<研究に関すること>
竹田 典代
広島大学大学院統合生命科学研究科
e-mail:ntakeda*hiroshima-u.ac.jp
出口 竜作
宮城教育大学教職大学院
e-mail:deguchi*staff.miyakyo-u.ac.jp
<広報に関すること>
広島大学広報グループ
e-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp
(*は半角@に置き換えてください)
・東北地方に生息するエダアシクラゲには、明刺激(暗→明)に反応して配偶子放出する明タイプと、暗刺激(明→暗)で配偶子放出する暗タイプが存在し、陸奥湾や日本海の一部の海域ではこの両タイプが同所的に生息していた。
・明タイプと暗タイプのDNA塩基配列には違いがあり、両タイプは系統的に異なるグループに属すことが示唆された。
・明タイプと暗タイプの交配で得られた個体(F1ハイブリッド)は正常に発生し、明・暗どちらの刺激でも配偶子放出するという中間的な性質を示した。しかしF1ハイブリッドからは次世代が得られなかった。
・エダアシクラゲの明タイプと暗タイプの間には、交配前と交配後の両方の生殖隔離があったことから、両タイプは種分化の過程にある、あるいはすでに別種であると推測される。
多くのクラゲは光変化に応じて配偶子放出(メスは卵、オスは精子を放出)します。明刺激(暗→明)に反応して配偶子放出する種と、その逆の暗刺激(明→暗)に反応する種に大別されますが、エダアシクラゲには同種内に両方のタイプ(明タイプと暗タイプ)がいるとされていました。今回、広島大学大学院統合生命科学研究科の竹田典代研究員、宮城教育大学大学院教育学研究科の出口竜作教授、東京科学大学の立花和則准教授、国立科学博物館の並河洋研究主幹を中心とした研究グループは、東北地方に生息するエダアシクラゲの明タイプと暗タイプの関係を詳しく解析しました。フィールド調査の結果、陸奥湾や日本海の一部の海域にはこの両タイプが共存しており、野外でも実際に配偶子放出時刻が異なっていることがわかりました。また、DNA解析の結果、明タイプと暗タイプの塩基配列には違いがあり、両タイプは系統的に別のグループに属すことが示唆されました。さらに、交配実験の結果、明タイプと暗タイプをかけ合わせて得た個体(F1ハイブリッド)は明・暗どちらの刺激でも配偶子放出するという中間的な性質を示すものの、F1ハイブリッドは次世代を残せないことが示されました。エダアシクラゲの明タイプと暗タイプの間には、交配前と交配後の両方の生殖隔離(注1)があったことから、両タイプは種分化の過程にある、あるいはすでに別種であると推測されます。光環境に対する応答の違いが配偶子放出時刻のずれを生じ、これがもとになって種分化が導かれた可能性もあり、生物の進化のしくみを解明するうえで極めて重要な発見だと考えられます。
本研究成果は、科学誌Zoological Scienceの43巻3号(2026年6月)に掲載される予定です。速報版は2026年3月に公開されています。
タイトル: Light and dark types of Cladonema pacificum (Cnidaria, Hydrozoa): Reproductive isolation between the two types leading to speciation
著者: Noriyo Takeda, Takahito Hoshi, Fumiya Satoh, Keita Nishizumi, Nahomi Hongo-Yamakawa, Saki Ishimori, Haruka Satoh-Sugawara, Hiroshi Namikawa, Kazunori Tachibana, Ryusaku Deguchi* (* 責任著者)
掲載誌: Zoological Science 43 (3)
DOI: 10.2108/zs250033
URL: https://doi.org/10.2108/zs250033
多くのクラゲでは、配偶子放出(メスでは卵、オスでは精子の放出)のタイミングは光環境の変化によって決定されます。そして、種ごとに、暗い状態から明るくなることで配偶子放出する「明タイプ」か、それとは逆の、明るい状態から暗くなることで配偶子放出する「暗タイプ」のどちらかに大別されます。エダアシクラゲでは、形態的には見分けがつかない明タイプと暗タイプ(図1)が同種内に混在していることが知られていましたが、両タイプの分布域や系統関係、子孫の形質などについては全くわかっていませんでした。そこで本研究では、東北地方に生息するエダアシクラゲを詳しく解析し、両タイプの関係を明らかにすることを目指しました。
図1. エダアシクラゲ (Cladonema pacificum)の明タイプと暗タイプ
A. Bは明タイプ(AC_LF)と暗タイプ(NON_DF)の顕微鏡写真。
Cは明タイプと暗タイプの産卵のタイミング。
エダアシクラゲは海藻などに付着して生息する半固着性のクラゲで,日本全国の沿岸に分布しています。本研究では東北地方の複数の沿岸域においてエダアシクラゲを採集し、研究室内で明・暗のどちらの刺激で配偶子放出するのかを確認しました。その結果、太平洋側では主に暗タイプのみが見られたのに対し、陸奥湾や日本海側の一部では、明タイプと暗タイプが同じ場所に生息していることがわかりました(図2)。同所的に生息する両タイプについて野外観察を行ったところ、配偶子放出時刻が実際に大きく異なっており、異タイプ間の卵と精子が出会う機会はほぼないと考えられました。また、ミトコンドリアDNAのCOI(注2)や核DNAのITS1(注3)の塩基配列を解析した結果、両タイプは系統的に異なるグループに属すことが示唆されました。さらに、明タイプと暗タイプの交配によって得られた個体(F1ハイブリッド)は、明・暗のどちらの刺激でも配偶子放出する一方で、より大きな光変化がないと配偶子放出しないという中間的な性質を示しましたが、F1ハイブリッドの卵や精子からは次世代をつくることはできませんでした。これらの結果から、明タイプと暗タイプの間には、配偶子放出時刻の違いによる交配前の隔離と雑種不稔(注4)による交配後の隔離の両方の生殖隔離が成立していることが示されました。両タイプは、種分化の過程にある、あるいはすでに別種であると推測されます。
図2. 東北地方に生息するエダアシクラゲの分布図
青丸は暗タイプをオレンジ色は名タイプを示す。
本研究により、光環境への応答の違いが、クラゲにおける生殖隔離や種分化を導く原動力となる可能性が示されました。今後は、明タイプと暗タイプの光受容に関与する物質の違いを分子レベルで明らかにすることで、両タイプがどのように「進化」してきたのか理解できるようになるかもしれません。エダアシクラゲは採集や飼育が容易で、研究室内でのライフサイクルの制御法も確立されています(図3)。また、基礎生物学研究所の「新規モデル生物開発共同利用研究」にも採択されており、ゲノム(注5)の解析とともに個体の分与や飼育・実験技術の共有が進められています。今後、エダアシクラゲを用いた様々な研究が展開されることが期待されます。
図3. エダアシクラゲのライフサイクル
本研究は日本学術振興会 科学研究費助成事業 (課題番号 17K07482、20K06736、20K21421、24K09593)、公益財団法人 水産無脊椎動物研究所の支援を受けました。
注1. 生殖隔離: 何らかの遺伝的差異によって、複数の生物個体群間でたがいに交配 ができないこと。出現場所や配偶子放出時期が異なることなどによる交配前隔 離や、生じた子が不稔になることなどを含む交配後隔離がある。
注2. COI: ミトコンドリアDNA上のcytochrome C oxidase subunit I遺伝子。種間での塩基配列の変異が大きいため、種の同定によく用いられる。
注3. ITS1: 核DNA上のinternal transcribed spacer 1(18Sと5.8SのrRNA遺伝子間に存在)。COIと同様に、種間での塩基配列の変異が大きい。
注4. 雑種不稔: 交配によって得られた雑種が生殖能力を欠く状況。エダアシクラゲのF1ハイブリッドの場合、メスは卵、オスは精子を放出し、受精卵はプラヌラ幼生まで発生できるが、その後にポリプに変態することができない。
注5. ゲノム: 生物のもつ遺伝情報の全体(すべてのDNAの塩基配列)。
<研究に関すること>
竹田 典代
広島大学大学院統合生命科学研究科
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掲載日 : 2026年06月01日
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