<研究に関すること>
広島大学大学院先進理工系科学研究科物理学プログラム
教授 木村 昭夫
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広島大学大学院先進理工系科学研究科のヌルママト・ムニサ助教、木村昭夫教授の研究グループと、広島大学放射光科学研究センターの宮本幸治准教授、奥田太一教授、島田賢也教授の研究グループは、東京大学物性研究所、スペイン・ロシア・アゼルバイジャンの研究グループとの国際共同研究として、広島大学放射光科学研究センターにて高輝度シンクロトロン放射光(※1)やレーザー光を利用した角度分解光電子分光(ARPES)法(※2)を用いて相変化材料(※3)として知られるGeSb2Te4化合物の詳細なバンド構造を観測したところ、ディラック電子(※4)が電気伝導を担っていることを世界で初めて明らかにしました。さらに東京大学物性研究所の時間・角度分解光電子分光を用いて、同化合物の電子状態がトポロジカル絶縁体(※5)と同様のものであることを初めて明らかにしました。本研究成果により、相変化材料GeSb2Te4がグラフェン(※4)に代わる新しい材料として超高速次世代デバイスへ等の応用が期待されるだけでなく、全く新しい量子現象を観測する舞台になることも期待されます。
本研究の成果は、米国の科学雑誌「ACS Nano」に掲載されました。
図1. (左)相変化材料GeSb2Te4の結晶相の構造。(中央)角度分解光電子分光(ARPES)による実験結果。直線的なエネルギーバンドがフェルミレベルを横切っている様子がわかります。(右)本研究成果から得られたGeSb2Te4の結晶相のバンド構造の全体図(模式図)。結晶内部(バルク)の電子はグラフェンと同様にディラックコーンを形成しフェルミレベルを横切っています。また小さなエネルギーギャップの中に、トポロジカル絶縁体と同様のスピン分極したトポロジカル表面バンドが存在しています。
(※1) シンクロトロン放射光
光の速度(地球を一秒間に7週半する速さ)までに電子を加速し、磁場でその進行方向を曲げると、同時に進行方向に強力な光が放出されます。これがシンクロトロン放射光です。宇宙では星雲の中に放射光を見つけることができますが、地上では専用の加速器が必要です。シンクロトロン放射光は、人類が手に入れた最も強力な光で「夢の光」とも呼ばれます。本実験は広島大学放射光科学研究センターで行われました。当施設は国立大学法人としては唯一の放射光施設で、数多くの国内外ユーザーが利用する、共同利用・共同研究拠点です。
(※2) 角度分解光電子分光(ARPES)
物質に光を照射すると、光電効果と呼ばれる現象によって、電子が固体表面から放出されます。この放出された光電子のエネルギーと放出角度を測定し、エネルギー保存則と運動量保存則を利用して固体内部の電子のエネルギーと運動量の関係を示すエネルギーバンドを決定する手法を角度分解光電子分光と言います。光源としてシンクロトロン放射光(※1)やレーザー光などが用いられます。英語ではAngle Resolved Photoelectron Spectroscopyを略して通称ARPESと呼ばれます。
(※3) 相変化材料、アモルファス
固体は、食塩のように原子が規則的に配列した「結晶」と、窓ガラスのように原子が不規則になっている「アモルファス(非晶質)」に大きく分けられます。相変化材料は、このような結晶相とアモルファス相を加熱温度によって自在に変えることのできる材料です。これまでゲルマニウム(Ge)、アンチモン(Sb)、テルル(Te)で構成される相変化材料が結晶相とアモルファス相の間で光の反射率が大きく変化することから光記録デバイスに応用されてきました。またアモルファス相は電気抵抗率が高く半導体的になるのに対し、結晶相で電気抵抗率がアモルファス相の1万分の1以下に低下するという特徴があります(図2参照)。この特徴を活かして、相変化メモリと呼ばれる不揮発性の記憶素子への応用も考えられています。
(※4) ディラック電子とグラフェン
結晶中の電子は周期ポテンシャルを感じながら運動することにより幅のあるエネルギーバンドを形成します。一般に電子の運動エネルギーEは、運動量pを用いてE =p2/2m*(m*は有効質量)とあらわすことができ、縦軸にE、横軸にpをとるエネルギーバンドが放物線型になります。一方、炭素原子一層だけからなるグラフェンの場合、2つのエネルギーバンドが1点で交差し、その交差点の近くではエネルギーEがpに比例し、線形のエネルギーバンドを持ちます。これは質量のない光子(粒子としての光)と同じ関数のかたちをとることから、グラフェンにも質量ゼロの電子が存在するということになります。このような線形のエネルギーバンドは、物理学者ポール・ディラックが提唱した相対性理論に基づいた方程式で説明できるため、ディラック電子と呼ばれます。
グラフェンは、曲げやすくて壊れにくいという機械的な性質だけでなく、みかけの質量がゼロであるディラック電子を有する点で基礎・応用の観点から注目され世界中で研究が展開されてきました。結晶中には、少なからず欠陥や不純物が存在し、一般には伝導電子がそれらにぶつかることで電気抵抗が生じます。ところが、グラフェン中のディラック電子は不純物や欠陥をものともせず「動き続ける」性質があります。その結果、グラフェンは室温付近であっても高い電子移動度(ある一定の電場でどれだけ電子が大きな加速度を得ることができるかを表す「電子の移動のしやすさ」)を示し、次世代デバイスの最有力候補として注目を浴びていました。
(※5) トポロジカル絶縁体
透明なガラスは電気を通さずアルミホイルは電気を通すように、日常生活の中で「電気を通すかどうか」という感覚は物質の色を見るだけである程度判断できてしまいます。また、その自然に身に付いた感覚は、物理的な理由づけも可能であり、透明なガラスは「絶縁体」、アルミホイルは「金属」というように物質中の電子の状態で区別されます。
一方、「トポロジカル絶縁体」に属する物質は特殊で、「絶縁体」でありながら、その表面で金属と同じように電気を流す性質を持つ特殊な物質です。トポロジカル絶縁体の表面にはスピン分極した表面バンド(トポロジカル表面バンド)が存在し、電流を担う電子はスピン(電子の自転)をそろえて運動し、「光」と同じように質量を持たないのが最大の特徴です。また通常の物質とは異なり、トポロジカル絶縁体の表面を動き回る電子は、普通とは違い、欠陥や不純物によって邪魔されることなく(エネルギーを損失することなく)伝導ができるというとても魅力的な性質を持っています。
図2. 相変化材料のアモルファス相(左)と結晶相(右)の模式図。アモルファス相では電気抵抗率が大きく、半導体的であるのに対し、結晶相では電気抵抗率が数桁低く金属的に振る舞う。
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究A「非共型な結晶対称性を持つ強相関物質の電子状態観測とトポロジーの解明(課題番号: 18H03683、研究代表者:木村昭夫)」、同基盤研究S「トポロジカル相でのバルク・エッジ対応の多様性と普遍性: 固体物理を越えて分野横断へ(課題番号: 17H06138 、研究代表者:初貝安弘)」などの支援を受けて行われました。
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掲載日 : 2020年07月09日
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