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【研究成果】うつ病患者の脳内ネットワークにおける「独自性」の低下を発見 ~個人の脳の「指紋」を指標とした新たな客観的診断法の開発に期待~

 千葉大学子どものこころの発達教育研究センターのSiti Nurul Zhahara特任研究員、平野好幸教授、清水栄司教授、および広島大学大学院医系科学研究科の岡田剛教授らの共同研究グループは、うつ病患者を対象とした安静時機能的MRI注1)から、個人の独自性を示す脳の領域間の機能的なつながりのパターンである「機能的コネクトーム(Functional connectome; FC)独自性注2)参考資料1)」を解析しました。その結果、健常者と比較して有意に低下していることを明らかにしました。
 「脳の指紋」とも呼ばれるこのFC独自性の低下は、特に前頭頭頂ネットワーク注3)や感覚運動ネットワーク注4)において顕著であり、うつ病の症状が重いほど、脳の独自性が失われているという相関関係も示されました。本研究は、診断の難しいうつ病に対して、客観的かつ再現性の高い神経画像マーカー注5)を提供し、将来的な診断や個別化医療の進展に寄与することが期待されます。
 本研究成果は、学術誌Journal of Affective Disordersに2026年1月4日(現地時間)にオンライン公開されました。
 

研究の背景

 うつ病は世界で約2億4,600万人が罹患する深刻な疾患ですが、これまでの脳画像研究では、解析手法の違いにより結果の一貫性が乏しく、信頼できる生物学的指標(バイオマーカー注6))の確立が大きな課題となっていました。
近年、脳の領域間のつながりのパターンが指紋のように個人ごとにユニークで安定しているという「脳の指紋(Brain Fingerprinting)参考資料2)」という概念が注目されています(図1)。この独自性は脳の成熟や精神的健康状態を反映すると考えられており、本研究グループはこの指標を用いて、うつ病患者における臨床的な妥当性を世界で初めて検証しました。
 

研究の成果

 研究グループは、19歳から37歳のうつ病患者35名と健常対照群(HC)42名の多施設で撮像した安静時機能的MRIデータを解析しました。その結果、うつ病患者は、健常群と比較して全脳レベルでの脳活動の独自性(FC独自性)が有意に低いことが示されました(図2)。また特に、高度な認知制御を司る前頭頭頂ネットワークや、身体感覚を処理する感覚運動ネットワークにおいて、FC独自性の精度(脳の指紋を使用したときの本人の判別精度:脳指紋の精度)の低下が顕著でした。症状の重症度との相関に関してはFC独自性が低いほど、PHQ-9注7)やBDI-II注8)によるうつ病の重症度スコアが高くなる(症状が重い)という強い負の相関が確認されました。脳は発達過程において「シナプスの剪定(せんてい)」や調整(チューニング)を経て、効率的で専門化された独自のネットワークを形成します。研究グループは、うつ病患者で見られた独自性の低下について、こうした脳の微細な構造調整プロセスの不具合が、ネットワークの「自分らしさ」の確立を阻害している可能性を指摘しています。本手法は異なる施設で取得されたデータにおいても一貫した結果を示し、客観的な診断や臨床評価に利用可能な再現性の高いマーカーであることが証明されました。

今後の展望

 本研究により、脳の指紋の独自性の低下、すなわち脳の機能的な「自分らしさ」の欠如が、うつ病の病理を反映する重要な鍵であることが示唆されました。この成果は、個々の患者に最適な治療を選択するための「層別化」や、将来的な精神的脆弱性の予測(レジリエンスの評価)に役立つ可能性があります。今後は、この指標を用いて治療による改善を予測する研究や、患者一人ひとりに最適化された治療戦略を構築するための強力なツールとしての臨床応用が期待されます。
 

用語解説

注1)安静時機能的MRI:機能的磁気共鳴画像(functional Magnetic Resonance Imaging)を用いて、安静時の脳血流の変化を測定することにより脳の活動を観測することが可能。何か特定の作業をしているときの脳の動きを調べるfMRIに比べ、安静時fMRIはリラックスした状態での脳の活動を評価する。
注2)機能的コネクトーム(FC)独自性:脳の異なる領域間のつながりのパターンが、どれだけ他の人と異なり、同一個人内で一貫しているかを示す数値。「脳の指紋」の一つ。
注3)前頭頭頂ネットワーク:前頭皮質と頭頂葉をつなぐ安静時脳機能ネットワークで、注意の制御や意思決定など、高度な認知機能を担う脳のネットワーク。
注4)感覚運動ネットワーク:運動野や体性感覚野を含む安静時脳機能ネットワークで、身体感覚の処理や運動の制御を担う脳のネットワーク
注5)神経画像マーカー:疾患や症状、治療の効果を評価するための指標となる脳神経由来の画像データのこと。
注6)生物学的指標(バイオマーカー):疾患や症状、治療の効果を評価するための指標となる生体由来のデータ。神経画像マーカーもこれに含まれる。
注7)PHQ-9:Patient Health Questionnaire-9。うつ病の症状の重症度を評価するために世界的に広く用いられている標準的な自己記入式の質問票。
注8)BDI-II:ベック抑うつ質問票。過去2週間の状態についての21項目の質問によって抑うつ症状の重症度を短時間で評価することができる質問票。
要です。

研究プロジェクトについて

 本研究は以下の助成金による支援を受けて行われました。
・国立研究開発法人日本医療研究開発機構 (AMED)「戦略的国際脳科学研究推進プログラム」(課題名:縦断的MRIデータに基づく成人期気分障害と関連疾患の神経回路の解明(分担課題名:成人期のうつ病、不安症、強迫症の脳画像等の総合的解析研究))、および、「脳神経科学統合プログラム」(課題名:抑うつ症状と認知機能障害が生じる皮質−皮質下脳ダイナミクスのヒト多次元縦断データを用いた解明と霊長類モデルでの検証)
・独立行政法人日本学術振興会科学研究費助成事業
基盤研究(A)25H01085、挑戦的研究(萌芽)24K21493、基盤研究(B)23K22361、25K00879)基盤研究(C)19K03309、JP21K03084、25K06842
 

〈お問い合わせ〉

広島大学 広報室
電話:082-424-4383 メール:koho@hiroshima-u.ac.jp


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