<研究に関するお問い合わせ>
大学院先進理工系科学研究科 教授 中野 浩嗣 (なかの こうじ)
TEL: 082-424-5363
E-mail: nakano@hiroshima-u.ac.jp
本研究成果のポイント
- 広島大学大学院先進理工系科学研究科・中野浩嗣教授のチームは、最適化ツール「QUBO++」を用い、自動車部品の熱処理工場向け工程スケジューリング最適化アルゴリズムを開発しました。
- 本アルゴリズムは、オペレーターが付与した注文の優先順位を反映しつつ、処理の休止(アイドル)時間を最小化するよう、複数の炉への割当てを自動で決定します。
- 同アルゴリズムを基に、デジタルソリューション株式会社が入出力インターフェースなどのフロントエンドを含む実運用システムを構築し、株式会社ナガト月見工場の熱処理工程で本番運用を開始しました。
概要
広島大学大学院先進理工系科学研究科・中野浩嗣教授のチームは、最適化問題を QUBO(Quadratic Unconstrained Binary Optimization)問題に変換して解を求める最適化ツール「QUBO++」を活用し、自動車部品の熱処理工場における作業計画最適化アルゴリズムを開発しました。本アルゴリズムは、図1に示すように複数の炉で加熱・冷却処理を行う現場で、各注文をどの順序で処理するかを決定します。デジタルソリューション株式会社が入出力インターフェース等を備えた実運用システムとして実装し、株式会社ナガト月見工場にて本番運用を開始しました。本システムは、オペレーターが設定する注文の優先度を反映しつつ、制約を満たしながらアイドル時間を最小化する熱処理の作業計画を自動生成します。従来はオペレーターが手作業で時間をかけて作成していた作業計画を短時間で自動生成できるようになり、計画立案に要する人件費の削減、稼働効率の向上、納期遵守が可能となりました。
図1:熱処理工程における複数炉への割当イメージ(論文[2]の図を一部改変)
背景
産業の最適化課題は、大きくハイエンド最適化課題とロングテール最適化課題に分かれます(図2)。前者は経済的効用が非常に大きく、EDA(半導体設計)や航空・鉄道ダイヤのように、専用の高度な最適化システムへの継続的な開発・投資が行われています。一方、ロングテール最適化課題は対象が多様で個別性が高い反面、案件ごとの経済的効用が相対的に小さいため、専用システムの新規開発は投資回収の面で見合わず、現場では経験則に依存した手作業による計画立案が行われているのが実情です。
こうしたロングテール課題に対して低コストで最適化システムを構築するため、広島大学・中野研究室はNTTデータグループとともに、最適化課題をQUBO(Quadratic Unconstrained Binary Optimization)(*1)へ記号的に形式化できるC++(*2)ベースのツール「QUBO++」を開発・公開しています[3]。本研究成果は、自動車部品の熱処理工場における作業計画作成というロングテール課題を、QUBO++による最適化で自動化したものです。
図2:ハイエンド最適化課題とロングテール最適化課題
研究成果の内容
本研究では、自動車部品の熱処理工程における日次24時間の作業計画(複数炉・並列処理)を最適化問題として定式化しました。具体的には、オペレーターが設定した優先度に基づき早く処理するほど小さくなる開始時刻コストと、部品グループや冷却ファン回転数の切り替えに伴うアイドル時間の合計を組み合わせた目的関数を最小化します。この問題を等価なQUBO問題に一括変換する手法を設計し、最適化ツール「QUBO++」上にC++で実装しました。得られたQUBOは「QUBO++」内蔵の Easy Solver により解を求め、スケジュールを自動生成します。
株式会社ナガト 月見工場の実データで検証した結果、ほとんどのケースにおいて約1秒で高品質なスケジュールを得られ、熟練者が約2時間かけて行っていた業務の代替が可能であることを示しました。さらに、上位複数解を列挙して提示することで、現場側が優先度を微調整しながら再実行できる人間–計算協調の運用も実現し、効率・再現性・柔軟性の向上を確認しました。研究成果の詳細は、学術論文[2]に記載しています。
今後の展開
製造業やサービス業には、現場ごとに条件が異なるロングテール最適化課題が数多く残っており、いまも手作業で対応され自動化が進んでいないのが現状です。私たちは最適化ツール「QUBO++」を活用し、こうした実課題の自動化と効率化を進めることで、現場の問題解決を広く実現していきます。
論文情報
本研究成果は、2025年8月11日に Applied Sciences に掲載されました(下記[2]参照)。
[1] Koji Nakano, Shunsuke Tsukiyama, Xiaotian Li, Yasuaki Ito, Victor Parque, Takumi Kato, QUBO++: A C++ Library for Developing and Solving QUBO Problems, Proceedings of IEEE International Parallel and Distributed Processing Symposium Workshops, 626-637 (2025), https://doi.org/10.1109/IPDPSW66978.2025.00097
[2] Ikuto Nakatsukasa, Koji Nakano, Victor Parque, Yasuaki Ito, Optimizing Heat Treatment Schedules via QUBO Formulation, Applied Sciences 15, no. 16: 8847. (2025), https://doi.org/10.3390/app15168847
[3] 広島大学【研究成果】組合せ最適化問題を解くためのプログラミングツール「QUBO++」を無償公開します, https://www.hiroshima-u.ac.jp/news/87478 (2025)
用語解説
*1 QUBO(Quadratic Unconstrained Binary Optimization)
0または1の値をとる複数のバイナリ変数に対し、線形項と二次項からなる目的関数の値を最小化する問題。多くの組合せ最適化問題は、制約をペナルティ項として目的関数に埋め込むことで等価な QUBO に変換できることが知られています。汎用の QUBO ソルバーを用いることで、現場固有のロングテール最適化課題の解決へ橋渡しすることが期待されます。
*2 C++
コンピュータが効率よく動作するプログラムを作るためのプログラミング言語であり、高速処理が求められるオペレーティングシステムやゲーム開発などで広く使われています。また、C++はコンパイラによって最適化されるため、ライブラリだけでなく独自の処理を記述した場合でも、高いパフォーマンスが期待できます。
関連情報
- デジタルソリューション株式会社ニュースリリース:https://www.atpress.ne.jp/news/546259
- 株式会社ナガト:https://www.nagato-ht.co.jp/

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