広島大学大学院医系科学研究科 教授 長瀬 健一
Tel:082-257-5323
E-mail:nagase*hiroshima-u.ac.jp
(*は半角@に置き換えてください)
本研究成果のポイント
- 再生医療の世界で使用されている「間葉系幹細胞シート」の治療効果を高めることに成功しました。
- 将来的に、現在は治療が難しい疾患にも効果を発揮する可能性があります。
概要
広島大学大学院医系科学研究科の長瀬健一 教授は、東京女子医科大学 先端生命医科学研究所の高橋宏信 講師、University of Utah, Department of Biomedical Engineering/ Department of Molecular Pharmaceutics のDavid W. Grainger教授と共に、治療効果のあるタンパク質を多量に分泌する間葉系幹細胞シートの作製に成功しました。
間葉系幹細胞という細胞を患部に移植する治療方法が、難治性疾患に対する治療として注目を集めています。特に間葉系幹細胞をシート状にしたものを移植することで、移植部位に効果的に治療効果の高いタンパク質を分泌し、治療を行う治療法が効果的な治療法として研究されています。
本研究では、幹細胞を配向化させた細胞シートを作製することで、治療効果の高いタンパク質を多く分泌させることに成功しました。
本研究成果はElsevierより出版されている「Materials Today Bio」に2025年3月10日に掲載されました。
また、本研究は広島大学から論文掲載料の助成を受けています。
Kenichi Nagase*, Hasumi Kuramochi, David W. Grainger, Hironobu Takahashi* (*責任著者)
Functional aligned mesenchymal stem cell sheets fabricated using micropatterned thermo-responsive cell culture surfaces
Materials Today Bio, 32, 101657, 2025
DOI: 10.1016/j.mtbio.2025.101657
背景
近年研究が進んでいる先進医療の一つとして、間葉系幹細胞を使用した再生医療があります。間葉系幹細胞 (Mesenchymal Stem Cell: MSC)とは、骨髄や脂肪組織、臍帯(へその緒)等に含まれる細胞で、サイトカインと呼ばれる治療に有効なタンパク質を多量に分泌するため、様々な難治性疾患に対して治療効果のある幹細胞として再生医療で用いられています。
近年では、この間葉系幹細胞をシート状にして疾患部位に移植することで、効果的に治療を行う方法として様々な研究が行われています。シート状にした間葉系幹細胞は、患部にそのまま貼り付けることができるため定着しやすいことや、点滴での投与よりも確実に患部に届けられるというメリットがあり、「貼る再生医療」として注目を集めています(図1)。私たちは、この間葉系幹細胞シートの治療効果をより高めるために、間葉系幹細胞シートを作製する培養皿の改良に着目しました。過去の研究により、間葉系幹細胞をシート状にする際、細胞の接着形態(細胞の並び方)により機能が変化する事が示されています。私たちは、細胞を一方向に伸びた状態で細胞シートを作製することで、機能が向上する可能性があるという仮説を立てました。

図1 細胞シートと再生医療
研究成果の内容
細胞シートを作製する温度応答性培養皿は、37℃で細胞を播種すると細胞が接着・増殖し、20℃に下げると細胞は脱離し、細胞シートとして回収することができます。
本研究では、温度応答性培養皿に親水性高分子のアクリルアミドを光重合により、ストライプ状に修飾することで、細胞が接着しやすい部分と細胞が接着しにくい部分が交互に並ぶ温度応答性培養皿を開発しました(図2)。

図2 パターン化温度応答性培養皿の作製
作製した培養皿に間葉系幹細胞を播種したところ、間葉系幹細胞が一方向に伸展した状態で接着した配向化細胞シートが作製できました(図3)。

図3 パターン化温度応答性培養皿の作製
また、作製した配向化細胞シートから分泌したサイトカイン量を測定したところ、通常の間葉系幹細胞シートと比較して、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、肝細胞増殖因子(HGF)、形質転換増殖因子β(TGF-β)などの治療に有効なサイトカインを多く分泌していることがわかりました(図4)。

図4 配向化間葉系幹細胞シートと通常の間葉系幹細胞シートのサイトカイン分泌量
これらの結果より、本研究で開発した温度応答性培養皿を用いて作製した間葉系幹細胞シートは、多量のサイトカインを分泌するため、再生医療での効果的な治療が期待できます。
今後の展開
今回の研究により、間葉系幹細胞を配向化させて細胞シートにすることで、治療効果の高いサイトカインを多く分泌することがわかりました。これにより、配向化間葉系幹細胞シートを用いた様々な疾病に対する再生医療が期待できます。