広島大学大学院先進理工系科学研究科 助教 駒田夏生
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本研究成果のポイント
- 沖縄県石垣島では、イネ科の多年草であるビロードキビの確実な記録が1977年を最後に途絶していましたが、このほど47年ぶりに再発見し、形態的特徴と生育環境を記録しました。
- 今回発見されたビロードキビは、世界でも石垣島にだけ知られている地域的な品種のラシャキビでした。
- ラシャキビのような、目立たず発見が困難な希少植物は、人知れず絶滅の危機に瀕しており、保全策を構築することが急務です。今回ラシャキビが発見された海岸草原は、土地開発・改変がされやすく、そのような生態系を守ることが重要です。
概要
広島大学大学院先進理工系科学研究科 駒田夏生助教、自然環境研究センター 森脇大樹研究員らの研究グループは、ビロードキビの品種であるラシャキビを、沖縄県石垣島から約半世紀ぶりに発見しました。本種は、海岸近くに位置する貧栄養で風の強い草原を生育環境としていることを明らかにしました。
ビロードキビは、熱帯地域に広く分布し、国内では本州から南西諸島から記録されているイネ科草本です。環境省第4次レッドリストでは絶滅危惧ⅠB類に指定されおり、各都道府県版のレッドデータにおいても絶滅危惧種として指定されているなど、自生地となる草原の開発等によって、全国的に減少傾向にあると評価されています。
沖縄県の八重山諸島では、1977年を最後にビロードキビの確実な自生記録が半世紀近くも途絶していました。我々の研究チームは、八重山諸島での網羅的な草原調査を行うなかで、このほどビロードキビを47年ぶりに再発見し、その形態的特徴と生育環境を記録しました。また、近縁種との微細な外部形態の比較を行ったところ、今回石垣島で再発見されたビロードキビは、繁殖器官のひとつである小穂(しょうすい)に毛のない品種(種のレベルでは同じであるが、形態などが基準となる種と異なるもの)であるラシャキビであることが明らかになりました。
調査の結果、ラシャキビは石垣島において、海岸近くに位置し海からの強風に常に晒される貧栄養で自然度の高い草原でのみ生き残っていることが明らかになりました。こうした草原は、海からの強風に晒される特殊な環境ですが、土地開発や改変が行われやすく、草原の環境そのものが現在では極めて少なくなってしまっています。これまで半世紀近くもビロードキビや、その品種ラシャキビが石垣島で見つかっていなかった背景には、このような人為的な環境の劣化によって近年まで個体数を減らしつづけてきたことや、本種が小型で目立たず、研究者にさえも気づかれなかった事が原因ではないかと考えています。人目につきにくく発見が困難な希少植物は、人知れず絶滅の危機に瀕しており、生育環境とともに早急な保全策の構築が求められます。
今回発見されたビロードキビの品種であるラシャキビは、世界でも石垣島にだけ知られている地域的な品種であり、保全的価値が高いと考えています。石垣島を含む琉球列島は、最終氷期以降、大陸と陸続きになっていないことから、動植物の固有種率が高く、そのことが評価されて世界自然遺産に登録されている地域もあります。石垣島のビロードキビが、国内外の他産地のビロードキビと形態的に異なり、ラシャキビとして区別できるという事実は、石垣島のビロードキビ個体群が遺伝的な固有性をもつ可能性を示唆するものです。
上記の成果は、日本の植物学を大いに発展させた牧野富太郎博士が設立した雑誌である植物研究雑誌( The Journal of Japanese Botany )に、2025年4月20付けで掲載されました。
発表論文
- 掲載雑誌:植物研究雑誌( The Journal of Japanese Botany ) 100: (2) 153―156
- 論文タイトル:
沖縄県石垣島におけるビロードキビの一品種ラシャキビの再発見 - 著者名:
森脇大樹¹*、中島一豪²、岡野武琉³、仲摩駿佑³、駒田夏生⁴、武生雅明⁵
1 一般財団法人自然環境研究センター
2 中央大学理工学研究所
3 東京農業大学地域環境科学部
4 広島大学大学院先進理工系科学研究科
*責任著者
背景
草原環境は、生物多様性の保全にとって重要な生態系であるにもかかわらず、開発にさらされ易く、全国的に急速に失われつつあります。石垣島は地形がなだらかで、かつては草原が全島的に広がっていましたが、現在ではその大半が失われました。沖縄県のレッドデータブックによると、石垣島には草原性の絶滅危惧植物が20種類以上分布しているとされています。しかし、近年その生育状況は十分に把握されておらず、保全策を考えるうえで必要な基礎的なデータの蓄積が進んでいません。
そこで、我々の研究チームは石垣島全島の草原を対象に、どこにどのような植物種が分布しているのか、把握するための網羅的な植物調査を開始しました。
研究成果の内容
我々の研究チームは1年間で約80か所の草原で調査を行い、草原ごとに植物種のリストを作成し、標本採取に基づく分布地点情報の収集をしています。この調査の過程で、今回約半世紀ぶりにビロードキビの自生を確認することができました。ビロードキビの生育環境は、海岸近くに位置する自然度の高い貧栄養な草原であり、海からの強風に晒される特殊な立地でした。この発見は、石垣島に残存している草原が保全上重要であることを示しています。また、今回発見されたビロードキビは世界でも石垣島だけに知られているイネ科の花に当たる器官、小穂(しょうすい)が無毛であることから、世界でも石垣島だけに知られている品種のラシャキビであることも明らかになりました。琉球列島は最終氷期以降、大陸と陸続きになっていないことから、動植物の固有種率が高いことが知られており、そのことが評価されて沖縄本島の北部、やんばるを始めとして、世界自然遺産に登録されている地域もあります。
石垣島のビロードキビが九州以北のビロードキビと形態的に異なり、品種ラシャキビとして区別できることは、石垣島のビロードキビ個体群が遺伝的な固有性をもつ可能性を示唆するもので、生物地理学的な観点からも重要であると考えられます。
今後の展開
八重山諸島では、多くの希少な草原性植物が自生している一方で、それらの生育地は急速に減少しており、現在の生育状況が不明な種も数多く存在します。今回ビロードキビが確認された自然草原をはじめ、牧草地、放牧地、水田畔など多様な環境での調査を継続することで、希少植物がどこでどのように生息しているかを明らかにしていきたいと考えています。これらの知見を地道に蓄積することは、人里近くに生育する希少植物の有効な保全方法を検討するための礎となるだけでなく、人間の生業と生物多様性保全を両立させ、人と自然との共生を目指すうえで重要な手がかりとなると考えています。
参考資料

図1 ラシャキビが発見された海岸草原

図2 発見されたラシャキビ

図3 今回発見されたラシャキビの細密画