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【研究成果】ニワトリの始原生殖細胞における性決定機構の予測に成功 ―鳥類特有の性決定機構の解明に向けて―

ポイント

  • ニワトリの始原生殖細胞(PGC)※1の遺伝子発現プロファイル※2を経時的に明らかにしました。
  • 鳥類のPGCは、メス先駆的な鳥類特有の機構により、性決定を生じることが予測されました。
  • 本研究で得られた遺伝子発現情報はすでに公共データベースで公開しており、鳥類の性決定機構の全貌を解明する上で重要な知見となることが期待されます。

概要

 広島大学ゲノム編集イノベーションセンター 市川 健之助 研究員、広島大学大学院統合生命科学研究科 中村 隼明 助教、坊農 秀雅 特任教授、堀内 浩幸 教授らのグループは、ニワトリの初期胚から単離した始原生殖細胞 (PGC) の遺伝子発現の網羅的解析を切り口とし、鳥類生殖細胞の性決定機構を予測することに成功しました。
鳥類は性転換※3や細胞自律的な性決定機構※4など、特徴的な性決定様式を有することが知られています。しかし、体細胞の性決定 (精巣・卵巣の運命決定) と比較して、生殖細胞の性決定 (精子・卵の運命決定) に関する機構はこれまでほとんど明らかになっていませんでした。
 そこで本研究ではまず、雌雄のニワトリ胚からそれぞれ単離したPGCの遺伝子発現プロファイルを経時的に明らかにしました。その結果、メスに特徴的な遺伝子の発現パターンが顕著に確認され、メス先駆的な性決定様式が予測されました。また、メスに特徴的な遺伝子の多くは、種々の代謝経路に関連する因子であることが明らかになりました。さらに、オス胚から単離したPGCをレチノイン酸※5で刺激することにより、この性決定機構を部分的に再現することにも成功しました。
今回得られた遺伝子発現プロファイルは公共データベースで公開済みであり、今後はこのデータを活用することで、鳥類の性決定機構の解明に向けた研究の飛躍的な発展が期待されます。

 本研究成果は、ロンドン時間の8月17日午前10時にSpringer Nature (シュプリンガー・ネイチャー)社が刊行する国際的な学術誌「Scientific Reports (サイエンティフィック・リポーツ)」誌に掲載されました。

背景

 鳥類は特有の性決定機構を有しています。生殖腺の発生過程は哺乳類と類似する一方で、魚類に特徴的な性転換も確認されています。そのため鳥類の性決定機構の解明は、脊椎動物の性の進化を評価する上で学術的に重要な課題です。さらに、養鶏産業では卵用鶏でメス、肉用鶏でオスが求められ、生産目的に合致しない性別の個体の多くが淘汰されています。そこで、生産性の向上、および動物福祉の観点から、目的の性別の個体のみを作出する「雌雄の産み分け技術」の確立が求められています。
いくつかの種では、体細胞の性決定 (生殖腺が精巣/卵巣になるかの運命決定) と生殖細胞の性決定 (生殖細胞が精子/卵になるかの運命決定) は独立して生じることが報告されています。そのため、鳥類の性決定機構の全貌を明らかにするためには、体細胞と生殖細胞の性決定機構をそれぞれ解明する必要があります。近年の研究から、細胞自律的な性決定や、Z染色体※6上の因子を介した精巣形成など、鳥類体細胞の性決定機構は解明されつつあります。一方、生殖細胞の性決定については未だほとんど明らかになっていませんでした。そこで本研究では、ニワトリの初期胚から単離した始原生殖細胞 (PGC) の遺伝子発現プロファイルを明らかにし、得られたデータを基にして、鳥類生殖細胞の性決定機構を予測しようと考えました。

研究成果の内容

 孵卵2.5、4.5、および6.5日胚の雌雄の初期胚から単離したPGCの遺伝子発現プロファイルから、各発生ステージで発現量に性差がある遺伝子 (発現変動遺伝子)を同定しました。その結果、(1)全ての発生段階において、オスと比較してメスの方が発現変動遺伝子の数が多いこと、(2)各ステージに共通する発現変動遺伝子は、全てW染色体※6上の遺伝子であること、(3)孵卵6.5日胚ではメス由来PGCにおいて発現変動遺伝子が顕著に増加し、これらの多くが種々の代謝経路に関連していること、が明らかになりました。さらに、孵卵6.5日胚のオス由来PGCをレチノイン酸で刺激したところ、メスに特徴的な発現変動遺伝子を発現誘導できることが明らかになりました。これらの結果から、ニワトリのPGCはメス先駆的な特有の性決定様式をとり、この機構にはレチノイン酸が関与していることが示唆されました (図1)。

今後の展開

 今回同定したメスに特徴的な因子、ならびに予測された代謝経路が、PGCの性決定にどのように関与しているかについて、更なる研究が求められます。本研究で得た遺伝子発現プロファイルは既に公共データベースで公開しており、このデータを活用することで、鳥類の性決定機構の解明に向けた研究の飛躍的な発展が期待されます。
 

参考資料

図1 本研究で得られた知見の概要図
 

論文情報

  • 雑誌名:Scientific Reports
  • 論文タイトル:Prediction of sex-determination mechanisms in avian primordial germ cells using RNA-seq analysis
  • 著者:市川健之助1*, 中村隼明2, 坊農秀雅2, 江崎僚2, 松崎芽衣2, 堀内浩幸1,2
    1 広島大学ゲノム編集イノベーションセンター
    2 広島大学大学院統合生命科学研究科
    * 責任著者
  • DOI番号:10.1038/s41598-022-17726-7

研究資金

 本研究は、日本学術振興会が助成する特別研究員 (DC1) 奨励費 「ニワトリfoxl3遺伝子の解析から探る, 鳥類特有の性分化機構」 (19J22544)、および科学研究費助成事業 基盤研究(B) 「ニワトリの雌雄産み分けは可能か? ―鳥類性決定機構の解析を通して―」 (19H03107) によって実施されました。
 

語句説明

※1    始原生殖細胞(PGC): 精子や卵の起源細胞。
※2    遺伝子発現プロファイル: 個体や細胞における、全ての遺伝子の発現量を網羅的に明らかにしたデータセット。
※3    性転換: ある生物個体の性が生涯のうちに変化すること。鳥類ではメスからオスヘの性転換がしばしば確認されている。
※4    細胞自律的な性決定機構: 細胞外の因子とは非依存的に、細胞自身の性を決定する機構。例えば、ニワトリのオス胚にメス胚の体細胞を移植すると、供与細胞はメスとしての性質を維持したまま分化する。
※5    レチノイン酸: 細胞間シグナル分子の一種であり、生殖細胞では特に減数分裂の誘導において重要な役割を持つことが知られていた。
※6    Z/W染色体: 鳥類が有する性染色体。ヒトやマウスでは、オスがX染色体とY染色体を、メスが2つのX染色体を持つが、鳥類ではオスが2つのZ染色体を、メスがZ染色体とW染色体を持つ。
 

【お問い合わせ先】

<研究に関すること>
広島大学ゲノム編集イノベーションセンター 研究員 市川 健之助
Tel:082-424-7970 FAX:082-424-7970
E-mail:kennosuke*hiroshima-u.ac.jp

広島大学大学院統合生命科学研究科 教授 堀内 浩幸
Tel:082-424-7970 FAX:082-424-7970
E-mail: hhori10*hiroshima-u.ac.jp

<報道に関すること>
広島大学広報室
Tel:082-424-3749 FAX:082-424-6040
E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp

 (注: *は半角@に置き換えてください)


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