノム編集技術によってこれらのエンハンサーを標的に塩基配列の改変することで、養蜂業上有用な形質の付与につながる可能性があります。働きバチは生態系において花粉を媒介し、イチゴを初めとした受粉が必須である農産物の生産や生物多様性の維持に不可欠な存在であることから、本研究の社会的意義は大きいと言えます。

参考資料

図1. tramtrack (ttk) 結合部位を含むエンハンサー領域。CAGE法では、方向性の異なるRNAを検出でき、エンハンサー領域は、双方向に転写されるRNAが数百塩基対以上離れた位置に存在する領域として定量的に特定可能である。すべてのパネルにおいて、赤色(赤矢印)および青色のピーク(青矢印)は、それぞれ負鎖(negative strand)および正鎖(positive strand)上のシグナルを示している。緑色のボックスは、予測されたttk結合部位(キイロショウジョウバエのモチーフに由来)を示している。遺伝子モデルは青色で示されている。他のハチ種における対応するエンハンサー領域は、各パネルの下部に表示されている。小文字の塩基配列は、ゲノム中のリピート領域を表している。縦軸は、CAGE法により算出された転写開始点のカウントデータを表している。(A) Br-cの遺伝子構造と転写開始点。矢じりと矢印は各転写開始点を示している。赤色のボックスは本研究で同定されたエンハンサー領域を表しており、領域BおよびCはパネル(B, C)で拡大されている。(B) Br-c内のイントロン性エンハンサー領域(パネル(A)の領域Bの拡大図)。(C) Br-c内の追加のイントロン性エンハンサー領域(パネル(A)の領域Cの拡大図)。図はToga et al. (2025) Insects, https://doi.org/10.3390/insects17050516 の図をCC BY 4.0ライセンスに基づき一部改変して作成。

用語解説

  1. エンハンサー:遺伝子の発現量を増大させる機能を持つゲノム領域。
  2. CAGE法 (Cap Analysis of Gene Expression):RNAの5′末端(キャップ構造)を選択的に捕捉して配列を読む手法。転写されたRNAにはキャップ構造という目印がついており、遺伝子の転写開始点だけでなく、エンハンサーから転写される微量なRNA(エンハンサーRNA)にも見られる構造。
  3. 転写因子結合配列:エンハンサー領域には転写因子と呼ばれるタンパク質が結合することで、周辺にある遺伝子の発現量や発現する組織を調節する。どの転写因子が結合するかは配列の種類によって予測でき、本研究ではキイロショウジョウバエの結合配列をもとに予測した。
  4. Broad-complex (Br-c):昆虫の変態過程において幼虫から蛹への移行を制御する転写因子をコードする遺伝子。変態の進行に不可欠であることが広く知られている。
【お問い合わせ先】

大学院統合生命科学研究科 教授 坊農秀雅
Tel:082-424-4013
E-mail:bonohu*hiroshima-u.ac.jp

(*は半角@に置き換えてください)


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