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【研究成果】肥満症や加齢による生殖能力(妊孕性)低下を卵巣の代謝機能の改善により回復させることに成功

研究成果のポイント

  • 肥満症や加齢は、全身の組織で機能低下を引き起こすだけでなく、女性の卵巣機能をも低下させる大きな要因ですが、その原因は明らかとなっていませんでした。
  • 我々は、ともに雌の妊孕性が消失する「遺伝子改変によって肥満症となったマウス(*1)」と「加齢マウス」の卵巣を比較解析することで、両者の卵巣機能が、ミトコンドリア機能の低下に伴って起こる代謝異常を起こしていること、それが原因となり、卵巣間質組織の脂肪細胞化と線維化(*2)を生じていることを発見しました。
  • 上記の研究成果から、ミトコンドリアの機能を改善する薬剤を投与することで、卵巣組織の代謝が正常化されて脂肪酸が燃焼された結果、脱線維化が誘導され、肥満症や加齢のマウス卵巣が機能改善することを突き止めました。

概要

 肥満症は、全世界で増加しているメタボリックシンドローム(生活習慣病)の一つであり、全身の組織機能低下のみならず、女性の卵巣機能低下や不妊症の大きな一因と言われています。また、近年進む晩婚化に伴って、子どもを希望する女性年齢が上昇している一方で、体外受精を含む高度生殖補助医療においても、40歳代では成績が低下することから、加齢に伴う卵巣機能の低下も社会的な問題となっています。

 広島大学大学院統合生命科学研究科の梅原崇助教、島田昌之教授、およびThe University of Adelaide(豪州) Rebecca L. Robker教授などの研究グループは、肥満症に伴う卵巣機能の低下が、加齢に伴う卵巣機能低下と同様に卵巣の間質組織(図1)が線維化することによって引き起こされること、そして肥満症・加齢によって生じる卵巣線維化が、ミトコンドリアの機能不全に起因していることを突き止めました。さらに、ミトコンドリア機能改善薬の飲水投与によってミトコンドリア機能が改善すると、卵巣間質においてコラーゲンを分解する酵素MMP13(*3)の発現が誘導され、線維化した卵巣組織を脱線維化することで、卵巣機能が回復することを明らかにしました。

 本研究では、肥満症に伴う卵巣機能低下の原因を明らかにするため、遺伝子変異によって摂食が過剰化し、肥満症を呈するBlobbyマウス(以下、肥満マウスとする:*1)を用いて検討しました。すると、肥満マウスの卵巣では老齢マウスの卵巣と同様に卵巣の間質組織が線維化し、線維化の重篤化と共に、卵巣機能が劇的に低下することが明らかとなりました。さらに、肥満症と加齢という異なる原因にも関わらず、『卵巣の線維化』という共通した異常が生じたことから、肥満症と加齢の比較解析を分子生物学的・代謝学的に行うことで、その原因探索を試みました。すると、肥満症、老齢に関わらず、線維化が発生した卵巣では、組織の慢性炎症が引き起こされた結果、卵巣組織で酸化ストレスが高まり、卵巣間質に存在する細胞のミトコンドリア機能が著しく低下していました。この知見を基に、ミトコンドリア機能に焦点を当て、その機能改善を促す薬剤であるBGP15(*4)を2週間飲水投与したところ、卵巣間質の細胞群において、ミトコンドリア機能が改善され、慢性炎症や酸化ストレスが低減するのみならず、コラーゲンを分解する酵素であるコラゲナーゼであるMMP13(*3)の発現上昇が起こること、それに起因して卵巣組織が脱線維化され、卵巣機能が回復することを発見しました。

 今回の研究成果は、全世界で増加傾向があり、不妊原因の一つともいわれる肥満症による卵巣機能低下の原因が、加齢でも起こる卵巣線維化であることを示す初めての成果です。また、肥満だけでなく加齢に伴う卵巣機能低下が、ミトコンドリア機能改善剤による卵巣の脱線維化によって改善されうる可能性を示唆しています。今後、肥満症の女性や高齢女性の不妊治療への応用が期待されます。

 本研究成果は、アメリカ東部時間の2022年6月17日 午後2時(日本時間6月18日午前3時)にScience Advancesオンライン版に掲載されます。

論文情報

  • 掲載雑誌:Science Advances
  • URL:www.science.org/doi/10.1126/sciadv.abn4564.
  • DOI:10.1126/sciadv.abn4564
  • 論文題目:Female reproductive life span is extended by targeted removal of fibrotic collagen from the mouse ovary
  • 著者:Takashi Umehara1,2, Yasmyn E. Winstanley1, Eryk Andreas1, Atsushi Morimoto1, Elisha J. Williams1, Kirsten M. Smith1, John Carroll3, Mark A. Febbraio4, Masayuki Shimada2, Darryl L. Russell1, Rebecca L. Robker1*

   1:Robinson Research Institute, School of Biomedicine, The University of Adelaide, Adelaide, SA,
    Australia.
       2: Graduate School of Integrated Sciences for Life, Hiroshima University, Higashi-Hiroshima,
     Japan.
     3: Development and Stem Cells Program and Department of Anatomy and Developmental
     Biology, Monash Biomedicine
     Discovery Institute, Monash University, Clayton, VIC, Australia.
   4: Monash Institute of Pharma ceutical Sciences, Monash University, Parkville, VIC, Australia.
       *:責任著者

背景

 肥満症は、糖尿病や循環器系の障害、脂肪組織や肝臓の機能低下を引き起こすメタボリックシンドローム(生活習慣病)の一つであり、全世界で増加しています。また、全身の異常だけでなく、肥満女性では多嚢胞性卵胞症候群のような排卵障害(*5)が起こりやすく、肥満症が卵巣機能の低下や不妊症の大きな一因とも言われています。

 これまで肥満症と卵巣機能に関して、ヒトの臨床研究では肥満女性で卵巣機能や卵の質がどうか?という結果を見ている研究ばかりであり、肥満症と卵巣機能低下との関係性は未解明です。また、モデル動物であるマウスを用いた研究では、生殖細胞である卵や、その周囲の卵胞といった局所に着眼した研究は多くなされていますが、卵巣という構造体として間質組織に焦点を当てた研究は全くありませんでした(図1)。
 
 我々のグループでは、2017年に早期に卵巣機能が加齢化するマウスの卵巣が線維化していること、卵巣の脱線維化によって卵巣機能が劇的に改善することを報告しました(Umehara et al. Aging cell, 2017)。この組織線維化は、腎臓では慢性腎臓病、肝臓では肝硬変といった病態を引き起こす原因であり、近年焦点の当たっている領域です。面白いことに、組織線維化は肥満症と密接な関係をもち、肝硬変では①脂質が肝臓の肝細胞に過剰蓄積する ②肝細胞が細胞ダメージを受け、炎症を引き起こす ③周囲の細胞がダメージを受ける ④継続した炎症によって、過剰な修復が起こる ⑤ダメージを受けた部分を中心に過剰に線維質が蓄積する というステップで、脂肪肝⇒肝硬変へと移行します。卵巣において脂質は、細胞増殖に重要なエネルギーを産生する栄養基質として焦点が当てられてきましたが、卵巣線維化との関連は全く検討されておりませんでした。また、加齢に伴って卵巣線維化が起こることは明らかとなっていましたが、その発生機序は全く明らかとなっていませんでした。

研究成果の内容

 我々は、他の臓器における肥満症と組織線維化の関係をヒントに、加齢に伴う卵巣線維化と同様に肥満症の卵巣でも線維化が生じ、その卵巣構造の変化が卵巣機能を低下させているのではないか?また、卵巣の線維化もまた、肥満に伴う炎症によって引き起こされ、その制御によって改善できるのではないか?と仮設を立てました。この仮説を立証するために、過食となり肥満を呈する遺伝子組み換えマウス(Blobbyマウス:以下、肥満マウス:*1)と加齢マウスの卵巣を回収し、組織線維化のマーカーであるコラーゲンの蓄積度合いを、コラーゲンを認識する抗体を用いた免疫蛍光染色によって検討しました。すると、予想通り、肥満マウスでも加齢マウスと同様に卵巣へコラーゲンが沈着していること、そして、線維化が進めば進むほど、卵巣から排卵される卵の数(排卵数:*5)が減少することを見出しました(図2)。
 
 続いて、肥満症と加齢という異なる要因にも関わらず、『卵巣の線維化』という共通した原因によって卵巣機能が低下していたことから、肥満症と老齢のマウスから卵巣を回収し、これらの比較解析を詳細に行うことで、卵巣線維化の主原因を探索しました。すると、肥満症と加齢に関わらず線維化した卵巣では、卵巣の間質組織に存在する細胞群で脂肪肝のように脂質が過剰に蓄積し、慢性炎症が引き起こされた結果、酸化ストレスが著しく高まっているという肝硬変や肺線維症と似たプロセスが生じていることが明らかとなりました。実際に、肺線維症に使われる抗炎症剤であるピルフェニドン(*6)を投与したところ、卵巣の線維化も改善したことから、この炎症プロセスが卵巣線維化の主要因子であることが分かりました。さらに、これら炎症によって卵巣間質組織に存在する細胞群では、ミトコンドリア機能疾患が引き起こされていました。

 我々のグループでは、細胞内小器官である小胞体やミトコンドリア機能を改善する薬剤としてBGP15に着眼してきました。そこで、ミトコンドリア機能に着眼し、卵巣線維化におけるミトコンドリアの重要性を明らかにするため、まずミトコンドリア機能を阻害するロテノン(*7)の給餌試験を行いました。すると、ロテノン給餌によって、肥満症や加齢と同様に卵巣の間質組織が線維化するとともに、排卵数が減退しました。そこで、卵巣間質のミトコンドリア機能を回復させるため、ミトコンドリア機能を改善するBGP15の飲水投与した結果、ミトコンドリア機能が改善し、酸化ストレスが低下するのみならず、卵巣の間質組織で生じていた慢性炎症が抑制されました。
 さらに、これら変化と共に、卵巣の間質組織においてコラーゲンを分解する酵素・コラゲナーゼ(MMP13:*3)が発現上昇することで、線維化卵巣からコラーゲンが除去され、卵巣が脱線維化に向かっていることが明らかとなりました。この脱線維化に伴って、卵巣から排卵される卵の数も有意に改善したことから、BGP15によるミトコンドリア機能の改善が卵巣脱線維化を引き起こし、卵巣機能を改善することが明らかとなりました。
 
 以上の結果より、肥満症でも加齢と同様に卵巣の間質組織が線維化することで、卵巣機能が低下することが明確化されました。さらに、肥満症・加齢に関わらず卵巣組織の線維化がミトコンドリア機能障害に起因し、その機能改善によって、卵巣の脱線維化のみならず、低下した卵巣機能が回復できることが示されました。

今後の展開

 肥満症や高齢女性において多く認められる卵巣機能低下が、卵巣組織のミトコンドリア機能疾患に伴う卵巣の線維化に起因すること、そしてそれはミトコンドリア機能を改善する抗酸化剤の投与によって改善可能であることが示唆されました。これらの成果から、薬理学的な処理で非侵襲的に卵巣線維化を改善する手法を構築することによって、肥満症の女性や高齢女性の不妊治療への応用が期待されます。

参考資料

図1 卵巣構造の概要。卵巣には一つの卵と体細胞からなる卵胞という構造体が多数存在している。特に、卵巣機能の研究では、この卵胞や生殖細胞の卵に焦点が当てられており、その周囲の間質組織の役割や意義はほとんど明らかとなっていない。しかしながら、近年、この卵巣の間質組織が加齢に伴って線維化すること、それが卵巣機能の低下要因であることが明らかとなり、新たにフォーカスが当たりつつある領域である。本研究では、加齢のみならず、肥満症においても、この卵巣間質組織が変質し、線維化すること、それが卵巣機能を低減していることを突き止めた。

図2 卵巣のコラーゲン染色像(A)と線維化割合と卵巣機能の関係(B)
若齢の健康なマウスと、肥満症であるBlobbyマウス(肥満)そして12か月齢の老齢マウスの卵巣の切片を作成し、コラーゲンを認識する抗体を用いた免疫染色に供試した。すると、肥満マウスでも、老齢と同様に卵巣の間質部分にコラーゲン(緑)が過剰に蓄積していた。そして、卵巣間質組織中のコラーゲン陽性割合と卵巣機能の指標である排卵された卵の数の関係を散布図によって検討したところ、コラーゲン陽性割合と卵巣機能の間に負の相関があった。

図3 ミトコンドリア機能改善剤BGP15の投与効果
肥満症マウスや老齢マウスに2週間BGP15を飲水投与した卵巣を回収し、コラーゲンを可視化するピクロシリウスレッド染色に供試したところ、卵巣間質に蓄積していたコラーゲンの領域(赤)がBGP15投与によって減少した(A)。そして、卵巣線維化が解除された個体では、排卵される卵の数が有意に多くなった(B)。

用語解説

*1 肥満症を呈するBlobbyマウス
The University of AdelaideのRebecca L. Robker教授が作出した糖尿病などのメタボリック症候群を必発する遺伝性疾患であるヒトのアルストレーム症候群(ALMS1)モデル(Wu et al. , 2015)。ALMS1遺伝子のエクソン10番 6507番のTをAに変異することで、ALMS1遺伝子の発現が欠失し、餌を限度なく食べ続けるために、通常の低脂肪食でも120日程度で40gを超える肥満となる。

*2 組織の脂肪化と線維化
臓器の機能低下を引き起こす構造的変化であり、腎不全や肝機能低下の原因として知られている。血中の脂質濃度の過剰化や脂質代謝の低下によって、細胞内に脂質が過剰に蓄積し、脂肪滴が増大すると、炎症を誘発する。それによって、周囲の細胞が損傷すると、その傷を修復するために、間質細胞がコラーゲンを分泌するが、これが持続的に起こると(慢性炎症状態)、修復後もコラーゲン合成が持続され、線維化を引き起こすと考えられている。

*3 コラーゲンを分解するコラゲナーゼ:MMP13
コラーゲンなどの細胞外マトリックス(基質)を分解するマトリックスメタロプロテイナーゼの一つである。卵巣では、卵が卵胞から放出される際に、膜構造を破壊する因子としてMMP2とMMP9が高発現することが知られている。MMP13は、特にコラーゲンを分解するコラゲナーゼIIIである。

*4 BGP15
ミトコンドリアにおける活性酸素種産生を直接的に止める作用を有し、抗酸化剤として知られる低分子化合物。また、小胞体ストレスの改善作用や、細胞分裂時に重要な役割を有するPARP1の抑制作用も有する。我々のグループでは、BGP15投与が肥満症マウスの卵において、小胞体ストレスを改善し、ミトコンドリア機能を高めることを報告している(Wu et al. , 2015)。ヒトにおいては、複数の疾患に対して臨床試験が行われている。

*5 排卵
発達した卵胞に高濃度のLHが作用することで、卵胞膜が破裂して成熟した卵が卵管へと放出される現象。すなわち、排卵される卵の数(排卵数)は、受精に至る可能性のある卵の数を示すことから、卵巣機能を表す指標である。

*6 ピルフェニドン
肺線維症で用いられる抗炎症剤である。成長因子の分泌抑制やI型・II型プロコラーゲン産生抑制等の作用を有し、肺の線維化を低減させることが知られている。

*7 ロテノン
ミトコンドリアにおける電子伝達系を止める薬剤。本研究では、高濃度のロテノン給餌が全身に極めて大きな影響を与えることから、低濃度のロテノンを給餌している。低濃度にも関わらず、卵巣の線維化が引き起こされたことから、卵巣線維化に対して、ミトコンドリアが重要であると考えた。

【お問い合わせ先】

<研究に関すること>            <報道に関すること>
大学院統合生命科学研究科 助教 梅原 崇  広島大学 広報室
Tel:082-424-7962                   Tel:082-424-4383
FAX:082-424-7962                  Email:koho@office.hiroshima-u.ac.jp
E-mail:pd7221@hiroshima-u.ac.jp


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