大学院統合生命科学研究科 生物資源科学プログラム 教授 上田晃弘
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本研究成果のポイント
- 土壌中の微生物が生きる過程で自然に放出する「におい成分」のひとつ(揮発性物質※12,5-dimethylpyrazine(ジメチルピラジン))が、シロイヌナズナの生育を促進することを明らかにしました。
- この成分は、シロイヌナズナの窒素(硝酸・アンモニウム)の吸収を高めることで、生育を促進していることを発見しました。
- 温室や植物工場などの閉鎖系栽培環境で使用できる新しい植物生育促進剤(バイオスティミュラント※2)の開発につながることが期待されます。
概要
広島大学大学院統合生命科学研究科の上田晃弘教授、大村尚准教授、南平眞実助教、Theint Thida大学院生、Matias Siueia Junior大学院生、李佳程大学院生らの研究グループは、土壌中の微生物が放出する「におい成分」(揮発性物質:microbial Volatile Organic Compound, mVOC)が、シロイヌナズナの生育を促進するメカニズムを明らかにしました。
植物の周囲には多くの微生物が生息しており、さまざまな揮発性物質(mVOC)を放出しています。しかし、どの物質が植物の成長を促し、その理由は何か、は十分に分かっていませんでした。
研究グループは、植物の生育を促す5種類の微生物に共通して放出される物質を詳しく調べた結果、mVOCの一種である2,5-dimethylpyrazine(ジメチルピラジン(2,5-D))という成分がシロイヌナズナの生育促進能を持つことを明らかにしました。
さらにこの物質を植物に作用させる(2,5-D処理を行う)と、シロイヌナズナの地上部では窒素濃度が増加していることに加えて、根の部分で硝酸やアンモニアを取り込むための遺伝子の働きが活発になり、その結果、植物体内の窒素や葉緑素が増えて、生育が促進されることが分かりました。
本研究成果は国際学術誌「Journal of Experimental Botany」に掲載されました。
論文情報
掲載誌名:Journal of Experimental Botany
タイトル:Microbial volatile organic compound enhances Arabidopsis growth through activation of nitrate and ammonium transport
著者名:Theint Thida, Mami Nampei, Matias Siueia Junior, Li Jiacheng, Hisashi Omura, Akihiro Ueda
DOI:https://doi.org/10.1093/jxb/erag076
研究支援
本研究は日本学術振興会(JSPS)科研費23K21254、25K02142の支援を受けて行いました。
背景
植物の生育を促進する微生物を植物生育促進微生物と呼びます。植物生育促進微生物そのものや、植物生育促進微生物から放出される植物生育促進物質はバイオスティミュラントと呼ばれ、農業への応用が期待されています。
本研究では、植物の生育を促進する新規なバイオスティミュラントの開発を目的として、微生物が放出する揮発性物質(mVOC, microbial Volatile Organic Compound)の中から植物生育促進能を持つmVOCの同定を試みました。また、植物生育促進能を持つmVOCがどのような仕組みで植物の生育を促進しているのかを明らかにすることも目的としました。
研究成果の内容
植物生育促進能を持つmVOCを同定するために、まず、シロイヌナズナと微生物が接触しないようにペトリ皿の中で共培養し、シロイヌナズナの生育を促進する微生物の選抜を行いました(図1)。70種類の微生物を選抜したところ、5種類の微生物がシロイヌナズナの生育を促進することが分かりました。16S rDNA解析を行ったところ、これら5種類の微生物はAcinetobacter sp. WCHAc060042, Cereibacter sphaeroides TS, Pseudomonas putida YH-2, Acinetobacter tjernbergiae DSM 14971, Pseudomonas sp. CA10であることが分かりました。
図1 植物生育促進微生物の選抜
これら5種類の微生物から放出されるmVOCの網羅的解析(Volatilome解析※3)をSPME-GC-MS※4(固相マイクロ抽出-ガスクロマトグラフ質量分析器)法により行ったところ、計172種類のmVOCが検出され、うち7種類のmVOCがこれら5種類の微生物から共通して放出されていることが分かりました。これらの7種類のmVOCのついて詳細な解析を行ったところ、2,5-dimethylpyrazine(2,5-D)がシロイヌナズナの生育促進に寄与することが分かりました。
2,5-Dがもつシロイヌナズナの生育促進機構を明らかにするために、体内必須元素の網羅的解析(Ionome解析※5)を行ったところ、地上部の窒素濃度の増加や光合成色素であるクロロフィルやカロテノイド濃度の増加が確認されました。さらに2,5-D処理時に変化する遺伝子群を網羅的に同定するために、RNA sequencing解析(Transcriptome解析※6)とリアルタイムPCRによる定量的遺伝子発現解析を行ったところ、硝酸輸送体やアンモニア輸送体をコードする遺伝子群の発現誘導が見られました(図2)。以上の結果から、2,5-Dはシロイヌナズナの根において、硝酸やアンモニアのような窒素栄養獲得能を向上させることで、その生育を促進していることが示されました。
図2 2,5-D処理後の硝酸輸送体遺伝子群の発現誘導(A:処理後24時間目の地上部、B:処理後24時間目の根、C:処理後14日目の地上部、D:処理後14日目の根)
今後の展開
微生物が放出するmVOC種は多様であり、中には植物の生育に影響を与えるものがまだ存在します。他のmVOCの生理作用も調べながら、温室や植物工場等の農業生産現場で実用化可能なmVOCベースのバイオスティミュラント開発が期待されます。
用語解説
(※1) 揮発性物質:
常温常圧で容易に気化する化合物の総称。身近な例として、ホルムアルデヒドやガソリンがある。
(※2) バイオスティミュラント:
植物の生育やストレス耐性向上に有用な微生物や化合物の総称。生物刺激剤とも呼ばれる。
(※3) Volatilome(ボラタイローム)解析:
揮発性物質を捕集して網羅的に同定する手法。GC-MSが用いられる。
(※4) SPME-GC-MS:
SPME(固相マイクロ抽出)とはファイバー先端をポリマーでコーティングして様々な揮発性物質を捕集・濃縮する手法。異なるポリマーをコーティングすれば、異なる揮発性物質を捕集・濃縮できる。GC-MSとはガスクロマトグラフ-質量分析器であり、ガス成分の分離ができるガスクロマトグラフと分離した成分の質量を測定する質量分析器から構成される。SPMEによる試料の捕集・濃縮を行うことで、より多くの物質をGC-MS解析で検出できます。
(※5) Ionome(アイオノーム)解析:
様々な元素濃度を網羅的に調べる手法。誘導結合プラズマ発行分光分析機や有機元素分析計などが用いられる。
(※6) Transcriptome(トランスクリプトーム)解析:
生物体内の遺伝子群の発現変動を網羅的に調べる手法。RNA seqはその解析手法のひとつ。

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