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【研究成果】結核菌や非結核性抗酸菌は赤血球に接着して細胞外で増殖することを発見~全身に感染が拡がるメカニズムの解明と新薬開発につながる可能性~

本研究成果のポイント

  • 結核やMAC症(非結核性抗酸菌症)を引き起こす病原性マイコバクテリアが赤血球に接着して細胞外で活発に増殖する(図)ことを本研究で初めて明らかにしました。
    今まで、病原性マイコバクテリアはマクロファージ(*1)に感染してその細胞内で増える細胞内寄生菌(*2)として知られていました。
  • 感染が進行した病巣でみられる多くの細胞外マイコバクテリアは赤血球を利用して細胞の外で盛んに増殖した結果であると考えられます。細胞外増殖は結核や肺MAC症の悪化や感染の拡がりに関わっていると思われます。
  • 本研究成果は「マイコバクテリアは細胞内増殖する」という今までの常識を一新して、今まで未解明だった全身に感染が拡がるメカニズムなどの病原性や免疫システムについて新たな知見がうまれる礎になると期待されます。

概要

 広島大学学術・社会連携室環境遺伝生態学分野 西内由紀子特任准教授らのグループと新潟大学大学院医歯学総合研究科細菌学分野 松本壮吉教授らのグループにより、病原性マイコバクテリアが赤血球を利用して細胞外で活発に増殖することを明らかにした研究成果です。
 結核菌、Mycobacterium avium subsp. hominissuis(MAH)、Mycobacterium intracellulareなどの病原性マイコバクテリアは、マクロファージや上皮細胞に細胞内寄生して肺感染症を引き起こします。私たちは、マイコバクテリアに感染したマウスの肺や肺MAH症の患者の肺から得られた切片を抗酸性染色(マイコバクテリアを赤く染める方法)して詳細に観察したところ、マイコバクテリアが、肺の毛細血管の赤血球や感染部位に生じる肉芽腫の壊死部分に存在している赤血球と共在していることを見出しました (図 A)。140年前にロベルト・コッホが結核菌を発見して以来、マイコバクテリアと赤血球の関係が注目されたことはありません。本研究は、マイコバクテリアと赤血球の相互作用を明らかにすることを目的として進めました。
その結果、i). MAHとヒト赤血球を一緒に培養してから電子顕微鏡観察すると確かにMAHが赤血球に接着しており、また赤血球の中にも存在しました。ii) MAHは赤血球の膜表面に多く存在する補体受容体1(CR1)とシアロ糖タンパク質と結合して接着しました。iii). MAHとヒト赤血球を一緒に培養するとMAHは活発に増殖しました。iv). この活発な増殖はMAHと赤血球が直接接着して起きますが、赤血球の細胞内では起きません。v). マクロファージは本来侵入した病原体を貪食するので、マクロファージがMAHを接着した赤血球を貪食するか調べました。単球由来マクロファージは、MAHと赤血球が接着しているときの方がMAH単独の時よりよく貪食することを明らかにしました。vi). 結核菌およびMycobacterium intracellulare はMAHと同様に赤血球に接着して細胞外増殖することを確認しました。
本研究では、マイコバクテリアと赤血球の共在を見出したことから、両者の相互作用を調べて、病原性マイコバクテリアが赤血球を利用して活発に細胞外増殖することを明らかにしました。これは、今まで知られていなかった細胞外増殖のメカニズムです。感染症が進行するとできる壊死性肉芽腫(*3)内で観察される多くの細胞外マイコバクテリアは赤血球を利用して細胞外で活発に増殖した結果であると考えられます。また、赤血球はガス交換だけでなく、侵入してきた病原体を取り除く役割も果たしていることから、マイコバクテリアも同様に赤血球のCR1に接着して肝臓や脾臓に移されて殺されますが、ときに生き残りそこで増殖すると考えられます。このように、マイコバクテリア感染症の防御や進行、感染拡大に赤血球が深く関わっていると考えられます。私たちの研究は、今後の研究によって今まで未解明だったマイコバクテリア感染症の課題が解決される礎となると期待されます。

本研究成果は、3月16日に科学誌「Microbiology Spectrum」にオンライン掲載されました。

発表内容

【背景】

マイコバクテリア感染症は世界の公衆衛生上の脅威となっています。結核は世界の三大感染症のひとつですし、MAC症は罹患率が増加していて、日本では結核の罹患率より多くなりました。これらの病原性マイコバクテリアに感染するとマイコバクテリアは白血球の1つであるマクロファージの細胞内で増殖することが知られています。ところが、マイコバクテリア感染症ではしばしば多くの細胞外マイコバクテリアが観察され、病気の進行や感染の拡大に関与していると考えられてきました。マイコバクテリアは細胞内寄生菌なので、これらの細胞外の菌はマクロファージが壊死して壊れた結果マクロファージの中で増殖した菌が細胞外に出ていると考えられてきました。一方で病気が進行してできる液状化した壊死性肉芽腫や開放性空洞(*4)では細胞外の結核菌が活発に増殖しているとの報告があり、さらに感染が全身に拡がった時の循環血液中でも細胞外で増殖していると考えられてきました。このように細胞外増殖が起きていることはわかってきましたが、その増殖メカニズムは知られていませんでした。
マイコバクテリア感染症では、血痰や喀血は肺感染症に伴う最も一般的な症状ですし、貧血もよくみられる合併症です。にもかかわらず、赤血球とマイコバクテリア感染症の関係は注目されてきませんでした。また、赤血球は、肺と組織の間でガス交換をしているだけでなく、血液循環に侵入してきた異物や病原体を取り除く免疫の役割も果たしていることが知られています。病原体が侵入すると、赤血球は膜表面のCR1を使って病原体を捕まえます。赤血球は病原体を肝臓や脾臓のマクロファージにCR1とともに渡して殺してもらい、病原体を渡した赤血球は血液循環に戻ります。
 本研究では、マイコバクテリアと赤血球の相互作用を調べて、マイコバクテリアが赤血球のCR1やシアロ糖タンパク質を利用して接着し、活発に細胞外増殖することを明らかにしました。これは、今まで知られていなかった細胞外増殖のメカニズムを明らかにしています。

【研究成果の内容】

私たちは、マイコバクテリアに感染したマウスの肺や肺MAH症の患者の肺から得られた切片を抗酸性染色(マイコバクテリアを赤く染める方法)して詳細に観察したところ、マイコバクテリアが、肺の毛細血管の赤血球や感染部位に生じる肉芽腫の壊死部分に存在している赤血球と共在していることを見出しました(図 A)。
赤血球とMAHを一緒に培養して、接着していない菌を洗い流してから電子顕微鏡観察すると、確かに赤血球にマイコバクテリアが接着していました。赤血球の中にも存在しています。では、赤血球の膜表面のどの分子を使ってマイコバクテリアは接着しているのでしょうか?赤血球膜に多く存在している補体受容体1(CR1)とシアロ糖タンパク質に接着していることが抗体を使った実験などで証明できました。では、接着または赤血球内のマイコバクテリアは生きているのでしょうか?赤血球とMAHを一緒に培養してMAHの菌数の変化を調べると、勢いよく菌数が増加していました。その増殖速度は至適条件で培養したときの対数増殖期の速度(倍加時間 11時間)と変わりません。細胞の膜を通過しないがMAHを殺菌できる抗菌剤、アミカシンを使って赤血球の外側の菌を殺してみると、生きているMAHの数は徐々に減りました。電子顕微鏡写真でも赤血球の中のMAHは細胞膜の一部が破壊されていることが観察できました。これらのことから、赤血球の中ではMAHは生きられないことがわかりました。細胞外増殖するとき、MAHが増殖するためには直接赤血球と接着する必要があるかどうか調べることにしました。セルインサートという小さいザル状の器を細胞培養の容器に入れて赤血球とMAHを分離したときと、セルインサートなしで直接接着することができる状態とでMAHの増殖を比較すると、セルインサートなしで、直接接着している時に活発に増殖しました(図 B)。これらの性質は、結核菌、およびMycobacterium intracellulare でも同様に確認できました。これらの結果から、病原性マイコバクテリアは赤血球に直接接着して活発に細胞外増殖することがわかりました。いいかえると、赤血球はマイコバクテリアが感染する細胞の1つです。
マクロファージはマイコバクテリアが感染する細胞であるだけでなく、侵入した病原体や古くなった細胞を貪食し、傷ついた組織を修復することが知られています。そこで、マクロファージがMAHを接着した赤血球を貪食するかどうか調べました。単球由来THP-1マクロファージは、MAHと赤血球が接着しているときの方がMAH単独の時より多くのMAHを貪食しました。
 今回の研究成果から、液状化した壊死性肉芽腫内で観察される多くの細胞外マイコバクテリアは赤血球を利用して細胞外で活発に増殖した結果であると考えられ、感染症の進行や感染拡大に細胞外増殖が関わっていると思われます。赤血球はガス交換だけでなく、侵入してきた病原体を取り除く役割も果たしています。マイコバクテリアも赤血球のCR1に接着して肝臓や脾臓に移されて殺されますが、時に生き残りそこで増殖すると考えられます。また、今回の研究成果から他の接着因子を使うことで、マイコバクテリアが肝臓や脾臓に移動せずに赤血球に接着したまま、増殖しながら循環している可能性もあります。マクロファージはMAHが接着した赤血球をそのまま貪食できるので、このことが粟粒結核や播種性MAC症へと病気の悪化につながっているかもしれません。このように病原性マイコバクテリアが赤血球を利用して細胞外で活発に増殖することは、病気の進行や全身への播種、潜伏感染、貧血などの合併症発症のメカニズムに深く関わっていると考えられます。私たちの研究は、今後の研究によってマイコバクテリア感染症の今まで未解明だった課題が解決される鍵になると期待されます。

【今後の展開】

マイコバクテリアが赤血球に接着する時の菌の膜表面の接着因子を明らかにする必要があります。この接着因子が、マイコバクテリアが細胞外増殖するメカニズムを解く鍵になると思われます。
本研究では、マイコバクテリアと赤血球が患者体内の肉芽腫の壊死部分や循環血内に実際に共在していることと、実験的にマイコバクテリアが細胞外増殖することを明らかにしました。今後は、患者の体内でマイコバクテリアが赤血球を利用して実際に細胞外増殖しているかどうかを明らかにする必要があります。
赤血球を利用した細胞外増殖のメカニズムが明らかになれば、マイコバクテリア感染症の進行、全身播種、貧血や潜伏感染など、今まで解明できなかった病気のメカニズムを明らかにする端緒になると期待できます。これらが明らかになれば、新たな治療法の開発につながります。

図1 マイコバクテリアの赤血球を利用した細胞外増殖。A). マイコバクテリア感染肺の模式図. マイコバクテリアは、マクロファージ内だけでなく細胞外にも多く存在し、毛細血管内の赤血球や、肉芽腫内の赤血球と共在していた。B). マイコバクテリアは赤血球に直接接着して増殖する。マイコバクテリアは赤血球と一緒に培養すると活発に増殖した(■)が、セルインサートを使って両者を分けたり(●)、赤血球を除いた(△)状態ではほとんど増殖しなかった。

用語解説

(*1)マクロファージ:白血球の1種。身体中の組織に分布して、侵入してきた異物や病原体、古くなった細胞を貪食して身体の中をきれいにする掃除屋である。傷ついた組織の修復も行う。結核菌などのマイコバクテリアが感染すると、この細胞の中で増える。

(*2)細胞内寄生菌:ヒトや動物、植物などの細胞内で成長し増えることができる細菌。結核菌などのマイコバクテリアや、レジオネラ、クラミジア、リケッチアなどがある。

(*3)壊死性肉芽腫:炎症がおきるとリンパ球や好中球、マクロファージが集まるが、長引くと塊となって肉芽腫を形成する。さらに進行すると中心部の組織が死んで壊死性の肉芽腫となる。感染症では結核菌などの病原体を封じ込める役割を持っている。肉芽種は感染症だけでなくアレルギーや腫瘍でも形成される。

(*4)開放性空洞:壊死性肉芽種が悪化すると中の細胞が壊れて液状化する。この液状化したものは、咳とともに体外に喀血となって排出される。排出されたあとには、中身のない空洞が残り、開放性空洞となる。

論文情報

  • 掲載誌: Microbiology Spectrum in press.
  • 論文タイトル: Direct attachment with erythrocytes augments extracellular growth of pathogenic mycobacteria
  • 著者名: Yukiko Nishiuchi, Yoshitaka Tateishi, Hiroshi Hirano, Yuriko Ozeki, Takehiro Yamaguchi, Mari Miki, Seigo Kitada, Fumito Maruyama, Sohkichi Matsumoto
  • DOI: https://doi.org/10.1128/spectrum.02454-21
【お問い合わせ先】

<研究に関すること>
広島大学 学術・社会連携室 環境遺伝生態学分野
特任准教授 西内 由紀子
Tel/Fax:082-424-7048
E-mail:nishiuchi*hiroshima-u.ac.jp

新潟大学 大学院医歯学総合研究科細菌学分野
教授 松本 壮吉
Tel:025-227-2050
E-mail:sohkichi*med.niigata-u.ac.jp

<広報に関すること>
広島大学 財務・総務室広報部広報グループ
Tel/Fax:082-424-3749
E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp

新潟大学 広報室
Tel:025-262-7000
E-mail:pr-office*adm.niigata-u.ac.jp

(注: *は半角@に置き換えてください)


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