<研究に関すること>
広島大学 大学院医系科学研究科 小児科学 教授 岡田 賢
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免疫の病気「高IgE症候群」の原因となる新しい遺伝子変異を日本で初めて発見しました。また、病気のタイプを予測できる手がかりや、早く診断できる方法も見つけ、今後の治療に役立つことが期待されています。
岡田賢(広島大学大学院医系科学研究科小児科学教授)、芦原康介(同大学院生)らの研究グループは、今井耕輔(防衛医科大学校小児科学 教授)らの研究グループと共に東アジアで初となるAD GP130(注1)異常症の2家系を同定しました。更に、St. Giles Laboratory of Human Genetics of Infectious Diseases(ロックフェラー大学、ニューヨーク)などとの共同研究により、本症例の解析と共に、IL6ST遺伝子変異の位置のみで遺伝形式を予測する方法や、高IgE症候群(HIES)(注2)症状を持つ患者の迅速な診断方法の確立に成功しました。
HIESは、重いアトピー性皮膚炎や繰り返す感染症、血液中のIgEという物質の異常な増加が特徴の病気です。
今回見つかったのは、IL6ST(注1)という遺伝子の変異で、この遺伝子は免疫の働きに重要な「GP130」というタンパク質を作る役割があります。新たに見つかった変異によってGP130の働きがうまくいかなくなり、免疫の異常が起こることがわかりました。
さらに、変異がどの場所にあるかによって、親からの遺伝のされ方を予測できる可能性も見つかりました。また、患者の血液細胞を使って、病気を早く見つける新しい診断方法も開発されました。
この研究は、HIESの早期発見と治療に役立つだけでなく、他の免疫の病気の理解にもつながると期待されています。
本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業『原発性免疫不全症の診断率向上に向けたCD45陽性細胞を用いたマルチオミックス解析の開発』『網羅的ゲノム解析のデータ二次利用に基づく原発性免疫不全症の広域診断体制構築に直結するエビデンス創出研究』のサポートを受けて実施しました。
本研究成果は、7年6月18日(水)に「JCI Insight」で公開されました。
また、本研究成果は広島大学から論文掲載料の助成を受けています。
〈発表論文〉
論文タイトル Fine mapping of heterozygous IL6ST nonsense variants underlying autosomal dominant hyper-IgE syndrome
著者 Kosuke Ashihara, Takaki Asano, Kanako Takeuchi, Kosuke Noma, Miyuki Tsumura, Wenjie Wang, Wei-Te Lei, Hisao Higo, Toshio Kubo, Yoko Mizoguchi, Shuhei Karakawa, Aurélie Cobat, Clément Conil, Etsushi Toyofuku, Akimasa Sekine, Kohsuke Imai, Dusan Bogunovic, Jean Laurent Casanova, Cheng-Lung Ku, Vivien Béziat, and Satoshi Okada*
*Corresponding Author(責任著者)
掲載雑誌 JCI Insight
DOI番号 https://doi.org/10.1172/jci.insight.190065
高IgE症候群(HIES)は新生児期から出現するアトピー性皮膚炎、黄色ブドウ球菌などの細胞外寄生菌による反復感染症、血液中のIgE高値の3主徴を特徴とする先天性免疫異常症です。その他、真菌(カビ)感染症等さまざまな感染症や、頭蓋骨縫合早期癒合症、特徴的な顔貌、成人になっても残る乳歯、側弯症、易骨折性といった骨関連疾患も呈します。原因遺伝子としてSTAT3遺伝子が報告されていましたが、近年、IL6ST遺伝子も原因遺伝子として報告されました。
IL6ST遺伝子はIL-6ファミリーサイトカイン(注3)の受容体の構成タンパク質であるGP130をコードします。1つのサイトカイン受容体複合体は、GP130と、それぞれのサイトカインに特異的な受容体(例:IL-6ならIL-6受容体)、およびサイトカインそのものから構成されます。これらが複合体を形成し、細胞内へ取り込まれることでシグナル伝達が開始されます(図1)。IL-6をはじめとするIL-6ファミリーサイトカインは10種類以上存在し、それぞれが多様な遺伝子の発現に関与します。
GP130タンパク質は、細胞外ドメイン、膜貫通ドメイン、細胞内ドメインの3領域から構成されます(図2)。これまでの報告によると、ARのIL6ST遺伝子変異は主に細胞外ドメインに、ADの変異は細胞内ドメインに集中することが示されています(図2)。さらに、報告されているすべてのAD IL6ST変異は、早期終始コドン(注4)を導入する変異であり、これによって生じるGP130変異タンパク質は、強い優性阻害(DN)効果(注5)を持つことが確認されています。この変異型タンパク質は細胞内への取り込みができず、細胞表面に異常に蓄積することも報告されています(図2)。
幼少期からの重症アトピー性皮膚炎、繰り返す感染症、血液中のIgE高値を認めた30代の2症例に対し、全エクソーム解析(注6)を行った結果、それぞれ以下のIL6ST遺伝子の新規変異を同定しました。
・IL6ST: c.2105delA(p.K702Sfs*7)
・IL6ST: c.2276-2285delATTCTACCGT(p.Y759Wfs*26)
いずれの変異もGP130タンパクの細胞内ドメインに位置し、機能解析の結果、いずれも強いDN効果およびGP130の細胞表面への蓄積が確認されました(図3)。患者の末梢血細胞でも同様の以上が認められ、加えて、両例とも父親にも類似の臨床症状が見られたことから、AD GP130異常症と診断しました。
次にAR IL6ST変異とAD IL6ST変異の境界領域を明らかにするため、該当領域に早期終始コドンを挿入した複数の変異体を作製し解析を行いました。その結果、アミノ酸640番および641番がAD型とAR型の機能的境界にあたる可能性が示され、この境界を境にDN効果の増強およびGP130の細胞表面蓄積が顕著に見られました(図4)。この結果から、今後新たにIL6ST変異が見つかった際には、変位位置がアミノ酸640番より上流(細胞外ドメイン側)ならAR型、下流(細胞内ドメイン側)ならAD型であると予測できる可能性が示唆されます。さらに、GP130の細胞表面蓄積とDN効果に相関関係があることが明らかになったことから、将来的には遺伝子検査を待たずに、患者の末梢血細胞を用いた機能解析のみでAD GP130異常症を診断できる可能性もあります(図4)。
本研究で解析を行った症例は、報告数の少ないAD GP130異常症と臨床的・分子生物学的所見の両面で一致しており、本疾患の概念確立に貢献する発見となりました。さらに、本研究の成果は、GP130異常症の迅速な診断法の確立に寄与するものであり、これにより早期診断と適切な治療介入へと繋がることが期待されます。
<図1> GP130を介したシグナル伝達の模式図
IL-6の場合、GP130(緑)が2個、IL-6Rα(青)が2個、IL-6(灰)が2個で6量体を形成し、細胞外から細胞内へ連絡します。そこから複数のシグナル伝達タンパク質を介して核内へシグナル伝達が行われ、標的となる遺伝子の発現が行われます。
標的となる遺伝子の発現により、免疫の制御や細胞の分化、胚性幹細胞の複製などさまざまな機能が誘導されます。
<図2> GP130の模式図とDN効果、GP130蓄積について
GP130タンパクは図上段に示すよう細胞外ドメイン(赤)、膜貫通ドメイン(灰)、細胞内ドメイン(青)で構成されています。報告されたAR IL6ST遺伝子変異(赤下向き矢印)は全て細胞外ドメインに、AD IL6ST遺伝子変異(青下向き矢印)は全て細胞内ドメインに位置しています。AD IL6ST変異を持つGP130タンパクは変異体の割合が少なくても大きく活性が低下、すなわち優性阻害(DN)効果を持ち(中段)、変異体GP130は細胞内への取り込みが阻害されているため、細胞表面に蓄積します(下段)。
<図3> 新規変異の機能解析
IL6ST(GP130)欠損HEK293T細胞に正常(WT)、ないしは変異体GP130を導入し、IL-6刺激に対するシグナル伝達活性と、細胞表面GP130の蓄積を評価しました。DN効果は正常と変異体GP130を様々な濃度で導入し評価しています。K702Sfs、Y759Wfsいずれの新規変異も変異体(mut)の割合が少ないにも関わらず活性の大きな低下を認めます(強いDN効果があります)(左図)。また、正常に比べ細胞表面GP130の強い蓄積を認めます(右図)。
<図4> AR IL6ST変異とAD IL6ST変異の境界の探索
IL6ST(GP130)欠損HEK293T細胞に正常(WT)、ないしは変異型GP130を導入し、IL-6刺激に対するシグナル伝達活性と、細胞表面GP130の蓄積を評価しました。DN効果は正常と変異体GP130を1:1の割合で導入し評価しています。641*(641番アミノ酸を終始コドンに置き換えた変異)より強い活性の低下(DN効果)を認め(左図)、同時にGP130の蓄積も認めました(右図)。更に、GP130の蓄積が強いほどDN効果が強いようであり、これらが相関していることも分かります。
注1:IL6ST遺伝子とGP130タンパク
IL6ST遺伝子はIL-6ファミリーサイトカインのシグナル伝達に関わる受容体を構成するタンパク質GP130をコードしています。これにより、免疫調整や細胞分裂などさまざまな遺伝子発現のシグナルが伝達されます。
注2:高IgE症候群(HIES)
新生児期から出現するアトピー性皮膚炎、黄色ブドウ球菌などの細胞外寄生菌による反復感染症、血液中のIgE高値の3主徴を特徴とする原発性免疫不全症と定義されます。その他の感染症や、頭蓋骨早期癒合症や乳歯残存といった骨症状も伴います。
注3:IL-6ファミリーサイトカイン
サイトカインは、細胞間の情報伝達を行うタンパク質で、免疫反応や炎症、細胞の成長・分化などに重要な役割を果たします。中でもIL-6ファミリーサイトカインは、免疫応答や炎症反応、細胞の生存や増殖に関与します。
注4:早期終始コドン
早期終止コドンは、遺伝子からタンパク質へ翻訳する過程において、通常よりも早い段階で翻訳を停止させるコドンの変異であり、機能不全の短いタンパク質を生成する原因となります。
注5:優性阻害(DN)効果
優性阻害(DN)効果は、変異のある遺伝子から翻訳されたタンパク産物が、自身が機能喪失しているだけでなく、正常なタンパクの機能を阻害することで更なるタンパクの機能喪失や異常を引き起こす現象です。
注6:全エクソーム解析
全エクソーム解析は次世代シーケンサーを用いた遺伝子解析手法の一つです。遺伝子の中でタンパク質をコードする部分(エクソン領域)を網羅的に解析する手法で、遺伝子変異の特定や疾患の原因解明に利用されます。
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掲載日 : 2025年06月19日
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