硫酸還元菌は、土壌、淡水、海洋堆積物、熱水噴出孔、油層、石油生産施設など多様な環境に棲息し、全地球的物質循環に重要な役割を果たしていることが分かっています。陸域地下環境には未だ人類が利用できない膨大な種類の微生物が存在していることが過去の研究から分かっていますが、陸域地下環境は酸素のない嫌気的な環境であり、この環境からの試料採取時には酸素への曝露を最小限にする方法が必要などの困難を要することが多く、研究を進める上での大きな障害となっていました。幌延町には、国立研究開発法人 日本原子力研究開発機構が深地層研究施設を有しており、通常はアクセス困難な地下環境から、陸域地下環境由来の研究用試料の採取が可能な世界的にも稀有なサイトとなっています。このような利点を活かし、ノーステック財団 幌延地圏環境研究所(H-RISE)は開所時より、幌延地下環境における微生物に関する研究を行ってきました。
H-RISEでは、平成24年度より第二期長期研究計画として「褐炭層や珪質岩層等に含まれる未利用有機物を微生物の作用によりバイオメタンに変換する方法の開発」を行いました。上記長期研究の一環として採取した試料からメタン生成菌の探索を行い、これまで3種類の新種を報告しました。今回の報告ではメタン生成菌の探索に使ったものと同じ試料を用い、硫酸で呼吸する新種の細菌「Desulfovibrio subterraneus (デスルフォビブリオ スブテラネウス)HN2T株」を発見しました (図1)。
Desulfovibrio属に分類される細菌に限定した場合、現在まで50種以上が報告されていますが、陸域地下環境から得られたものについては世界的には過去に4例しか報告がなく、今回のものが5例目となり、陸域地下環境からの報告は非常に貴重であるだけではなく日本国内では初の報告となります。株名の「HN2T」は、幌延(Horonobe)のHとNから、数字の2は実験サンプルの番号、右肩のTは、その種(今回はsubterraneus)の基準株(Type strain)であることを示しています。
研究グループは、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 幌延深地層研究センターが開設前に行った大深度ボアホール調査時に採取した地下水試料を使い、既に3種類のメタン生成菌の新種を報告していました。H-RISEではこの試料を維持しており、この試料から新種の細菌の取得を行いました。取得した細菌については16S rRNA遺伝子(※4)および全ゲノムの塩基配列解析を活用し、データベース内に登録されている他の細菌と比較することにより新種かどうかの判定を行いました。新種の細菌の可能性があるものについてさらなる解析を行いどのような特徴があるかを調べました。
過去に報告を行った3種類のメタン生成菌の新種に加え、嫌気的条件で硫酸を使い呼吸する新種の細菌の取得に成功しました。硫酸に加え、酸化鉄や二酸化マンガン、腐植様物質など、地層中にも含まれる物質も使い呼吸をしていることが分かり(図2)、硫酸が乏しい環境である幌延町の深部地下環境中(1リットルあたりの硫酸濃度は5.9mg、比較として海水は約2700mg)で棲息できる理由を明らかにしました。
今回発表した研究をさらに発展させることにより、当該施設を活用した陸域地下環境を新たな微生物資源探索の場として利用できることが期待できます。また、陸域地下環境でのメタン生成菌との共生機構や、幌延地下環境でのメタン生成機構に興味が持たれます。
(※1) 嫌気的条件
生物が関わる現象で、酸素の介在を伴わないこと、あるいは酸素が無い状態でのみ生じる条件。逆に、酸素を使って生命現象を行う条件を「好気的条件」という。
(※2) Desulfovibrio (デスルフォビブリオ)属細菌
主に硫酸(SO42-)を使って呼吸を行い、硫化水素(H2S)を発生させる細菌の分類上の一つのグループ。酸素存在下(好気的条件)では生育できないという特徴がある。土壌、淡水、海洋堆積物、熱水噴出孔、油層、石油生産施設など多様な環境に棲息する。
(※3) International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology(略称IJSEM)
英国の科学雑誌で、国際微生物学会連合(IUMS)の公式誌。微生物分類の専門誌となる。新種の微生物の命名規約ではIJSEMへの掲載のみを学名の正式発表としている。
(※4) 16S rRNA遺伝子
微生物の同定の際に用いられる遺伝子。この遺伝子の塩基配列を特殊な装置で読み、その結果を既存のデータベースと比較することにより、どのような微生物であるかを推定することが可能である。
参考文献
Shimizu et al. (2015) Methanosarcina subterranea sp. nov., a methanogenic archaeon isolated from a deep subsurface diatomaceous shale formation. International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology. DOI: 10.1099/ijs.0.000072
Shimizu et al. (2013) Methanoculleus horonobensis sp. nov., a methanogenic archaeon isolated from a deep diatomaceous shale formation. International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology. DOI: 10.1099/ijs.0.053520-0
Shimizu et al. (2011) Methanosarcina horonobensis sp. nov., a methanogenic archaeon isolated from a deep subsurface Miocene formation. International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology. DOI: 10.1099/ijs.0.028548-0