【本研究成果のポイント】
・ショウジョウバエ上皮組織において、腫瘍(*1)抑制経路として知られるHippo経路が腫瘍の形成を誘導することを発見しました。本研究によって、Hippo経路による腫瘍形成を誘導するメカニズムの一端が明らかとなったことで、新たながん治療戦略の提案に貢献できます。
【概要】
Hippo経路は腫瘍抑制経路として知られ、この経路を標的としたがん治療戦略が開発されてきました。一方で、いくつかのがんではHippo経路が腫瘍形成を促進することが報告されており、Hippo経路の腫瘍形成における役割は大きな議論を呼んでいます。広島大学大学院統合生命科学研究科の本田大智研究員、奥村美紗子准教授(現 東北大学教授)、千原崇裕教授、広島大学大学院医系科学研究科の安藤俊範教授、理化学研究所の大井綾乃基礎科学特別研究員、佐久間知佐子理研ECL研究チームリーダー、小幡史明チームディレクター、基礎生物学研究所の三浦正幸所長らの研究グループは、ショウジョウバエ上皮組織においてHippo経路が腫瘍形成を誘導することを発見しました。この腫瘍形成モデルを用いて、これまで未解明だったHippo経路による腫瘍誘導効果についてそのメカニズムを解明することを目指しました。Hippo経路による腫瘍形成には細胞間コミュニケーションが使われており、Hippo経路が活性化した細胞が増殖因子(*2)(WinglessとSpitz)の分泌やアミノ酸輸送を介して、周辺細胞の腫瘍化を引き起こすことを明らかにしました。本研究は、Hippo経路による腫瘍誘導効果の分子メカニズムの一端を明らかにするものであり、Hippo経路を標的とした新たながん治療戦略の提案に繋がるものです。また、本研究は、国際学術雑誌EMBO Reportsに2026年5月1日にオンライン公開されます。
さらに本研究内容は注目すべき論文としてEMBO Reports内での説明記事”News & Views”にも取り上げられています。
【背景】
Hippo経路は細胞増殖やアポトーシス(*3)を制御することで、組織・臓器の過剰な増殖を抑制する腫瘍“抑制”経路として知られています(図1左)。一方で、近年の研究で、いくつかのがんでは、Hippo経路が腫瘍形成を“促進”することが報告されています(図1右)。こうしたHippo経路の持つ腫瘍形成への2面性(抑制と促進効果)は、Hippo経路を標的としたがん治療戦略において大きな問題となっています。しかしながら、Hippo経路がどのように腫瘍形成を“促進”するのか、その分子メカニズムはほとんど分かっていません(図1右)。そこで、本研究では、ショウジョウバエ上皮組織を使い、Hippo経路による腫瘍誘導効果について解析しました。
【研究成果の内容】
遺伝学的解析に優れたショウジョウバエを用いて、Hippo経路が活性化した細胞(Hippo活性化細胞)を作製しました。そして、このHippo活性化細胞を誘導した組織で腫瘍形成が起きるかを観察しました。その結果、Hippo活性化細胞の周りの細胞で腫瘍形成が起こることが確認されました(図2)。これは、Hippo活性化細胞が腫瘍誘導センターとして機能し、細胞間コミュニケーションを介した腫瘍形成を引き起こすことを示しています(図2)。この細胞間コミュニケーションがどのように行われているかを調べるために、遺伝学的スクリーニングを行いました。その結果、Hippo活性化細胞による2種類の細胞間コミュニケーションを見つけました。1つ目はHippo活性化細胞がアポトーシス制御因子を介して、増殖因子(WinglessとSpitz)を発現・分泌することで周辺細胞の腫瘍形成を誘導する経路です(図3)。もう1つは、Hippo活性化細胞がアミノ酸トランスポーター(*4)(Sat1とSat2)を介して、周辺細胞でのアミノ酸の取り込みを促進し、腫瘍形成を誘導する経路です(図3)。そして、これら2つの経路が相乗的に作用することで周辺細胞の腫瘍形成が強く誘導されることを発見しました(図3)。
【今後の展開】
Hippo経路は多くの研究で腫瘍形成を“抑制”すると報告されており、これまでHippo経路を標的としたがん治療法が開発されてきました。しかし、近年の研究で、Hippo経路に腫瘍形成を“促進”する作用があることが報告され、大きな問題となっています。この腫瘍形成への2面性、特にHippo経路による腫瘍“促進”効果についてはほとんど分かっていません。本研究は、これまで謎の多かった腫瘍“促進”効果のメカニズムの一端を明らかにしたものであり、Hippo経路を標的とした新たながん治療戦略の提案に繋がるものです。
【論文情報】
掲載雑誌名:EMBO Reports
掲載日:2026年5月1日
タイトル:The Hippo tumor suppressor pathway triggers non-cell autonomous tumorigenesis in Drosophila
著者:本田 大智、奥村 美紗子、大井 綾乃、佐久間 知佐子、小幡 史明、安藤 俊範、三浦 正幸、千原 崇裕
DOI:https://doi.org/10.1038/s44319-026-00778-5
参考:本論文の解説記事
掲載雑誌名:EMBO Reports(in “News & Views”)
掲載日:2026年5月1日
タイトル:The Hippo paradox: how growth suppression drives tumor growth
著者:Pooja Rai, Andreas Bergmann(共にUMass Medical School)
DOI:https://doi.org/10.1038/s44319-026-00777-6
【参考資料】
◆用語解説
(*1) 腫瘍: 細胞が異常に増殖して形成された細胞塊
(*2) 増殖因子: 細胞の増殖・分化を促進するタンパク質
(*3) アポトーシス: 遺伝子プログラムによって制御された能動的な細胞死
(*4) アミノ酸トランスポーター: アミノ酸を細胞内外へ輸送する輸送タンパク質
図1 Hippo経路による腫瘍形成への2つの作用
古典的モデル(左): Hippo経路による腫瘍“抑制”効果。矛盾的な機能(右): Hippo経路による腫瘍“促進”効果。Hippo経路は腫瘍形成を“抑制”すると考えられてきたが、いくつかのがんでは腫瘍形成を“促進”する。この促進効果についてはほとんど理解されていない。
図2 Hippo活性化細胞による細胞間コミュニケーションを介した腫瘍誘導
Hippo活性化細胞をマゼンタ色で、腫瘍を緑色で表示。Hippo活性化細胞それ自体が腫瘍化するのではなく、周辺細胞が腫瘍化した。
図3 Hippo活性化細胞が増殖因子とアミノ酸輸送を介して腫瘍形成を誘導する
Hippo活性化細胞がアポトーシス制御因子を介して、増殖因子を発現・分泌することで周辺細胞に作用する。また、Hippo活性化細胞はアミノ酸トランスポーターSat1/2を介して、周辺細胞のアミノ酸の取り込みを促進する。増殖因子とアミノ酸の両方が相乗的に周辺細胞へ作用することで腫瘍形成を引き起こす。
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