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【研究成果】片頭痛の前兆に関与する遺伝子をマウスで発見~片頭痛の病態解明や新たな治療薬の開発に前進~

本研究成果のポイント

  • 片頭痛の前兆(※1)の起きやすさを、グルタミン酸輸送体(※2)GLT-1が決めることを明らかにしました。
  • GLT-1の異常により、興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸(※3)が細胞外に過剰に蓄積されることを明らかにしました。
  • GLT-1を標的にした片頭痛の病態解明と新規治療法開発への応用が期待できます。

東京医科歯科大学難治疾患研究所分子神経科学分野の相澤秀紀 前准教授(現広島大学大学院医系科学研究科教授)と田中光一 教授の研究グループは、グルタミン酸輸送体GLT−1遺伝子が片頭痛の前兆における感受性に関与することを動物実験で明らかにしました。この研究は、日本医療研究開発機構(AMED)脳科学研究戦略推進プログラムならびに文部科学省科学研究費補助金の支援のもとで行われたもので、その研究成果は、国際科学誌GLIA(グリア)のオンライン版で発表されました。

研究の背景

頭痛は、成人の約半数が抱えるありふれた病気であるにも関わらず、日常生活へ支障を来します。その中でも片頭痛は激しい痛みを伴い、50歳未満の損失生存年数(障害を有することによって失われた年数)が最も多い疾患で、大きな社会的損失を生み出しています。従って、片頭痛の治療・予防法開発は社会的に喫緊の課題です。片頭痛の3分の1の患者さんでは、その痛みに先立って視野の一部が欠けたり、歪んだりする前兆現象を示します。片頭痛の前兆では、大脳皮質が拡延性抑制(※4)と呼ばれる病的興奮状態に陥ると言われており、そのメカニズムの解明は片頭痛の病態解明や治療法開発に欠かすことができません。しかし、拡延性抑制のメカニズムは不明な点が多く残されています。

概要

研究グループは、神経細胞の興奮性を制御するグルタミン酸代謝に注目して研究を進めました。グルタミン酸は、アミノ酸の一種で細胞外では興奮性の神経伝達物質として働きます。細胞外グルタミン酸濃度は主にグルタミン酸輸送体とよばれる遺伝子により制御されているため、研究グループは「グルタミン酸輸送体が片頭痛の前兆の感受性を決定する」という仮説を立てました(図1)。脳のグルタミン酸輸送体はGLT-1, GLAST, EAAC1の三種類があるため、それぞれの遺伝子を欠損したマウスを作成し、脳の興奮性を調べました。片頭痛の前兆では、大脳皮質に拡延性抑制と呼ばれる病的興奮状態が引き起こされます。そこで、それぞれの遺伝子欠損マウスにおける拡延性抑制を調べたところ、GLT-1欠損マウスのみでその頻度が上昇していました(図2)。GLT-1遺伝子は、主にグリア細胞(※5)の一種アストロサイトが産生しています(図3)。また、GLT-1欠損マウスでは、細胞外グルタミン酸が蓄積しやすくなっていることも明らかになりました(図4)。これらの結果は、グリア細胞の失調に伴うグルタミン酸体代謝異常が片頭痛前兆の感受性を決定することを示しています。

研究成果の意義

現在、片頭痛の治療に使われている薬剤は多彩で、血管作動薬や抗てんかん薬、抗うつ薬など様々です。これらのことは、片頭痛がいくつかの亜型に分けられ、それぞれに対応した治療法の開発が必要であることを示唆しています。本研究は、片頭痛の前兆(拡延性抑制)への感受性に関与する遺伝子としてGLT-1を新たに見出し、GLT-1遺伝子およびその主な産生細胞であるグリア細胞が前兆を伴う片頭痛の新しい治療標的として有効であることを示しています。また、拡延性抑制は片頭痛のみならず、脳虚血、脳外傷、てんかんなどの神経疾患の病態進展に関与することが知られています。今後、GLT-1遺伝子の働きを増強する薬剤をスクリーニングすることで、片頭痛を含むこれら神経疾患の治療・予防戦略へ向けた研究が加速されると期待されます。

図1 GLT-1の欠損は片頭痛前兆と関連した病的興奮を増悪させる
マウス脳(左)と興奮性シナプス(右中央)の模式図で、GLT-1の欠損が引き起こす拡延制抑制(右上部及び右下部)の感受性増加を示す。シナプスを取り囲むアストロサイトが発現するグルタミン酸輸送体GLT-1の欠損により、興奮性神経伝達物質グルタミン酸が細胞外に貯留し、片頭痛前兆と関連した病的興奮現象である拡延制抑制が頻繁に引き起こされた。

図2 脳に発現するグルタミン酸輸送体のうちGLT-1が拡延性抑制の感受性を決める
脳にはGLT-1、GLAST、EAAC1の3種類のグルタミン酸輸送体が発現している。それぞれの欠損マウスについて調べたところ、GLT-1ホモ欠損マウスだけが拡延制抑制に対する感受性が異常に増加していた。

図3 遺伝子改変によるマウス大脳皮質における
        GLT-1タンパク質の欠損
対照群(A)およびGLT-1欠損マウス(B)の大脳皮質の切片でGLT-1蛋白質の分布を示す。黒色の領域がGLT-1の発現を示す。対照群では大脳皮質の全域でGLT-1が発現している(A)のに対して、GLT-1欠損マウスでは多くの場所で黒色のみられない領域が増加している。

図4 GLT-1欠損は細胞外グルタミン酸の蓄積を促進
        した
実験的刺激により引き起こされた病的興奮(拡延性抑制)に伴い、グルタミン酸が細胞外へと放出される。対照群(青)に対して、GLT-1欠損マウス(赤)ではより早い時期から細胞外へグルタミン酸が蓄積している様子がわかる。

用語解説

(※1) 片頭痛の前兆
片頭痛の約3分の1にみられる神経症状で、特に視野の一部がギザギザにみえたり、見えにくくなる一時的な視覚異常が多くみられる。

(※2) グルタミン酸輸送体
神経細胞やグリア細胞に発現する蛋白質であり、細胞外のグルタミン酸を細胞内へ取り込むことで、細胞外グルタミン酸濃度を定常状態に保つ。その遺伝子の変異は、うつ病やてんかんへの関与が報告されている。

(※3) グルタミン酸
アミノ酸の一種で、約70%の神経細胞が興奮性神経伝達物質として使っている。細胞外へ放出されたグルタミン酸はグルタミン酸受容体へ作用し、周囲の神経細胞を興奮させる。グルタミン酸は神経伝達物質として必要であるが、生理的な範囲を超えて増加すると神経毒として作用する。

(※4) 拡延性抑制
神経細胞やグリア細胞の一過性興奮とそれに続く活動抑制を伴う一連の現象である。脳の一部から波紋の様に周辺へと広がる。拡延性抑制は、多くの神経疾患(片頭痛の前兆、脳虚血、脳外傷、てんかんなど)に伴い発生し、疾患の病態進展に関与することが報告されている。しかし、その発生機序は不明な点が多い。

(※5) グリア細胞
脳を構成する細胞の中で神経細胞とは別種の細胞であり、アストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミクログリアの3種類に分類される。その一種のアストロサイトは神経細胞の活動や栄養を補助する一方で、興奮性物質であるカリウムやグルタミン酸の代謝を介して神経細胞の活動を制御する。

論文情報

  • 掲載誌: GLIA
  • 論文タイトル: Glial glutamate transporter GLT-1 determines susceptibility to spreading depression in
            the mouse cerebral cortex.
【お問い合わせ先】

<研究に関すること>
東京医科歯科大学難治疾患研究所 分子神経科学分野
教授 田中 光一
TEL: 03-5803-5846
E-mail: tanaka.aud*mri.tmd.ac.jp (注: *は半角@に置き換えてください)

広島大学大学院医系科学研究科 神経生物学
教授 相澤 秀紀
TEL: 082-257-5115 
E-mail: haizawa*hiroshima-u.ac.jp (注: *は半角@に置き換えてください) 

 

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
TEL: 03-5803-5833
E-mail: kouhou.adm*tmd.ac.jp (注: *は半角@に置き換えてください)

広島大学 財務・総務室広報部広報グループ
TEL: 082-424-3701
E-mail: koho*office.hiroshima-u.ac.jp (注: *は半角@に置き換えてください) 


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