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【研究成果】海洋汚染化学物質トリブチルスズが リソソームにダメージを与えた際に起こる反応を解明 - 環境化学物質によって生じる細胞内変化の新たな側面 -

本研究成果のポイント

  • 海洋汚染化学物質(*1)トリブチルスズ(TBT)(*2)が細胞内の分解装置「リソソーム(*3)」にダメージを与えると、CASM(Conjugation of ATG8s to Single Membrane)(*4)と呼ばれる反応が起こることを明らかにしました。
  • この反応によって、リソソームの働きの回復に関わる司令塔タンパク質「TFEB(*5)」が活性化されることを明らかにしました。
  • 本研究は、環境化学物質によって細胞内で生じる変化の新たな側面を示すものです。

概要

 広島大学大学院医系科学研究科の畑宮駿一大学院生、宮良政嗣助教、古武弥一郎教授らの研究グループは、海洋汚染化学物質として知られるトリブチルスズ(TBT)によってリソソームがダメージを受けたときに起こる細胞の反応を明らかにしました。
 TBTは、かつて船底防汚塗料などに使用されていた化学物質で、哺乳類を含む生物に対する毒性影響が報告されています。我々のこれまでの研究により、TBTが細胞内で不要な物質を分解する装置である「リソソーム」に障害を引き起こすことが示されていましたが、それに対して細胞内でどのような変化が起こるのかは十分に分かっていませんでした。
 そこで本研究では、ヒト培養細胞株を用いた基礎研究として、TBTによってリソソームが障害を受けたときに起こる細胞の反応を調べました。その結果、TBT処理によりCASM(Conjugation of ATG8s to Single Membrane)と呼ばれる反応が誘導されることを明らかにしました。さらに、この反応によって、リソソームの働きの回復に関わる司令塔タンパク質「TFEB」が活性化されることも明らかにしました。
 本研究は、環境化学物質によって細胞内で生じる変化の新たな側面を示す成果です。
 本研究成果は、令和8年2月7日、国際学術誌「Archives of Toxicology」(オンライン版)に掲載されました。

背景

 トリブチルスズ(TBT)は、かつて船底防汚塗料などに広く使用されていた有機スズ化合物であり、海洋生物に対する毒性や内分泌かく乱作用が知られています。これらの影響を受け、現在では多くの国で使用が規制されているものの、TBTは分解されにくいため、海洋堆積物や海洋生物から依然として検出されており、魚介類を介したヒトへの曝露が懸念されています。また、哺乳類においても、免疫毒性、神経毒性、肝毒性などのさまざまな毒性影響が報告されていますが、その詳細な分子メカニズムについては十分に解明されていません。
 細胞内には、不要なタンパク質や細胞小器官を分解する「リソソーム」と呼ばれる分解装置が存在します。リソソーム機能が障害されると、細胞はさまざまなストレス応答を引き起こすことが知られています。近年、LC3(*6)タンパク質がオートファジーとは異なる仕組みで単一膜構造へ局在するCASM(Conjugation of ATG8s to Single Membrane)という反応が報告され、リソソームストレスへの応答に関与することが示されています。しかし、環境化学物質によってCASMが誘導されるかどうかについては、これまでほとんど明らかになっていませんでした。

研究成果の内容

 本研究では、ヒト培養細胞株を用いて、トリブチルスズ(TBT)によるリソソーム障害に対して細胞で起こる反応の分子機構を解析しました。これまでの我々の研究により、TBT処理を行った細胞ではオートファゴソーム(*7)を示すLC3ドット状構造の増加が観察されることが明らかになっていました。本研究ではさらに、その過程において、通常のLC3ドットとは異なる比較的大きなLC3陽性構造が蓄積することに着目しました。この特徴的なLC3の蓄積は、オートファジー(*8)とは異なる反応であるCASMの誘導を示している可能性があると考えられました。
 そこで、CASMの特徴であるオートファジー非依存的なLC3脂質化が起こっているかを検証しました。その結果、TBTはオートファジーに必須なULK1複合体の構成因子FIP200を欠損した細胞や、PI3K阻害剤存在下においてもLC3脂質化を誘導することが明らかになりました。さらに、CASM誘導に必要とされるV-ATPase–ATG16L1相互作用を阻害するサルモネラ由来タンパク質SopFを発現させると、このLC3脂質化は顕著に抑制されました。これらの結果から、TBTがCASMを誘導することが示されました。
 さらに、TBT処理によりLC3がリソソーム膜へ局在するとともに、リソソームの働きの回復に関わる転写因子TFEBの活性化が誘導されることを確認しました(図1、図2)。このTFEB活性化はSopFの発現により抑制されたことから、TBTにより誘導されるCASMがTFEBの活性化に関与することが示されました。

今後の展開

 本研究により、海洋汚染化学物質であるトリブチルスズ(TBT)がCASMを介したリソソームストレス応答を誘導することが明らかになりました(図3)。今後は、TBT以外の環境化学物質においても同様の反応が誘導されるかを検証することで、環境化学物質による毒性発現におけるCASMの役割をより広く理解できることが期待されます。
 また、CASMを介したリソソームストレス応答の分子機構についてさらに研究を進めることで、環境化学物質による細胞毒性の新たな評価指標の確立や、リソソーム機能障害に関連する疾患研究への応用につながる可能性があります。

発表論文

論文タイトル:Tributyltin induces conjugation of ATG8s to single membranes via the V-ATPase-ATG16L1 axis, leading to transcription factor EB activation in human cell lines
著者:Shunichi Hatamiya, Masatsugu Miyara, Nanako Takahashi, Ami Oguro, Yaichiro Kotake
掲載誌:Archives of Toxicology
DOI:10.1007/s00204-026-04300-7

用語解説

(*1)海洋汚染化学物質
 人間の活動によって海に流れ込み、海の生物や環境に悪影響を与える可能性のある化学物質のことです。

(*2)トリブチルスズ(TBT:Tributyltin)
有機スズ化合物の一種で、かつて船底防汚塗料などに広く使用されていた化学物質です。巻貝類において雄性化(インポセックス)を引き起こすなどの強い毒性が知られており、現在では多くの国で使用が規制されています。しかし、難分解性であるため海洋環境中に残留し、海洋堆積物や海洋生物から現在でも検出されることが報告されています。

(*3)リソソーム(Lysosome)
細胞内で不要なタンパク質や細胞小器官を分解する役割を持つ細胞小器官です。内部は酸性に保たれており、分解酵素によってさまざまな生体分子を分解します。リソソーム機能の障害は細胞ストレスやさまざまな疾患に関与することが知られています。

(*4)CASM(Conjugation of ATG8s to Single Membrane)
LC3などのATG8タンパク質が単一膜構造に結合することで生じる細胞の反応です。オートファジーとは異なる仕組みでLC3が膜に集まることが特徴であり、リソソームの異常や感染に対応するときなどに働くことが知られています。

(*5)TFEB(Transcription Factor EB)
リソソームの形成やオートファジー関連遺伝子の発現を制御する転写因子です。リソソーム機能が低下した際に活性化され、リソソームの生合成や細胞内分解系の回復に関与することが知られています。

(*6)LC3(Microtubule-associated protein 1 light chain 3)
オートファジーに関与する代表的なタンパク質であり、オートファゴソーム膜に局在することでオートファジーの指標として広く用いられています。また近年、CASMなどオートファジーとは異なる反応においても膜局在することが報告されています。

(*7)オートファゴソーム
細胞の中の不要なタンパク質や細胞小器官を取り囲み、リソソームへ運ぶための袋状の構造です。

(*8)オートファジー
細胞が自分の中の不要なタンパク質や細胞小器官を分解して再利用する仕組みです。

図1.TBT処理によるLC3のリソソーム膜集積
上段は対照(DMSO処理)、下段はTBT処理を示しています。TBT処理した細胞では、LC3(赤)がリソソームマーカーLAMP1(緑)と重なって観察されました。両者が重なった部分は黄色で強調して示しています(右)。DAPI(青)は核を示しています。この結果は、TBTによってLC3がリソソーム膜に集積することを示しています。

図2.TBT処理によるTFEBの核移行
左は対照(DMSO処理)、右はTBT処理を示しています。TBT処理した細胞では、転写因子TFEB(赤)が核内に集積する様子が観察されました。DAPI(青)は核を示しています。この結果は、TBTによってTFEBが核へ移行することを示しています。

図3.TBTによるリソソーム障害とCASMを介したTFEB活性化の模式図
①TBT処理によりリソソームのpHが上昇すると、②LC3が脂質化されてリソソーム膜に付加するCASMが誘導されます。その結果、③転写因子TFEBが核へ移行して活性化されます。

【お問い合わせ先】

広島大学大学院医系科学研究科 助教 宮良 政嗣
Tel:082-257-5326
E-mail:miyara128*hiroshima-u.ac.jp

広島大学大学院医系科学研究科 教授 古武 弥一郎
Tel:082-257-5325
E-mail:yaichiro*hiroshima-u.ac.jp

 (*は半角@に置き換えてください)


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