• ホームHome
  • 【研究成果】水中での不斉炭素~炭素結合生成有機反応の発見~

【研究成果】水中での不斉炭素~炭素結合生成有機反応の発見~

本研究成果のポイント

  • 非常に簡単で水中で進む新しい不斉合成(※1)反応の可能性を発見しました。

概要

本研究は広島大学理学部、大学院先進理工系科学研究科と協定を結んでいるインドのThe Maharaja Sayajirao University of Baroda(MSU)との共同研究によって得られた成果です。

なぜフライパンに油を一滴加えると、生地がフライパンに付着しにくくなるのでしょうか?薪、ガス、レンガの直火で焼いたピザと電子レンジで調理したピザでは、なぜふわふわ感やパリッとした食感・味に違いが出るのでしょうか?

私たちの研究はこれらの質問に直接リンクされていませんが、これらの疑問は、ガラス、プラスチック、テフロン、スチールなどの異なる素材の上で行われた変化を比較することを意味します。私たちは、このことを化学反応を制御するために使えないかと考えました。もう少し専門的には、異なる素材上でも理想的な化学反応が進行し得るか、あるいは異なる選択性をもたらす可能性があるかについて知りたいと思いました。

私たちは、高校レベルの簡単な酸化還元反応である銀鏡反応(※2)(別名:トーレンステスト)に注目し、「銀膜の形成は素材表面に依存するのではないか」という仮説を立ててみました。この仮説は、ホウケイ酸ガラスのバイアル(試験管)ではなく、プラスチックのバイアル(エッペンドルフ管(※3))を使用して銀鏡試験を行ったときの反応を基にしています。驚いたことに、エッペンドルフ管での反応では、銀鏡/膜形成銀粒子が溶液上に浮遊したままでした。

この結果から、私たちは「銀膜形成は、もう一方の生成物を決定づける」という第二の仮説を立てました。私たちは2つの異なる酸化可能な出発化合物、すなわち2つの異なるフェノール分子(AとB)を用いて実験を行いました。驚いたことに、エッペンドルフ管で反応を行うと、A-AとB-Bの生成物が形成され、テフロンフラスコではA-Bの生成物が形成されることがわかりました。このことは重要な化学反応である炭素―炭素(C-C)結合形成反応が制御できる新しい可能性を示しています。

次に単純なフェノール分子の代わりにエナンチオマー(※4)ができる可能性があるβ-ナフトールを反応剤として選択して実験を行いました。ホウケイ酸ガラス管内で反応を行うと、不斉反応は起こらずにラセミ混合物(※5)(両方のエナンチオマーが同量で得られることを意味します)が得られますが、石英管で行われた反応は、s-エナンチオマー(左手系分子)が多く得られました。本結果はまだ予備的ですが、今後大きな展開が期待できる重要な結果になりました。

背景

2001年ノーベル化学賞は『キラル触媒を用いる不斉水素化および酸化反応の開発』でした。現在でも、キラルな有機化合物を合成するための触媒を開発する技術は非常に重要な技術です。また2010年ノーベル化学賞の『有機合成におけるパラジウム触媒クロスカップリング』はC-C結合生成反応の重要性を示しています。また、有機合成反応は主に有機溶媒中で行われており、これは地球環境への負荷が大きく、持続可能ではありません。したがって、水中でも反応を行うことができる有機合成反応の開発が急務です。

本研究では、非常に簡単かつ水中での炭素-炭素結合生成を伴う不斉化学反応を見つけました。

研究成果の内容

本研究では、銀鏡反応を用いて、非常に簡単で水中で反応が進む不斉合成反応を見つけました。

広く知られている銀鏡反応は、水中で混ぜるだけで進む反応です。この反応ではAg+イオンが酸化剤となり、銀鏡を生成するとともに、周辺の有機物を酸化します。酸化された有機物は主にラジカルとなり、様々な生成物を与えます。この反応は、今までガラス製(パイレックスなど)の容器で行われてきましたが、他の素材(テフロンやプラステック)の容器で行うと、銀鏡が出来ずに銀のナノ粒子が得られることが分かりました。このことをきっかけに、様々な種類の容器で有機物としてフェノールを用いると、C-C結合生成反応が起こることが判明しました。さらに、キラルな結晶である石英でできた容器を利用し、有機物としてβ-ナフトールを用いたところ、わずかではあるものの左手系のエナンチオマーが過剰に生成しました。

今後の展開

私たちの現代の生活では、多くの有機化合物(医薬、プラスチック、液晶分子など)が工業的な有機合成反応を用いて作られ、利用されています。今回、3つの有機合成に関する難問、①不斉合成のキラル触媒、②炭素-炭素結合生成反応、③有機溶媒不要の水中での反応、を一挙に解決する反応手法が見つかりました。しかも反応操作が非常に簡単であることから、不斉効率を上げる研究を進めることで、より環境にやさしい不斉合成触媒の開発が進むと考えられます。この研究が進むことにより、有機合成に関する高効率化、省資源化が進み、地球環境のサステナビリティ―に大きく寄与できると考えられます。

用語解説

(※1) 不斉合成
キラルな有機分子を選択的に作る化学反応のこと。

(※2) 銀鏡反応
この反応では2つの反応物(出発物質)と2つの異なる生成物(アルデヒドまたはフェノールなどの有機化合物は、[Ag(NH3)2]をAg(銀)に還元することで酸化される)がある。一方の生成物は、溶媒(通常は水溶液またはエタノール)に可溶だが、もう一方の生成物は、金属銀(Ag-銀鏡)が反応フラスコ(通常は試験管)の内壁に層を形成する。後者の生成物が反応名になっている。

(※3) エッペンドルフ管
マイクロチューブまたは微量遠心管とも言い、マイクロリットルからミリリットル程度の試料を扱うためのポリプロピレン製小型試験管で、多くの有機溶媒にも耐久性がある。

(※4) エナンチオマー
キラルな物質のこと。我々生命体を作っている有機分子は、ほとんどすべてキラルな分子で出来ている。そのため薬などはキラルなエナンチオマー分子の合成が必要である。

(※5) ラセミ混合物
両方のエナンチオマーが同量で得られることを意味する。

論文情報

  • 掲載誌: Scientific Reports
  • 論文タイトル: Nonconventional driving force for selective oxidative C–C coupling reaction due to concurrent and curious formation of Ag0
  • 著者名: Khushboo Bhanderi, Prasanna S. Ghalsasi, Katsuya Inoue
  • DOI: 10.1038/s41598-021-81020-1
【お問い合わせ先】

<研究内容について>
広島大学 キラル国際研究拠点・大学院先進理工系科学研究科
教授 井上 克也
TEL: 082-424-7416
E-mail: kxi*hiroshima-u.ac.jp (注: *は半角@に置き換えてください)
キラル国際研究拠点(CResCent)  https://kotai.hiroshima-u.ac.jp/chiral/

The Maharaja Sayajirao University of Baroda
教授 Prasanna Ghalsasi
E-mail: prasanna.ghalsasi-chem*msubaroda.ac.in (注: *は半角@に置き換えてください)

<報道に関すること>
広島大学 財務・総務室広報部 広報グループ
TEL: 082-424-3749
E-mail: koho*office.hiroshima-u.ac.jp (注:*は半角@に置き換えてください)


up