広島大学原爆放射線医科学研究所の宮本達雄准教授、松浦伸也教授らのグループは、細胞小器官のひとつであるペルオキシソーム(※1)が細胞の「センサー」として働く一次線毛(※2)にコレステロール(※3)を供給することを明らかにしました。過剰なコレステロールによって高脂血症や動脈硬化などのリスクが高まることはよく知られていますが、コレステロールの低下が健康に及ぼす影響はよく分かっていませんでした。今回、理化学研究所生命機能科学研究センター(BDR)、広島大学ゲノム編集イノベーションセンター、広島大学大学院統合生命科学研究科との共同研究により、ペルオキシソーム形成不全症(※4)患者の細胞では、一次線毛のコレステロールが低下することで、線毛の機能障害が生じることを明らかにしました。また、コレステロールの補充によって、線毛異常が改善することを実証しました。ゲノム編集技術(※5)や電子顕微鏡技術(※6)を用いて、さらに詳しく調べた結果、ペルオキシソームが微小管(※7)の上を運動して一次線毛にコレステロールを供給する仕組みを解明しました。
一次線毛には、「がん」や「精神・神経疾患」に関連する分子が多く集まっているため、本研究成果は、一次線毛に関係する遺伝子が先天的に欠損した稀少疾患である「線毛病」だけではなく、患者数の多い病気に対する新たな治療法の開発にも貢献すると期待されます。
本研究成果は、欧州分子生物学機構が出版する雑誌「The EMBO Journal」(2018年インパクトファクター:11.227)のオンライン版に掲載されました。
※本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)・革新的先端研究開発支援事業(PRIME)「画期的医薬品等の創出をめざす脂質の生理活性と機能の解明」研究開発領域(研究開発総括:横山信治)における研究開発課題「コレステロールが制御する繊毛機能とその破綻」(研究開発代表者:宮本達雄)、文部科学省科学研究費補助金、小野医学研究財団助成金により、理化学研究所-広島大学共同研究拠点(理研-広大科学技術ハブ)における連携研究課題として行われました。
(※1)ペルオキシソーム
脂質の代謝や過酸化水素の分解など多様な細胞内代謝を行う細胞小器官。
(※2)一次線毛
ヒトの細胞表面に発達する不動性の突起構造。一次線毛を覆う細胞膜(線毛膜)には、細胞外の情報(増殖因子、ホルモン、物理刺激など)を感知するための分子が集積しており、細胞の「センサー」として機能する。
(※3)コレステロール
細胞膜を構成する脂質の一つで、細胞膜の「堅さ」を決定する機能をもつ。また、性ホルモンなどのステロイドホルモンの前駆体に用いられる。
(※4)ペルオキシソーム形成不全症
ペルオキシソームを作るために必要な遺伝子が先天的に欠損した病気で、発見者にちなんでZellweger症候群と呼ばれる。本疾患は非常に稀な遺伝病で、重度の神経障害や肝腫大など脂質代謝異常による症状に加えて、多発性嚢胞腎や網膜色素変性症といった線毛病症状を合併する。
(※5)ゲノム編集技術
ゲノム上の任意の塩基配列を切断するCRISPR-Cas9システムなどの人工ヌクレアーゼを用いて、遺伝情報を効率的に改変する技術。
(※6)電子顕微鏡技術
通常の顕微鏡は、観察対象に光をあてて観察するのに対して、電子顕微鏡では電子線を用いることで、より細かい構造(nm:ナノメートルレベル、1mmの100万分の1レベル)を観察できる。
(※7)微小管:
細胞内に見られる直径約20nmの管状の構造であり、中心体から発達する。