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【研究成果】水中で化学反応を加速させる新しい固体触媒の開発~触媒反応空間の「リフトアップ」過程を放射光で直接観測!~

概要

 千葉大学 大学院工学研究院 原 孝佳 准教授、一國 伸之 教授、島津 省吾 名誉教授、広島大学 大学院先進理工系科学研究科 森吉 千佳子 教授、島根大学 総合理工学部 笹井 亮 教授、藤村 卓也 助教、高輝度光科学研究センター 河口 彰吾 主幹研究員らの研究グループは、陰イオン交換能を有する層状希土類水酸化物注1)の機能を駆使し、水溶媒中で固体ブレンステッド塩基触媒注2)として応用することに成功しました。
研究グループは化学反応が水中で加速される要因が、触媒の周囲に多量に存在する水分子が層間内の陰イオンと複合体を形成し、ナノサイズの反応空間を特異的に「リフトアップ(拡張)」することであることを世界で初めて突き止めました。さらに、放射光X線を用いてその過程を直接観測しました。
希土類元素を含む酸化物あるいは水酸化物は、蛍光・リン光材料に応用され、MRI造影剤やドラッグデリバリー試剤としての応用も検討されている高機能材料として知られています。
本触媒は、水溶媒中での有機合成反応を効率的に行うことができるため、SDGsの目標7(エネルギー)、9(イノベーション)および12(持続可能な生産)に掲げられている目標を実現させる機能性材料といえます。
本研究成果は、4⽉4⽇に英国化学会が出版するCatalysis Science & Technology誌に掲載され、表紙を飾るカバーアートに選出されました。

発表内容

【背景】

新しい化学技術体系を創り出して持続可能な循環型社会を造ることは、環境の世紀といわれる21世紀の化学者の責務です。「触媒」は、化学反応を促進させる物質のことであり、物質とエネルギーの変換を掌るマエストロの役割を果たす重要なキーマテリアルです。効果的な触媒を開発することは、モノづくりをパワフルに先導することができる真のグリーン・イノベーションを達成するためにも重要です。
陰イオン交換能を有する層状無機水酸化物の層間内は、プラスの電荷をもつ水酸化物シート(基本層)に挟まれた層間陰イオン(マイナス電荷)が電気的な力で相互作用している特殊な空間なので、これまでにない反応性を示す新しい活性種を合成することができる可能性があります。また、陰イオン交換反応を駆使することで、反応を促進する成分も層間内に同時に集積することもできます。
このように、層状無機水酸化物の層空間を反応場として自由自在にデザインし、目的とする化学反応に適した反応空間を仕立て上げるように設計する方法論の確立が求められています。

【成果】

層状希土類水酸化物を触媒に用いると、水酸化物それ自体がもつブレンステッド塩基性が利用できるだけでなく、層間内の陰イオンの種類を適切に選択すると、水中で反応空間が拡張し、反応速度を向上させることができました。
 今回研究グループが注目した触媒材料は、希土類元素に分類されるイットリウムを基本層シートの主成分とする層状イットリウム水酸化物(図1注3))です。
層状イットリウム水酸化物の層間内塩化物イオンを陰イオン交換反応によって酢酸イオンに置換したときに、水中で特異的に層間隔が拡張する「リフトアップ現象」を見出しました。大型放射光施設SPring-8注4)内の粉末結晶構造解析ビームラインBL02B2でサブ秒オーダーでの放射光X線回折注5)実験を行い、この拡張過程を追跡したところ、水による層空間のリフトアップは数十秒で完了することがわかりました(図2A,B)。
このような迅速なリフトアップ現象は、他の有機溶媒に触媒を分散させても、酢酸イオン以外の陰イオンを層空間に導入しても全く起こりません。酢酸イオンと多量に存在する水分子とが層間内で複合体を形成することで基本層を持ち上げ、反応空間を拡張していると考えられます(図2C)。
このようなユニークな特性をもつ触媒を水溶媒中で用いると、Knoevenagel縮合反応注6)を効果的に進行させることができ、医農薬中間体として有用なα,β-不飽和ニトリル化合物を高収率で合成することができました(図3A)。この触媒を用いると、これまでに報告されてきた他の触媒の約半分の活性化エネルギー注7)で反応を進行させることができました。さらに、この触媒は粉末状で機能するため、反応後の固体と液体の懸濁液から遠心分離やろ過によって簡単に分離でき、触媒活性や反応選択性を維持したまま再使用することもできました(図3B)。

図1 層状イットリウム水酸化物の結晶構造。
(水色:Y3+、赤色:-OH、黄色:H2O、緑色:Cl。)

図2 (A)反応空間のリフトアップ過程の時間変化を放射光X線回折でとらえた様子。横軸が回折角で層間距離が広いほど左にシフトする。(B)新たに発現する拡張後の層構造に由来する回折ピーク面積と時間との関係。面積が大きいほど生成量が多い。水を加えると瞬時に拡張した層構造が多量に生成する様子がわかる。(C)リフトアップ過程の模式図。水と酢酸イオンの複合体が基本層を持ち上げている。

図3 (A)触媒反応の例。シアノ酢酸エチルとベンズアルデヒドとの反応が水溶媒中にて進行し、高収率で生成物が得られた。(B)触媒反応中と反応後の写真。液相と固相とを完全に分離可能。

【今後の展望】

 本研究により、層状希土類水酸化物を塩基触媒として用いる際、水分子による層空間「リフトアップ」機能を発現させ、反応速度を加速させることに世界で初めて成功しました。希土類元素を含む水酸化物あるいは酸化物は、蛍光・リン光材料に応用され、MRI造影剤やドラッグデリバリー試剤としての応用も検討されている将来有望な化合物群です。今回の研究成果は、反応媒体(溶媒)がもたらす構造変化によって触媒性能を向上させることができましたが、さらに希土類水酸化物特有の機能も組み合わせた斬新な触媒の設計指針を確立するうえで大きな一歩になります。
格段に進歩した計算科学が得意とする物質イメージング手法と、放射光X線回折をはじめとする極めて迅速な構造変化をその場で観測することができる最先端計測技術とをコラボレーションさせ、層空間を舞台とする反応場の機序が明らかになること、そして想像を超えた触媒機能の発現を期待します。

【研究者のコメント(千葉大学大学院工学研究院 准教授 原 孝佳)】

研究グループはこれまで、層状無機水酸化物のユニークな性質を駆使して設計した「インターカレーション触媒」注8)を開発してきました。例えば、化学的に不安定な陰イオン種を層空間内に安定的に固定化して反応起点(触媒活性点)とするだけでなく、反応物を活性化する成分も同時に集積し、高性能な固体触媒を創り出してきました。
反応に有効な化学種をデザインして触媒を合成し、反応に応用し、構造を解析する、という実験を相補的に何度も繰り返し、試行錯誤を重ねる中で反応空間のリフトアップ効果を発見しました。
すべての化学反応に万能な触媒は存在しません。個々の元素がもつ独特な表情(反応性)を巧みに操り、層状無機水酸化物の陰イオン交換を機軸にして、ターゲットとする物質変換に最適な要素を織り成した新しい触媒を開発していきたいと思います。

【研究プロジェクトについて】

 本研究は、科学研究費助成事業(19K05558)の支援により遂行されました。

用語解説

注1)層状希土類水酸化物:希土類元素の水酸化物ユニットが連なることで、プラス電荷をもつ基本層シートを構成し、陰イオンを挟み込んだ層状構造を有する物質。
注2)固体ブレンステッド塩基触媒:反応物から水素イオン (H+) を引き抜く作用がある触媒で、溶液に溶けずに機能する触媒。
注3)NIMS佐々木孝義博士らの結晶構造解析結果をもとに、3次元可視化プログラムVESTAを用いて描いた。VESTAに関しては、次の論文を参照。K. Momma and F. Izumi J. Appl. Crystallory. 2011, 44, 1272.
注4)大型放射光施設SPring-8:理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設(利用者支援等は高輝度光科学研究センターが行う)。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光を用いてナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。
注5)放射光X線回折:高エネルギーのX線回折によって結晶相を決定する手法。本研究では大型放射光施設であるSPring-8を使用した放射光X線回折によって、水中での構造変化をミリ秒オーダーで観測した。
注6)Knoevenagel縮合反応:塩基触媒存在下、酸性度の高い水素をもつ反応物を、アルデヒドまたはケトンと縮合させてアルケンを合成する反応。E.Knoevenagelによって1898年にはじめて報告された。
注7)活性化エネルギー:反応の出発物質を基底状態(最もエネルギーの低い状態)から遷移状態まで移行させるために必要なエネルギー。この値が小さい触媒ほど反応を進める能力が高い。
注8)インターカレーション触媒:層状構造をもつ物質の層間に他の物質が可逆的に挿入される化学反応を利用して合成した触媒。

論文情報

  • 掲載誌: Catalysis Science & Technology
  • 論文タイトル: Specific Lift-Up Behaviour of Acetate-Intercalated Layered Yttrium Hydroxide Interlayer in Water: Application for Heterogeneous Brønsted Base Catalysts toward Knoevenagel Reactions
  • 著者名: 原 孝佳*1、波部 眞生子*2、中西 輝*2、藤村 卓也*3、笹井 亮*3、森吉 千佳子*4、河口 彰吾*5
    一國 伸之*1、島津 省吾*1
    *1 千葉大学大学院工学研究院、*2 千葉大学大学院融合理工学府先進理化学専攻、
    *3島根大学総合理工学部、*4広島大学大学院先進理工系科学研究科、*5 高輝度光科学研究センター
  • DOI: https://doi.org/10.1039/D1CY02328D
【お問い合わせ先】

<研究に関すること>

千葉大学 大学院工学研究院
原 孝佳 准教授
TEL:043-290-3378
E-mail:t_hara*faculty.chiba-u.jp

<報道について>
千葉大学広報室
TEL:043-290-2018
E-mail:koho-press*chiba-u.jp

広島大学財務・総務室広報部広報グループ
TEL:082-424-4518
E-mail: koho*office.hiroshima-u.ac.jp

島根大学企画部企画広報課
TEL:0852-32-6603
E-mail:gad-koho*office.shimane-u.ac.jp

SPring-8/SACLAについて
高輝度光科学研究センター
利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785
E-mail:kouhou*spring8.or.jp

(注: *は半角@に置き換えてください)


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