【概要】
広島大学大学院総合科学研究科佐藤明子准教授らの研究グループは、小胞体膜タンパク質複合体(EMC)(注1)が複数回膜貫通型タンパク質(注2)の生合成と安定的な発現に関与する重要な因子であることを発見し、さらに、EMCの欠損が網膜変性症(注3)の発症に関与する可能性を示唆しました。佐藤准教授らはEMCが、複数回膜貫通型タンパク質に特異的に作用し、膜貫通部位のポリペプチド鎖の膜への挿入、もしくは複数膜貫通ドメインのフォールディング(立体構造に折りたたまれる現象)に関与することを明らかにしました。
【今後の展望】
今後は今回発見した因子がなぜ複数回膜貫通型タンパク質に特異的に必要なのか、詳細なメカニズムを追求していく予定です。このような膜タンパク質生合成の基本的な機構の解明は基礎研究として重要であるばかりでなく、大量膜タンパク質の合成系の構築といった創薬に直接結びつく研究の進展も期待され、発展性が期待されます。また、EMCの欠損が網膜変性症を引き起こすことから、ヒト網膜色素変性症の新しい治療法開発につながることも期待できます。
ショウジョウバエ視細胞の免疫染色:アスタリスク(*)はdPob欠損視細胞を示す。dPob欠損ショウジョウバエ視細胞では、複数回膜貫通型タンパク質(青、緑)は発現しないが、一回膜貫通方膜タンパク質(未掲載)は発現する。
【背景】
2013年のノーベル医学生理学賞は、細胞内の物質輸送を解明する研究で成果を挙げたRandy W. Schekman, James E. Rothman, and Thomas C. Sudhofら3名の博士に授与されました。このことからも、細胞内小胞輸送のメカニズムを明らかにすることは科学者にとって長年注目の的だったことが分かります。
佐藤准教授らはこれまで、ショウジョウバエ視細胞モデルを用いて膜タンパク質の選別輸送機構を研究し、Rab1という遺伝子が小胞体からゴルジ体への物質輸送に関与していること(※1)、GPI合成がトランスゴルジネットワークにおけるロドプシン(注4)のソーティングに必要であること(※2)、Rab11/dRip11/Myo V複合体がロドプシンのポストゴルジ輸送に重要であること(※3、4)を明らかにしてきました。また、ショウジョウバエ変異体のゲノムワイドスクリーニングを行い、ロドプシンの合成や輸送に異常を起こす233の変異体を同定してきました。
本研究では、スクリーニングで単離されてきた変異体の解析から、EMCを構成するタンパク質をコードする遺伝子のショウジョウバエホモログ(注5)であるdPob/EMC3、EMC1、EMC8/9が、新しく合成されたロドプシンの安定化に重要であること、また、EMCは他の複数回膜貫通型タンパク質の生合成に必要であることを示しました。同時に、EMCはtype-I、-II、-VI 一回膜貫通型タンパク質には関連していないことも示しました。
これらの結果はeLife へ掲載されました。(“dPob/EMC is essential for biosynthesis of rhodopsin and other multi-membrane proteins in Drosophila photoreceptors.”)
参考論文:
(※1) Satoh, A. K., Tokunaga, F., Kawamura, S. and Ozaki, K. (1997) In situ inhibition of vesicle transport and protein processing in the dominant negative Rab1 mutant of Drosophila. Journal of Cell Science. 110, 2943-2853.
(※2) Satoh, T., Inagaki, T., Liu, J., Watanabe, R. and Satoh, A. K. # (#: corresponding author) (2013) GPI biosynthesis is essential for Rhodopsin sorting at the trans-Golgi network in Drosophila photoreceptors. Development 140, 385-94.
(※3) Li, B.#, Satoh, A. K..# and Ready D. F. (#: contribute equally) (2007) Myosin-V, Rab11 and dRip11 direct apical secretion and cellular morphogenesis in developing Drosophila photoreceptors J. Cell Biol. 177, 659-69.
(※4) Satoh, A. K., O’Tousa J. E., Ozaki, K. and Ready D. F. (2005) Rab11 mediates post-Golgi trafficking of rhodopsin to the photosensitive apical membrane of Drosophila photoreceptors. Development. 132, 1487-97.
(用語解説)
(注1)小胞体膜タンパク質複合体(EMC):小胞体膜にあるタンパク質の複合体で、合成されたタンパク質の折りたたみや様々な修飾に関与する。
(注2)複数回膜貫通型タンパク質:細胞または細胞小器官などの生体膜に付着しているタンパク質のうち、膜を完全に貫いている部位を複数持つタンパク質。
(注3)網膜変性症:網膜に異常が起こり、暗いところでものが見えにくい夜盲(やもう)や、視野が狭くなる視野狭窄、視力低下が見られる遺伝性の疾患。
(注4)ロドプシン:脊椎動物の網膜にある色素タンパク質で光の受容体として機能する。
(注5)ホモログ:ある形態や遺伝子が共通の祖先に由来すること。
【お問い合わせ先】
広島大学総合科学研究科 准教授 佐藤明子
E-mail:aksatoh*hiroshima-u.ac.jp (*は半角@に変換して送信してください)