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【研究成果】三元系高分子太陽電池の安定性向上メカニズムを解明 〜塗布型で低コストの製品開発に貢献〜

概要

 3種類の半導体材料を用いた三元系高分子太陽電池が、高効率な次世代の太陽電池として注目を集めています。有機材料を用いて安いコストで作製できるほか、プラスチック基板に塗るだけで製造できるため、コストや環境負荷の抑制につながり、大面積化も可能であることでも注目されています。しかし、分子レベルの劣化メカニズムは不明で、太陽電池を長寿命化する上での妨げとなっていました。
 本研究では、電子スピン共鳴を活用し、従来の手法では難しかった三元系高分子太陽電池の安定性向上メカニズムを分子レベルで解明することに成功しました。独自に開発した太陽電池の構造を活用し、電子スピン共鳴と太陽電池の性能を同時に計測する、世界初の測定手法を用いた成果です。
 この手法による計測の結果、太陽電池が動作している状態で、太陽電池の内部の電荷状態(スピン状態)の変化が太陽電池の性能(電流や電圧)と強く相関していました。また、太陽電池の性能の変化は、太陽電池の構成材料である光活性層と電子輸送層の電荷状態の変化に由来することが分かりました。この変化は太陽電池の電流の減少と電圧の増加を生じさせます。そして、3種類の半導体材料のうちn型半導体を光活性層に添加することで、光照射による電荷の蓄積が抑制され、太陽電池の劣化が抑えられることが明らかになりました。
 本研究チームの開発した手法により、太陽電池の劣化を防ぐために必要な、これまでにない分子レベルの情報を提供することが可能となりました。
 本手法で得られた分子レベルの情報を基にすることで、低コスト、高効率かつ長寿命で、環境にも優しい太陽電池の製品開発が効率良く進むことが期待されます。

研究代表者 
筑波大学数理物質系/エネルギー物質科学研究センター
 丸本 一弘 准教授
広島大学大学院先進理工系科学研究科 応用化学プログラム
 尾坂 格 教授

発表内容

【背景】

 高分子太陽電池は、シリコン太陽電池と比べて軽量で柔軟性があり、コストや環境負荷を抑えながら作製することが可能です。また、半透明な特徴を生かしたシースルー窓発電などの用途もあります。このようにシリコン太陽電池では実現が難しい特徴を持つことから、高分子太陽電池は次世代太陽電池として活発に研究開発が行われています。従来はp型半導体材料とn型半導体材料の2種類の材料を混合して光活性層を形成する二元ブレンド系の太陽電池が主流でした。近年、二元ブレンド系にp型またはn型の第3成分の半導体材料を加えることで光エネルギー変換効率が飛躍的に向上することが分かり、この三元ブレンド系太陽電池が注目されています。現在では光電変換効率18 %以上が達成されるようになり、実用化されているシリコン太陽電池の光エネルギー変換効率27%に匹敵する性能を実現するため、更なる効率向上に向けた研究が行われています。
 高分子太陽電池を実用化するためには、変換効率の向上に加え、劣化機構を解明して長寿命な製品を作ることが大変重要になります。劣化機構の解明においては、水や酸素など外因的な要因以外にも、高分子太陽電池の内部に電荷が蓄積することによる電荷キャリア散乱効果やエネルギー準位シフトなど、内因的な要因についても研究が進められてきました。
 しかし、従来の研究手法では、内因的な劣化要因を詳細に、特に分子レベルのミクロな視点から直接的に解明することは出来ず、新たな手法の開発が求められていました。実現すれば、高分子太陽電池の高安定化、低コスト化につながるため、世界中で競って研究が行われています。

【研究成果の内容】
 本研究では、従来の手法では困難だった、三元系高分子太陽電池の電荷の蓄積を減少させることによって高分子太陽電池の安定性が向上するメカニズムを解明することに成功しました。
 電子スピン共鳴注1)は材料を非破壊、高感度かつ高精度に研究できます。今回は電子スピン測定用に独自開発した太陽電池の構造を生かし、電子スピン共鳴と太陽電池の性能を同時に計測する、世界で初めて開発した測定手法を用いました。その構造を参考図1に示します。光活性層に用いられているPTzBTはp型半導体材料、PC61BMはn型半導体材料、ITICはn型の第3成分の半導体材料になります[1]。
 電子スピン共鳴を活用し、太陽電池が動作している状態で、太陽電池内部の電荷状態(スピン状態)の変化を分子レベルで直接的に捉えました。図2に疑似太陽光照射下で測定された高分子太陽電池の電子スピン共鳴のデータを示します。電子スピン共鳴では電子の持つ自転の自由度(スピン)を用いた磁気共鳴現象による電磁波(マイクロ波)の吸収を測定しています。その吸収の微分形の信号が光照射時間と共に増加することが図2a,b,c,dに示されています。a,bは電流が流れている状態(短絡状態)で、c,dは電流が流れていない状態(開放状態)で測定した太陽電池の信号です。光照射時間が長くなると、複数の信号が観測され、第3成分の添加材料ITICの有無にかかわらず、321.5 mT(㍉テスラ)付近の低磁場領域で信号の強度がそれぞれ増加しました。 興味深いことに、327.5 mT付近の高磁場領域では、光照射1時間で信号の強度が増加し、その後、時間とともに徐々に減少することが観測されました。つまり、光照射により信号強度がまず増加し、その後減少したことが分かりました。構成材料の電子スピン共鳴の測定や理論計算によって、信号の起源は光活性層注2)(PTzBTの正孔、PC61BMの電子)と電子輸送層注3)(ZnO中の格子間亜鉛の正孔(Zni+)と酸素空格子点の正孔(VO+))であることを明らかにしました。
 また、信号を2回積分して標準試料と比較することで、太陽電池に含まれるスピンを持つ電荷の数(スピン数)が算出できます。太陽電池に光照射した時のスピン数の応答と、電流や電圧の変化を図3a,b,c,dに示します。スピン数が太陽電池の性能(電流や電圧)と強く相関していることを見出しました。そして、光照射下で太陽電池性能が変化する要因を電子スピン共鳴の信号の変化で解明しました。つまり、電流が流れている短絡状態(図3 a,b)において、ITIC添加ありのPTzBT素子は、ITIC添加なしのPTzBT素子と比較すると、PTzBTの正孔の蓄積とPC61BMの電子の蓄積が少なくなっていることが観測されました。電荷蓄積数が少ない三元系高分子太陽電池の場合、電荷蓄積による電荷キャリア散乱効果も少なく、電荷移動度の減少による電流の減少も少なくなったことが考えられます。
 電圧が生じている開放状態(図3 c,d)においては、光照射前はPC61BM上の電子とZnO中の正孔が存在しないため(図4 a)、PC61BMの電子の信号とZnOの正孔(Zni+)の信号が観測されません。しかし、光照射直後に、光活性層のPC61BMとZnO層の界面にPC61BMの電子とZnOの正孔がそれぞれ急速に大量に蓄積され、界面付近のPC61BMのエネルギー準位は浅くなり、ZnOのエネルギー準位は深くなります(図4 b)。非常に興味深いことに、長時間の光照射後、Zni+の正孔の蓄積数が大幅に減少しており、PC61BMとZnO層間のエネルギー準位シフトを一部回復させ(図4 c)、電圧(VOC)の増加につながっていることが考えられます(図3c,d)。つまり、ZnOの電荷の蓄積状態の制御が太陽電池性能をさらに向上させるために非常に重要であることが分かりました。
 本研究チームは、電子スピン共鳴を用いた電子デバイスの評価手法を二元系高分子太陽電池などに適用して研究を行ってきました。本研究は、この手法をより高効率かつ長寿命な三元系高分子太陽電池に適用した初めての研究例になります。

【今後の展開】
 本研究チームの開発した手法により、太陽電池の性能の劣化を防ぐために必要な、これまでにない情報を提供することが可能となりました。太陽電池の動作機構と劣化機構に関連する太陽電池内部の分子レベルでの情報です。本手法は他の太陽電池の研究にも有用であると考えられます。今後、本手法で得られた分子レベルの情報を基に太陽電池の開発を進めることで、低コスト、高効率かつ長寿命な太陽電池の製品開発を効率よく推進できると期待されます。このような太陽電池の開発は、持続可能な社会の発展にもつながると考えられます。

図1 本研究に用いた電子スピン測定用の三元系高分子太陽電池の構造
 高感度かつ高精度な電子スピン共鳴の測定を行うため、非磁性のプラスチック基板と石英基板を用い、銅線の配線の位置を工夫し、長方形の太陽電池構造を採用しています。電子スピン共鳴の測定に用いられる試料管の内径は3.5 mmであり、その試料管に挿入可能なサイズとなっています。この試料管を電子スピン共鳴装置の空洞共振器に挿入して、測定を行っています。

図2 高分子太陽電池の疑似太陽光照射下における電子スピン共鳴の信号の経時変化
 疑似太陽光照射下の太陽電池の動作状態(短絡状態および開放状態)において、ITIC添加ありのPTzBT素子(a,c)と添加なしのPTzBT素子 (b,d) のESR信号が光照射時間(0 h、1 h、2 hと20 h)と共に変化しています。

図3 高分子太陽電池の電荷蓄積数と太陽電池性能との相関
 ITIC添加あり(a,c)と添加なし(b,d)の太陽電池について、室温で疑似太陽光を照射した場合、スピン数Nspin(赤丸)と(a,b)電流の相対変化JSC(t)/JSC(0)(青線)または(c,d)電圧の相対変化VOC(t)/VOC(0)(青線)の経時変化に、それぞれ相関が有ることが分かります。 

図4 高分子太陽電池の光活性層と電子輸送層ZnOとの界面における電荷蓄積とエネルギー準位の変化
 (a)疑似太陽光照射前は、PC61BMとZnO層に電子と正孔が蓄積していないため、PC61BMの電子の信号とZni+の正孔の信号は観測されません。(b)疑似太陽光を照射直後に、多量の電子と正孔がPC61BMとZnO層の界面で急速に蓄積されます。(c)長時間の疑似太陽光を照射後は、ZnO層における正孔の蓄積が大幅に減少し、開放電圧の向上に寄与していることが明らかになりました。

用語解説

注1)電子スピン共鳴:電子の持つ自転の自由度(スピン)を用いた磁気共鳴現象です。スピンに磁場と電磁波を加えた場合に生じる。核磁気共鳴(NMR)の電子版。分子が電気を帯びるとスピン(ラジカル)を生じる場合が知られている。そのスピンに磁場を加えて電子エネルギーを分裂させ、その分裂幅に等しいエネルギーを持つ電磁波(マイクロ波)が吸収される現象を利用する。
注2)光活性層:光を吸収し、電荷キャリアを生成する層。本研究では三元系のブレンド膜(PTzBT、ITIC、PC61BM)で作製した(図1参照)。
注3)電子輸送層:負の電荷(電子)を運ぶ薄膜の層。本研究では無機材料ZnOで作製した(図1参照)。

参考文献

[1] M. Saito, Y. Tamai, H. Ichikawa, H. Yoshida, D. Yokoyama, H. Ohkita, I. Osaka, Macromolecules 53 (2020) 10623–10635.

研究資金

 本研究は、日本学術振興会科研費(JP19K21955)、JST戦略的創造研究推進事業さきがけ研究、御器谷科学技術財団、池谷科学技術振興財団、岩谷直治記念財団、JST次世代研究者挑戦的研究プログラムJPMJSP2124、JST 戦略的創造研究推進事業先端的低炭素化技術開発(ALCA)JPMJAL1603、JST未来社会創造事業JPMJMI20C5、筑波大学リサーチユニット強化事業、TIA連携プログラム探索推進事業「かけはし」研究、筑波大学プレ戦略イニシアティブの研究プロジェクトの一環として実施されました。

論文情報

  • 掲載誌: npj Flexible Electronics
  • 論文タイトル: Stability improvement mechanism due to less charge accumulation in ternary polymer solar cells.
        (三元系高分子太陽電池の電荷蓄積の減少による安定性向上メカニズム)
  • 著者名: Dong Xue1, Masahiko Saito2, Itaru Osaka2, and Kazuhiro Marumoto1,3*
    1 Division of Materials Science, University of Tsukuba, Tsukuba, Ibaraki 305-8573, Japan 
    2 Graduate School of Advanced Science and Engineering, Hiroshima University, Higashihiroshima, Hiroshima, 739-8527, Japan
    3 Tsukuba Research Center for Energy Materials Science (TREMS), University of Tsukuba, Tsukuba, Ibaraki 305-8571, Japan
    薛 冬1、斎藤 慎彦2、尾坂 格2、丸本 一弘1,3*
    1 筑波大学数理物質系
    2 広島大学大学院先進理工系科学研究科
    3 筑波大学エネルギー物質科学研究センター(TREMS)
  • DOI: 10.1038/s41528-022-00153-z
【お問い合わせ先】

<研究に関すること>

丸本 一弘(まるもと かずひろ)
筑波大学 数理物質系 准教授
TEL: 029-853-5117
Email: marumoto*ims.tsukuba.ac.jp

尾坂 格(おさか いたる)
広島大学 大学院先進理工系科学研究科 教授
TEL: 082-424-7744
Email: iosaka*hiroshima-u.ac.jp

【取材・報道に関すること】

筑波大学広報局
TEL: 029-853-2040
E-mail: kohositu*un.tsukuba.ac.jp

広島大学広報室
TEL: 082-424-3749
E-mail: koho*office.hiroshima-u.ac.jp

(注: *は半角@に置き換えてください)


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