• ホームHome
  • 【研究成果】強磁性体薄膜の熱電能の向上に成功~電子構造と横熱電能の対応関係を解明~

【研究成果】強磁性体薄膜の熱電能の向上に成功~電子構造と横熱電能の対応関係を解明~

本研究成果のポイント

  • 磁性材料の一つとして知られるホイスラー合金Co2MnGa(コバルト・マンガン・ガリウム)薄膜の中に、スピン偏極したワイル粒子を発見しました。
  • ワイル粒子から構成されるバンド分散のエネルギー位置を精密に制御することで、室温で6.2 μV/K(温度1℃で発生する電圧)にもおよぶ巨大横熱電能を実現しました。また、薄膜試料が持つ大きな残留磁化を利用することで、無磁場下での動作も実現しました。
  • 本研究成果によって、毒性元素を含まない磁性体薄膜と未利用熱を活用した環境発電素子や熱流センサーの開発が期待されます。

概要

日本原子力研究開発機構の角田一樹研究員(研究当時: 広島大学大学院理学研究科博士課程後期)、広島大学大学院先進理工系科学研究科の木村昭夫教授の研究グループは、広島大学放射光科学研究センターの奥田太一教授、物質・材料研究機構の桜庭裕弥グループリーダー、増田啓介研究員と共同で、広島大学放射光科学研究センターにて高輝度シンクロトロン放射光(※1)を利用したスピン・角度分解光電子分光(※2)を用いて強磁性ホイスラー合金(※3)薄膜中にスピン偏極したワイル粒子(※4)が存在することを明らかにしました。また、ワイル粒子がつくる特殊な電子構造を制御することで異常ネルンスト効果(※5)による横熱電能を飛躍的に向上させることに成功しました。本研究成果により、磁性体薄膜を用いた次世代環境発電素子や高感度熱流センサーの開発につながることが期待されます。

本研究の成果は、Springer Natureのオープンアクセスジャーナル「Communications Materials」に掲載されました。

図1. (a)NIMSで作成された高品質Co2MnGa薄膜の横熱電能。価電子数Nvを増やすと、異常ネルンスト効果による横熱電能が飛躍的に上昇した(上図)。また、残留磁化を利用した無磁場での横熱電能の観測にも成功した(下図)。(b)放射光を用いたスピン・角度分解光電子分光実験の模式図。(c)上段: 理論計算によって求められたバンド分散。下段: スピン・角度分解光電子分光によって観測されたバンド分散。最も高い横熱電能を示す試料では、ワイル粒子から構成されるスピン偏極バンド分散(ワイルコーン)がフェルミ準位近傍に存在することが明らかとなった。また、少数スピン成分を持つ特殊な表面状態も観測された。

用語解説

(※1) シンクロトロン放射光
光の速度まで加速された電子の進行方向を磁場によって曲げると、シンクロトロン放射光と呼ばれる強い光が発生します。宇宙では星雲の中に放射光を見つけることができますが、地上では専用の加速器が必要です。シンクロトロン放射光は、人類が手に入れた最も強力な光で「夢の光」とも呼ばれます。大型放射光施設SPring-8や、国立大学法人として唯一の広島大学放射光科学研究センターHiSORなど、日本にはシンクロトロン放射光施設が多数存在し、最先端の研究が行われています。

(※2) 角度分解光電子分光(ARPES)
物質に光を当てると、光電効果によって物質内部の電子が放出されます。このとき、散乱を受けなかった電子はエネルギー保存則に従って物質内部の電子状態の情報を保ったまま放出されます。角度分解光電子分光は、放出された電子の運動エネルギーと放出角度を解析することで、固体内部の電子の束縛エネルギーと運動量の関係、つまりバンド分散を直接観測できる手法です。さらにスピン検出器を加えることで、電子の運動エネルギーと運動量だけでなく電子スピンも分離して観測できるため、磁性体の詳細な電子構造を調べることができます。本研究では広島大学放射光科学研究センターの奥田太一教授が独自に開発した世界一の分解能を誇る低速電子線回折(VLEED)型スピン検出器を用いて測定を行なっています。

(※3) ホイスラー合金
ホイスラー合金は3種類の元素から成る強磁性体で、X2YZの分子式で表されるものをフルホイスラー合金、XYZの分子式で表されるものをハーフホイスラー合金と呼びます。ホイスラー合金は構成元素の組み合わせが豊富で、ハーフメタル性や高い熱電効果、形状記憶効果、磁気冷凍など、多様な物性が得られる魅力的な材料として研究されています。また、XサイトにCoが入った系では高いキュリー温度が得られることが知られており、実用デバイスとしての応用が特に注目されている物質系です。

(※4) ワイル粒子
相対論的電子の振る舞いを記述するディラック方程式において、質量をゼロとしたとき得られるフェルミ粒子(半整数スピンをもつ粒子、電子もその一種)のことを指します。電子のエネルギーと運動量の関係を表すバンド分散として直線的な交差点を持つのが特徴です。

(※5) 異常ネルンスト効果
物質の両端に温度差があると、温度勾配の方向に起電力が発生しますが、これはゼーベック効果(図2b)と呼ばれています。一方、異常ネルンスト効果は、自発磁化を持つ磁性体で現れ、温度勾配と垂直方向に熱起電力を取り出すことができます(図2a)。

図2. 異常ネルンスト効果とゼーベック効果

論文情報

  • 掲載誌: Communications Materials
  • 論文タイトル: Spin-polarized Weyl cones and giant anomalous Nernst effect in ferromagnetic Heusler films
  • 著者名: *角田一樹1,2、*桜庭裕弥3、増田啓介3、河野嵩2、鹿子木将明2、後藤一希3、Weinan Zhou3、宮本幸治4、三浦良雄3、奥田太一4、*木村昭夫2,5(*責任著者)
    1日本原子力研究開発機構、2広島大学大学院理学研究科、3物質・材料研究機構、4広島大学放射光科学研究センター、5広島大学大学院先進理工系科学研究科
  • DOI: 10.1038/s43246-020-00088-w

謝辞

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究 A「非共型な結晶対称性を持つ強相関物質の電子状態観測とトポロジーの解明(課題番号: 18H03683、研究代表者: 木村昭夫)」、同基盤研究S「実用デバイスに向けたハーフメタルホイスラー合金のスピン依存伝導機構の解明(課題番号: 17H06152、研究代表者: 宝野和博)」、同基盤研究 S「トポロジカル相でのバルク・エッジ対応の多様性と普遍性: 固体物理を越えて分野横断へ(課題番号: 17H06138 、研究代表者: 初貝安弘)」、JST戦略的創造研究推進事業さきがけ「異常ネルンスト効果を用いた新規スパイラル型熱電発電の創成(課題番号:  JPMJPR17R5、研究代表者: 桜庭裕弥)」などの支援を受けて行われました。

【お問い合わせ先】

<研究内容について>
広島大学 大学院先進理工系科学研究科 物理学プログラム 
教授 木村昭夫
TEL: 090-6346-5384
E-mail: akiok*hiroshima-u.ac.jp (注: *は半角@に置き換えてください)

<報道に関すること>
広島大学 財務・総務室広報部 広報グループ 
TEL: 082-424-3749
E-mail: koho*office.hiroshima-u.ac.jp (注: *は半角@に置き換えてください)


up