本研究成果のポイント
- アンモニアを吸収する材料を使い、液体アンモニアの蒸気圧を従来の約10分の1
以下に大幅に下げる技術を開発
- 2種類の材料を組み合わせることで、アンモニアをより安定・安全に閉じ込めら
れる仕組みを解明
- 再生可能エネルギーの貯蔵・輸送に向け、アンモニアを実用的に扱うための材料
設計指針を提示
概要
広島大学(自然科学研究支援開発センター:宮岡裕樹教授、同大学大学院先進理工系科学研究科:徐梓鑫(D2)、郭方芹助教、荻田典男教授、市川貴之教授ら)と株式会社KRIの研究グループは、水素化ホウ素ナトリウム(NaBH4)-水素化ホウ素リチウム(LiBH4)複合体を用いた液体アンモニア(NH3)の蒸気圧制御技術の研究開発を行った。本研究では、種々のin-situ分析技術を駆使することでNH3吸蔵過程の詳細を調査するとともに、理論的な解析を組み合わせ、これまで未解明であった複合化効果や反応メカニズムを明らかにした。本研究で得られた成果は、近年エネルギー/水素キャリアとして注目されるアンモニアの効率的かつ安全な貯蔵・輸送を実現する材料設計の指針として期待され、Q1ジャーナルである国際科学誌「Journal of Materials Chemistry A」に2026年2月10日に掲載された。
背景
カーボンニュートラル実現に向け、太陽光や風力等の自然エネルギーをはじめとした再生可能エネルギーの利用拡大は重要な研究開発課題の一つである。これら変動的かつ偏在的なエネルギーを効率的に利用するための媒体(二次エネルギー)として水素が注目されているが、貯蔵や輸送時のコストが課題となっている。近年、化成品や肥料の原料として知られるアンモニア(NH3)は、上述した再生可能エネルギーを効率的かつ低コストに貯蔵・輸送するためのキャリア、或いはCO2フリーの燃料として期待されている。一方、NH3は劇物であり、常温での蒸気圧が高い液体であるため、大量に流通することを想定した場合、安全な利用技術の確立が必要不可欠である。
そこで、本研究ではNH3吸蔵材料を用いた液体NH3の蒸気圧制御技術に着目した。ある種の錯体水素化物やハロゲン化物は、分子状でNH3を吸蔵する特性を有することが知られており、例えば、代表的な塩化カルシム(CaCl2)は8 molもの多量のNH3分子を固体中に吸蔵し、CaCl2(NH3)8相を形成する。しかしながら、このような固体材料は反応に伴う体積変化が大きい、容器への充填密度が低い(最大50%程度)、吸蔵状態での物質輸送が困難、といった課題がある。一方、本研究で注目した水素化ホウ素ナトリウム(NaBH4)はNH3分子の吸蔵により液化するという特徴を有し、組成によりNH3蒸気圧は変化するものの、常温常圧付近でNH3を液体として貯蔵・輸送可能である。また、このNaBH4に水素化ホウ素リチウム(LiBH4)を等mol複合化することで、その熱力学特性(NH3吸蔵特性)が変化することも明らかになっているが、その機構は完全には理解されていない。NH3吸蔵量や蒸気圧は、反応の熱力学特性によって支配されるため、このような複合化による特性制御メカニズムを理解することは、材料設計指針の確立に繋がる重要な研究課題である。
研究成果の内容
本研究では、NaBH4-LiBH4複合体及び各錯体水素化物のNH3吸蔵特性を実験的及び理論的アプローチにより詳細に調査、比較することで、NaBH4の熱力学特性がLiBH4との複合化により変化するメカニズムを理解することを目的とした。
圧力-組成-等温線(PCI)測定を用い、NaBH4-LiBH4複合体、NaBH4、LiBH4のNH3吸蔵特性(NH3の吸蔵量、反応平衡圧力)を評価することで、NH3吸蔵プロセスの詳細や相変化に関する情報を取得した。また、異なる温度:243~338 K (-30C~65 C)でPCI測定を実施しNH3吸蔵特性の温度依存性を明らかにするとともに、得られたプロファイルを解析することにより、熱力学パラメーター(反応のエンタルピー変化及びエントロピー変化)を見積もった。以上の実験結果と分子モデルを用いた理論計算結果に基づき、各物質のNH3吸蔵に伴う相変化現象を議論した。純NH3を使用可能な反応セルを用い、in-situ核磁気共鳴(NMR)及びin-situラマン分光測定を行うことにより、NH3吸蔵に伴う対象元素の化学状態を詳細に調査、比較し、複合体のNH3吸蔵状態のキャラクタリゼーションを行った。代表的な結果として、図1にNaBH4-LiBH4複合体の異なる温度におけるNH3-PCIを示す。NaBH4-LiBH4複合体がNH3を吸蔵して液体になった直後のNH3圧力は約80 kPaであり、この圧力は液体NH3の293 K(20 C)における蒸気圧、約850 kPaに比べて非常に低いことがわかる。つまり、このようなNH3吸蔵物質を用いることで液体NH3の蒸気圧を低減することができると言える。また、複合体で観測された反応圧力はNaBH4単相に比べ低い値であり、これはLiBH4の複合化によりNH3吸蔵状態の安定性が高まったことを意味している。この複合化効果による圧力低下は、NaBH4がNH3を吸蔵して液体状態になった際に発現することが示唆されており、事実、243 K(-30 C)においてはNaBH4の液化に必要なNH3組成まで複合化効果は観測されない。さらに、In-situ NMR及びラマン分光測定結果も上記の複合化発現メカニズムを裏付けるものであった。
以上の実験的及び理論的アプローチにより、NH3吸蔵に伴い液化したNaBH4中にLiBH4が溶けることで各構成物質とは異なる反応熱力学(NH3吸蔵圧力)へ変化することが明らかになった。本研究で得られた知見は、物質固有であるNH3吸蔵反応の熱力学特性を他の物質と複合化することで制御することが可能であることを示す重要な成果であり、将来的にNH3吸蔵物質の設計指針となることが期待される。
今後の展開
本研究では、液体NH3の蒸気圧制御技術確立の足掛かりとして、典型物質であるNaBH4にLiBH4を複合化した物質に注目し研究を行った。錯体水素化物であるNaBH4以外にもNH3吸蔵に伴い液化する物質、例えばハロゲン化物であるヨウ化ナトリウム(NaI)等が存在し、また、複合化に用いることができる錯体水素化物やハロゲン化物も多数存在することから、これらの物質や種々の組み合わせの複合体に対して系統的な研究を実施することで、NH3吸蔵反応の熱力学を制御するための支配因子を解明することが可能であると考えられる。従って、本研究は学術的に非常に興味深いだけでなく、NH3の安全な利用技術確立に貢献することが期待されるため実用的な意義も高い。
参考資料
図1 NaBH4-LiBH4複合体の異なる温度におけるNH3-PCI
発表論文
論文:Thermodynamic and spectroscopic analysis of the ammonia absorption mechanism of a borohydride system
著者:Zixin Xu, Takahiro Ide, Norio Ogita, Shinsuke Ohyagi, Takashi Wakabayashi, Toru Hamanaka, Taisho Higuchi, Tomoyuki Ichikawa, Fangqin Guo*, Hiroki Miyaoka* and Takayuki Ichikawa *責任著者
雑誌:Journal of Materials Chemistry A, 14 (2026) 5925.
DOI: 10.1039/d5ta09030j
謝辞
本研究の一部は、科学研究費助成事業(JSPS) 新学術領域研究(研究領域提案型) “Hydrogenomics”:19H05059、科学技術振興機構(JST) 革新的GX 技術創出事業(GteX) 革新的要素技術研究:JPMJGX23H6の助成の下、実施されました。
【お問い合わせ先】
(研究に関すること)
広島大学自然科学研究支援開発センター 教授 宮岡裕樹
Tel & FAX:082-424-4604
E-mail:miyaoka*hiroshima-u.ac.jp
株式会社KRI
新エネルギーデバイス開発部
Tel:06-6464-9237
FAX:06-6464-9238
E-mail:kri-ned*ml.kri-inc.jp
(広報に関すること)
広島大学 広報室
E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp
株式会社KRI
成長戦略推進部
Tel:075-322-6830
(*は半角@に置き換えてください)